第六話 計量ギルド、開所
メルガの街、ギルド庁舎の隣。雨漏りを直したばかりの元倉庫に、真新しい看板が掲げられた。
『計量ギルド 本部』
――と言えば聞こえはいいが、中身は俺と、机が三つと、俺がスキルで校正した標準錘の棚がひとつ。
それでも開所初日の朝、扉の前には行列ができていた。依頼ではない。入門志願者の列だ。
「弟子にしてください! あたし、パン屋の娘のミアです! うちの親父の秤、あんたに直してもらってから、客が倍になったんだ! 『あの店の目方は正直だ』って!」
「元鉱夫のドガです。第三支道の崩落予測で、俺ぁ命を拾った。あんとき坑道にいた十一人、全員生きてる。……恩返しがしてえんです」
「隣街から来ました! 商人の三男です、剣は握ったこともないけど、算術なら誰にも負けません!」
総勢、十九人。年は十四から五十まで。共通点はひとつ――全員、いわゆる「戦えない側」の人間だということ。
ありがたい話だが、最初に言わなければならないことがある。
「並んでくれて感謝する。だが先に言っておく。俺のスキル【森羅計量】は、教えられない。スキルは授かりものだ。俺の目は、俺にしかない」
列が、しゅんと静まった。何人かが踵を返しかける。俺は声を張った。
「だが――『測る技術』は、教えられる」
足が、止まる。
「いいか。測ることの本体は、目でも魔法でもない。『基準』と『手順』だ。
正確な錘がひとつあれば、天秤ひとつで世界中の重さが測れる。
正確な縄が一本と三角形の理屈があれば、登れない山の高さも、降りられない谷の深さも測れる。
……俺がスキルで確かめた正しい値を、『基準』としてこのギルドに置く。お前たちはその基準を使い、手順を守って測る。
手順を守った計測は、スキルに劣らない。むしろ強い。なぜなら、俺が死んでも残るからだ」
しん、とした沈黙のあと、最前列のミアが手を挙げた。
「つまり……あたしたちは、師匠の目玉の分身になれるってこと?」
「言い方は雑だが、概ねそうだ」
「なる! あたし、目玉になる! 一番でっかい目玉になる!」
どっと笑いが起き、十九人全員が入門書に署名した。字の書けない者は拇印で。ドガの拇印は岩みたいにでかかった。
初日の講義は、天秤の使い方と、記録の付け方。教材は俺が徹夜で作った手順書、第一巻。表紙にはこう書いた。
『測る者の心得 其の一、測る前に、必ず器具を疑え。其の二、望んだ数字ではなく、出た数字を記せ。其の三、命に関わる計測は、二人で測り、突き合わせろ』
地味だ。恐ろしく地味だ。だがこの地味さが、いずれ国の物差しになる。
……このときの俺は、まだ半分も想像していなかったが。




