第二十一話 対決前夜
対決までの一月、ギルドは静かな戦場になった。
工房では、職人衆が当日の実演用の道具を仕込んでいた。携帯用の炉と鋳型――広場で錘を「その場で作って」見せるための一式だ。そして親方は、砥ぎ上げた鏨を一本、道具箱のいちばん上に置いた。
「親方、それは?」
「錘を断ち割る鏨よ。……もしも当日、儂らの刻印を騙った偽物が出てきやがったら、衆人の前で、真っ二つにする。偽物ってのはな、口で暴くより、断面を見せるのが一番早え。それが職人の落とし前ってもんだ」
ヴェラとテオは、記録の術式に籠もりきりだった。ヴェラの探査術式を応用した「記録水晶」――当日の音と映像を封じ、後から誰でも再生できる魔導具である。
市価なら金貨三枚、庶民の年収分の贅沢品だが、「全記録の公開」を証文に入れた以上、記録こそが俺たちの主砲だ。ザラと山猫の爪は観客席側の「目」を引き受けた。
「サクラってのはな、拍手のタイミングが揃いすぎるんだよ。戦場で伏兵を見つけるのと同じさ」とのことである。頼もしい。
そして、ミア。
彼女は毎晩、閉店後の親父の店で、計量の反復稽古を続けていた。俺が覗いた晩も、彼女は目隠しをして、パンを、豆袋を、水甕を、手の感覚だけで言い当てては、天秤で答え合わせをしていた。外した回数だけ、おさげが萎れていく。
「……四百八十五。……ちがう、四百七十九。ああもう!」
「ミア。少し、いいか」
「し、師匠。……ごめん、あたし、まだ精度が」
「稽古の話じゃない。当日の話だ。――三番勝負の計量、代表はお前だ。お前が測れ」
ミアは、目隠しを外したまま、しばらく固まった。
「……なんで? なんであたし? 師匠のスキルなら、絶対なのに。負けないのに」
「ああ、俺なら負けない。だがな、ミア。考えてみてくれ。俺がスキルで勝ったら、世間はこう言う。『ロイドは正しい』と。それで終わりだ。俺が死んだら、引退したら、そこで終わる正しさだ。……お前が、誰にでも視える手順で、誰にでも使える道具で勝ったら、世間はこう言う。『計量ギルドは正しい』と。俺はそっちが欲しい。この対決は、俺の看板の勝負じゃない。基準の網の、御披露目なんだ」
「…………」
「それにな。市場のことは、市場の目玉が一番よく視える。二年前、俺はそう見込んで、お前を筆頭にした。見込みの検算は、もう百回も済んでる」
ミアは、目隠しの布を、ぎゅうと握った。それから顔を上げた。そばかすの顔に、市場の女の不敵が戻っていた。
「……分かった。やる。その代わり師匠、あたしが勝ったら、給料上げてよね」
「勝ったらな。査定は正確にやる」
――前夜。宿を取った王都の部屋に、招かれざる客が来た。バルサックである。従者もつけず、一人で。
「夜分にすまんな、計量士殿。最後の商談に来た。……明日の勝負、引き分けにせんかね。双方の顔を立てて、手打ちにし、共同で王国の度量衡を差配する。悪い話ではあるまい。ワシは負けんが、勝っても、貴様の若い衆の信者どもが厄介での」
「お断りします。……ひとつ聞いても? あんた、二百年の身代で、なんで偽錘なんて小細工までして、俺たちみたいな若造を潰しにくるんです。放っておいても、正面から商いで競り合えばいいでしょう」
「……ふん。若いの、商いを分かっとらんな」
バルサックは、指輪の指を組んで、油の笑みの奥から、初めて素の声を出した。
「二百年、ワシの家はな、『正しさ』で商ってきたのではない。『信用』で商ってきたのだ。そして信用とはな、作るものではない。買うものだ。役人を買い、看板を買い、時に沈黙を買う。それで市場は二百年、回ってきた。回っておったのだ、貴様が来るまでは。……貴様のやり口は、信用を『配って』おる。タダで、誰にでも、検算の仕方ごと。あれをやられると、ワシらの買い集めた信用が、紙屑になる。だから潰す。単純な話よ」
「……なるほど。よく分かりました。あんたと俺は、根っこから商売敵だ」
「そういうことだ。では明日、広場でな。――ああ、それと。賭け屋でワシに賭けるなら今のうちだぞ。倍率一・二倍の、堅い商いだ」
狸は笑って夜に消えた。俺は窓から王都の灯りを見下ろし、明日の段取りを、もう一度だけ頭の中で計量した。




