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「数を数えるだけの無能」と追放された【計量士】、実は世界のすべてを測れました  作者: 青雨あき


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第二十九話 第二種目・暴れ川

 二日目の会場、ガロン川は、前夜の山の雨で機嫌が悪かった。


 水は茶色く増して脈打ち、渦がほどけては生まれる。課題――指定区間の流量(一呼吸の間に流れる水の量)を測れ。答え合わせは、下流の王家の堰に残る水位実測記録による。


 流量は、川の断面の広さに、流れの速さを掛けて求める。理屈は単純。だが今日の川は、生き物のように脈動していた。速くなり、遅くなり、また速くなる。


 測量院は、教科書通りに始めた。ベルナルドが張り渡した索から理論断面を起こし、セシルが代表点の流速を測って計算する。


 だが、代表点の数値が、測るたびに変わる。しかも間の悪いことに、上流から流れてきた流木がベルナルドの基線索に絡み、巨漢が無言のまま濁流に膝まで入って張り直す一幕まであった。


 今日の川は、学統に、とことん意地が悪い。


「セシル、再計測を」「規定の三回は測りました! 規定通りです!」「規定は平水時のものだ。今日の川は規定の外にいる。……私が測る」


 エリオット自らが川辺に立ち、精度で脈動をねじ伏せようとする。だが、どれほど正確に測っても、それは「その一瞬の」正確さだ。脈打つ相手の一瞬を切り取って、全体と呼べるのか――彼の横顔に、初めて、学統の教科書にない問いが浮かんでいた。


 一方、うちの陣地では、ミアが川に向かって仁王立ちしていた。


「うん。決めた。――テオ、ヴェラさん、この川、量り売りの樽でいくよ」


「た、樽ですか」


「そ。樽の口の広さが、断面。注がれる速さが、流速。で、今日の樽は、注ぎ手の腕が揺れてる。……市場でね、揺れる手で注がれる酒を量るときはどうするか。一杯で量らないの。十杯続けて量って、揺れごと帳面に載せるの」


 ギルドの計測が始まった。テオが索と錘で断面を刻み、ミアが浮子を、等間隔で、次々に流す。一つ――かん。二つ――かん。三つ――かん。


 区間の通過を、彼女は市場の呼び売りで鍛えた喉と手鐘で刻んでいく。速い浮子も、遅い浮子も、贔屓なしに全部記録する。そのリズムの正確なこと、川辺の観客が体を揺らし始めたほどだ。


 二十連続の浮子流しを終えたミアは、手鐘を掲げて叫んだ。「はい、樽二十杯、量り終わりっ!」――拍手が起きた。計測で拍手が起きる大会も、珍しい。


 ヴェラの流速術式は封をして並走し、最後に突合。二十の浮子の記録は、術式の描いた脈動の波形と、気持ちいいほど重なった。


 提出の刻限。測量院は、精緻な計算による単一の値を出した。ギルドの提出は――値に、幅がついていた。



『流量、毎呼吸あたり三百四十樽ないし三百六十樽相当。脈動幅を含む』。



 審判席が、ざわめいた。単一の答えを出すのが測りの美学、幅つきの答えは「逃げ」ではないのか――審判の一人が実際にそう述べ、別の一人が「だが川は現に脈打っておる」と返し、審判席そのものが割れかけた。観客席も二派に分かれて騒がしい。


「男らしく一発の数字で勝負せんかい」「うるさいね、あんた酒場で樽の中身が波打ってたら一口で当てられんのかい」――市場のおかみの野次が正論すぎて、前者が黙った。


 議論を裁ったのは、審判長だった。総裁は両者の記録板を長いこと見比べ、それから、堰の実測記録の封を切らせた。


 真値は、ギルドの申告した幅の、ほぼ中央にあった。測量院の単一値は、幅の外。


「第二種目――けい、計量ギルドを、勝者とする! 付言する!」


 審判長の総裁が、声を張った。


「脈打つ相手に、単一の数値で答えるは、勇にして誤りやすし。揺れる真実を、揺れ幅ごと正直に申告するは、測りの誠実である。本種目、精度に加え、その誠実を採る!」


 応援席が爆発した。ザラの指笛が谷まで届き、乾物屋の主人が隣の見知らぬ客と肩を組んでいる。一勝一敗。


 雨上がりの川辺で、エリオットは、濡れた眼鏡を、長いこと、拭いていた。


 拭き終えてかけ直し、彼は自陣のセシルとベルナルドに、静かに告げたという。後でベルナルドが(珍しく長い言葉で)教えてくれた台詞だ。



「――今日の敗因は、貴様たちではない。私だ。私は『正しい一点』を探した。だが今日の川に、一点など最初からなかった。……明日の最終種目、我々も学ぶ。恥じるな。学ばないことだけが、学統の恥だ」



 敵ながら、いや、敵だからこそ――良い大将だ。明日の決戦が、いよいよ楽しみになった。

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