第二十五話 銀縁眼鏡の偵察
果たし状の主は、返事も待たずに、本人が来た。
「王立測量院筆頭測量官、エリオット・ハウザー。……敵情視察に来た。隠す趣味はないのでな」
ギルドの戸口に立ったのは、二十歳ほどの青年だった。
白金の髪を几帳面に分け、銀縁の眼鏡、細身の長身に、皺ひとつない測量院の濃紺の制服。物腰は完璧な貴族のそれで、完璧なぶんだけ、慇懃無礼が板についている。
「ほう、これが噂の計量ギルドか。……思ったより、狭いな。それに、思ったより――騒がしい」
折しもギルド内は、市場部門の朝礼の真っ最中だった。ミアが台の上で今日の巡回割りを振り分け、職人が錘を運び、受付でザラが回数券を買い足している。エリオットは、その喧騒を、標本でも観察するような目で眺め回した。
「見学は構いませんよ、ハウザー卿。どうぞ、どこでも」
「では遠慮なく」
彼は本当に、遠慮しなかった。工房では量産の工程記録を三十分読み込み、書庫では手順書を第一巻から繰り、ミアの市場巡回にまで無言でついて行った(ミアは「なんか眼鏡がついてくる」と嫌がった)。
そして夕方、応接室に戻ってきた彼は、眼鏡を外し、布で拭きながら、言った。
「――率直に言おう。失望した」
「ほう」
「貴様のスキルの噂を聞いて、天才の秘伝があるのかと思えば……あるのは、手順、手順、手順。誰にでもできる作業の羅列だ。測量とは本来、選ばれた者の学だ。星の運行を読み、三角法を操り、誤差の海から真値を掬い上げる、精神の営みだ。貴様らのやっていることは、その、なんだ――凡人のための、松葉杖だ」
「松葉杖。……良い言葉ですね」
「な、なに?」
「杖は、誰でも使える。使えば、誰でも歩ける。俺はそういう道具を二年かけて作ってきたので、これ以上ない褒め言葉です。――逆に伺いますが、ハウザー卿。あなたの目と、あなたの三角法は、あなたが死んだら、どうなります?」
エリオットの、眼鏡を拭く手が、止まった。
「院には後進が」
「後進は、あなたと同じ目を持ってますか。持ってないでしょう。だからあなたは、二十歳で筆頭測量官なんだ。あなたの正確さは、あなたにしか再現できない。……それは強さだが、同時に、学統としては一番の弱さだ。あなたが一番、分かってるんじゃないですか。分かってるから、手順書を第一巻から、三時間も読んだ」
「……っ」
彼は眼鏡をかけ直し、それを、もう一度外して、拭いた。二度目である。
「――大会の細目を、通達しに来た。種目は三つ。第一、未踏の谷の深さの測定。第二、流れる川の流量の測定。第三、当日、観衆が持ち込む『何でも』の測定。各ギルド三名の団体戦。院からは私と、次席が二名。……貴様が出るのだろう、計量士ロイド」
「いえ。俺は出ません」
「な……舐めているのか!」
「逆です。うちからは、テオ、ミア、ヴェラの三名。全員、スキルなしの、手順の使い手です。……ハウザー卿。あなたが勝ちたいのは俺のスキルですか? 違うでしょう。あなたが確かめたいのは、学統と手順、どちらが本物かだ。なら、俺が出たら勝負が濁る。あんたの二十年と、うちの二年の教育。裸で量り比べましょう」
エリオットは、長いこと俺を睨んだ。それから、くるりと踵を返し、戸口で一度だけ立ち止まった。
「……当日、私は本気で潰す。手加減を期待するな。凡人の杖が、学統の前でへし折れるところを、衆目に晒してやる。――それと」
彼は、振り向かないまま、早口で言った。
「その手順書。第一巻から第四巻まで。……一晩だけ、貸せ。敵情視察の、続きだ」
「どうぞ。写本も差し上げますよ。うちの手順は、敵にも公開が流儀なので」
扉が、必要以上の勢いで閉まった。ミアが呆れ顔で言う。
「なにあの眼鏡。感じ悪ーい。……でも師匠、あの人、手順書読んでる間だけ、すっごく良い顔してたよ。市場の、掘り出し物見つけた古物商みたいな顔」
「ああ。……あれは、敵に回すと厄介で、味方にすると化ける類いの目だ。どっちになるかは――秋の大会が量ってくれる」




