第二十四話 章末決算
対決の記録水晶は、写しが王国中の都市で上映され(升と水の検算の場面で、どこの広場でも歓声が上がるそうだ)、グラム商会の凋落は、坂を転がる樽より速かった。
取引先の商家は雪崩を打って離反し、各地の偽錘の被害届が商務府に積み上がり、フォルグ審査官の指揮で偽錘工房の摘発が始まった。
そしてその摘発の端緒を開いたのは――内部からの、一通の告発状だった。
差出人の名を見て、俺は工房へ走った。
「……カイ」
引き抜かれて王都へ行った、あの若い職人が、痩せた顔で、工房の門の前に立っていた。深く、頭を下げたまま。
「師匠。……向こうで作らされてたのは、これでした。偽の、公認錘。最初は分からなかった。図面通り削ってただけだった。けど、削り目を放射で入れろと言われたとき、分かっちまった。これは、うちの……いや、こちらの、刻印を騙る品だって。師匠、言いましたよね。『目方をごまかす仕事だけは、手順を知ってるお前の腕で断れ』って。……断ったら、工房の記録ごと、商務府に持ち込む羽目になっちまいました。すんません。俺、また、無職です」
「馬鹿野郎」
俺は、そいつの下げた頭を、掴んで上げさせた。
「席は空けとくと言っただろう。二年前より腕の上がった職人が、落とし前までつけて帰ってきたんだ。給金は前より銀貨五枚上乗せだ。……親方、いいですね」
「おう。ただしカイ、お前ぇ、削り目の渦、鈍ってたら泣くまでやり直させるからな」
「……っ、はい!」
カイが、はなをすすりながら工房に駆け込んでいく。うちの帳簿の「人員」の欄が、一行、あるべき場所に戻った。
摘発の進捗は、フォルグ審査官が自ら報せに来てくれた。相変わらず皺ひとつない外套で、相変わらず、自分の天秤を先に校正させてから、彼は本題に入った。
「偽錘工房、二か所を摘発。押収した偽錘は在庫込みで六百十二個。カイ君の記録がなければ、半年はかかった仕事です。……それと、商務府として正式に決まりました。国家計量基準事業、予定を一年前倒しで全国展開。ついては各地方都市への基準拠点の設置を、貴ギルドに要請します。第一次は、五都市」
「五都市……! し、師匠、支部が一気に増えます! 人が足りません! 育てなきゃ!」
「ああ、テオ。だからお前の配当の使い道は、正しい。手順書の増刷、待ったなしだ。――それと全員、育成計画を前倒しする。来月から、入門の門戸を広げるぞ。読み書きのできない志願者にも、カイとドガの前例がある。腕と、正直さ。うちの採用基準は、その二つだけだ」
――月末。俺は恒例になりつつある「章末の決算」を、囲炉裏端で読み上げた。
「ギルド員、五十七名。前年比、三十八名増。拠点、メルガ本部・テッサ支部・王都出張所の三……いや、出張所は来月開所だから、現在二。年間計測件数、一万四千二百件。回数券発行残高、金貨十一枚分。弟子借入金――全額完済。配当、規定通り」
「年利一割、確かに受領しました!」テオが証文を掲げ、「で、この配当、全額、手順書の増刷代に寄付します。次の版は、絵図をもっと増やしたいので」と続けて、囲炉裏端を沸かせた。
ドガからの文も届いていた。『師匠殿。テッサの商会の幟、本日、ゼロ。支部の行列、毎朝二十人。弟が、俺の伝記を書くと言い出して困っている』――困れ困れ。良い困りごとだ。
そして、その和やかな決算の席に、王都から一通の書状が届いた。上等な羊皮紙、見事な紋章の封蝋。差出人――王立測量院。
読み上げたヴェラの眉が、ぴくりと動いた。
『拝啓。市井の計量ギルド殿におかれては、広場の見世物での勝利、慶賀の至りに存ずる。さて、貴殿らが「国家基準」を僭称している件、王国の測りの学統を二百年担いし当院として、看過しがたい。ついては秋の王国測量大会への出場を招請する。真の測りが、学統にあるか、市井の手遊びにあるか――白日の下に明らかにせん。 王立測量院 筆頭測量官 エリオット・ハウザー』
「け、喧嘩売られてる! 思いっきり売られてるよ師匠! 『見世物』って言った! 『手遊び』って言った!」
「ああ。……だが、悪くない売られ方だ。相手は買収も細工もしない類いの、真っ向からの喧嘩だ。こういうのは、久しぶりだな」
俺は書状を検分した。文面は慇懃無礼の極みだが、紙の目は詰み、インクは上等、そして文字は一画も乱れのない、定規で引いたような楷書だった。
字は人を映す。この筆頭測量官、相当な、本物だ。




