第十話 測れないものの、測り方
救助劇の顛末は王都まで届き、計量ギルドの名は一気に知れ渡った。
暁の剣は帰還の翌日、自主的に一年間の謹慎と再訓練を宣言した。
ガルドの談話が冒険者新聞に載っている。『俺たちは強かったんじゃない。測ってもらってただけだった。それを知らなかったことが、俺たちの弱さだ』――あの男が、こんな言葉を。
そして今日、意外な客が入門受付の前に立っていた。
「大魔導士ヴェラ・ローウェン。計量ギルドに、入門を志願します」
「……本気か? Sランクの魔導士が、うちで錘の校正と手順書の暗唱からやるんだぞ。新入りは全員、例外なしだ」
「本気よ。四十層で分かったの。私の探知魔法は『何かが在る』しか分からない。あなたの計測は『それが何で、だからどうする』まで分かる。……探知と計測を組み合わせた探査術式を作りたい。魔法史に前例がない。前例がないものを作るには、基礎からやり直すしかないでしょう」
ミアが横からずいっと出てきて胸を張った。
「先輩になるのあたしだからね! 敬語使ってよね!」
「はい、ミア先輩。ご指導お願いします」
Sランクが真顔で頭を下げ、ミアが「ほんとに下げた……」と仰け反った。うちのギルドは今日も平和だ。
その平和の只中に、王国紋章入りの書状が届いた。差出人は財務卿と技術院総裁の連名。開いて、俺は息を呑んだ。
『貴ギルドの標準錘及び計測手順を審査した結果、王国のいかなる公的基準よりも高精度であると認める。ついては王国全土の度量衡統一事業――「国家計量基準」の策定を、貴ギルドに委嘱したい』
「し、師匠、これって……国の物差しを、うちが作るってこと!? 秤も、升も、物差しも、ぜんぶ!?」
「そういうことになるな。……市場の秤の不正も、税の升の誤魔化しも、基準がひとつになれば根っこから消える。でかい仕事だ」
騒然となるギルドの中で、俺はもう一枚、書状に同封されていた紙片に目を落としていた。技術院総裁の、個人的な走り書きだった。
『追伸。ゼルガ大迷宮の最深部、九十九層以下について、貴殿の見解を非公式に伺いたい。当院の観測では、あの領域はあらゆる魔法探査を受け付けない。深さも、広さも、温度すら――測定不能である。世界に「測れない場所」があってよいのか。当院は、夜も眠れずにいる』
測定不能。
世界のすべてを測れるはずの俺の背筋を、冷たいものが走った。そして同時に、どうしようもなく、血が騒いだ。冷たさと熱さが、体の中で同じ数値を叩き出している。
「師匠? 顔が、にやけてるよ?」
「ミア。全員に伝えろ。国家基準の仕事、受けるぞ。総出だ。……それと、もうひとつ」
窓の外、南の空。大迷宮のある方角を、俺は見た。
「いつか、『測れないもの』を測りに行く。世界でいちばん深い場所だ。――そのために、全員、鍛えておけ。基準と、手順と、逃げ足をな」




