第五話 測れないもの
「――というわけで、測り屋ロイド殿。王都冒険者ギルド本部から、貴殿に特級鑑定官への就任要請が来ておる」
メルガのギルド。ギルドマスターのグレンダが、仰々しく書状を読み上げた。羊皮紙には金の縁取り、本部の大印。
特級鑑定官――ギルド職員の最高位、王国に現在三人しかいない。年俸は金貨五百枚。冒険者なら誰もが夢に見る、破格の栄達だ。
「断ります」
「だろうね」
グレンダは面白くもなさそうに書状を放り、二通目を出した。こちらは安い紙で、筆跡は乱れている。
「じゃあこっちだ。暁の剣のガルドって男から。『戻ってきてほしい。報酬は五分割から三分割に上げる』だとさ。……四十二層で死にかけて、ようやくお前さんの値段が分かったらしい。どうする?」
「橋のこと、忠告はしたんですけどね」
俺は肩をすくめた。不思議なことに、怒りはもうなかった。溜飲が下がる、というのとも違う。ただ、数字だけが正確に胸の中に残っている。
十年間の計測回数、百万と十二回。踏破した迷宮、三十七。俺の計測で回避した罠、四千六百二十一。防いだ崩落、十九回。あのパーティで俺が測ってきたもの。
そして最後まで、一度も測ってもらえなかったもの――俺自身の、価値。
「戻らないのかい。三分割なら、大した稼ぎだよ」
「グレンダさん。俺、この街でやりたいことができたんです」
「ほう」
俺は窓の外を見た。夕暮れのメルガ。銀山の再掘で活気づいた通りを、荷馬車が行き交う。市場のおかみさんが、俺が校正した秤で堂々と商いをしている。あの光景を見るたび、胸の奥で何かが温かくなる。
剣を振るったわけでも、魔法を放ったわけでもないのに。
「計量ギルドを作ります。測ることで人と街を守る、専門の組織です。鉱山の崩落予測、建物の耐久検査、市場の秤の監査、それから――迷宮に潜る『計測専門職』の育成。俺のスキルは俺だけのものですが、測る技術は、手順にすれば誰にでも渡せる」
「戦えない人間の集まりで、迷宮に関わる気かい」
「ええ。戦えなくても、世界は測れる。測れば、救える命がある。……この街が、俺にそれを教えてくれたので」
グレンダは長いこと黙っていた。隻眼の奥で、何かを値踏みする光が揺れている。この人は五十年、冒険者の生き死にを見てきた人だ。「戦えない者」がどれだけ軽んじられ、どれだけひっそり死んでいくかも、知り尽くしている。
「……面白い」
やがて彼女は、にやりと笑った。
「ギルド庁舎の隣、空き家があるよ。元は組合の倉庫だ。家賃は月に銀貨六十――」
「築三十二年、床面積百四十平米、梁の木材の劣化率一割八分、屋根の雨漏り跡が三箇所。相場は月に銀貨四十枚。それ以上は払いませんよ。あと雨漏りの修繕費はそちら持ちで」
「……あんたに商売の駆け引きは無理だね!」
「駆け引きじゃありません。適正価格です」
二人で笑った。笑いながら、俺はガルドへの返事を頭の中で書いていた。短くていい。
『戻らない。だが、あんたたちが本気で測ってほしいものができたら、依頼書を持ってこい』――それだけで、十年の精算には足りるはずだ。
世界のすべてを測れる俺にも、ひとつだけ測れないものがある。人の心の値打ちだ。
だからこそ、それを軽んじた場所には戻らない。
そして、それを教えてくれた場所に、根を張ると決めた。




