第十九話 古狸の審査対応
攻めに転じようとした矢先、商会は最後の搦め手を打ってきた。
王都・商務府から、公文書が届いたのだ。『計量ギルドの公認事業者としての適格性につき、審査を実施する。認可の取り消しもあり得るものとする』。審査官が三日後に来るという。理由の欄には「市中よりの複数の申し立てに基づく」――誰の申し立てかは、聞くまでもない。
「認可の取り消し……!? そんなのされたら、国家基準の事業ごと吹っ飛ぶじゃないですか!」
「落ち着けテオ。それより俺は、審査そのものより、審査の『型』が気になる。役所の審査ってのは、どういう手順で進むものなんだ?」
「――そういうことなら、儂の出番だねえ」
のっそり現れたのは、グレンダだった。小柄な体に、伸びた背筋。隻眼の左目が、久々の獲物を前にした古狸の光り方をしている。
「商務府の適格性審査。儂は冒険者ギルドのマスターを三十年やって、あれを四回食らって四回生き延びた。いいかい坊や、あの審査の急所は三つ。一つ、審査官は『書類』を見に来る。二つ、審査官は『現場』を見に来る。三つ、そして一番大事なのは――審査官も宮仕えの人間で、『帰ってから上に書く報告書』のことだけ考えてる、ってことさ」
「報告書のこと……?」
「そうさ。つまりね、こっちの仕事は審査に受かることじゃない。審査官が、取り消し賛成の報告書を書けなくなる材料を、山ほど持たせて帰すことさ。書類はあんたの得意分野だ、完璧にしな。現場は市場と工房を見せりゃいい。で、儂の担当は三つ目。……審査官殿の滞在中、この街で何が起きるかを、ちょいと演出させてもらうよ。なに、嘘は一つもいらない。本当のことを、見えるところに並べるだけさ」
三日後。到着した審査官は、四十絡みの生真面目そうな痩せた官吏だった。名をフォルグ。灰色の外套の皺一つない着こなしと、几帳面に切り揃えた爪が、書類で生きてきた男だと物語っている。
挨拶もそこそこに、彼は懐から自分の物差しと天秤を取り出した。
「審査に先立ち、当方の器具を、貴ギルドの基準で校正願いたい。……審査する側の物差しが狂っていては、話にならんので」
この人は、本物だ。俺は襟を正し、フォルグ審査官の天秤を、衆人の前で校正した。誤差、二百分の一。「良い道具です。手入れが行き届いている」「二十年、連れ添っておるのでな」
――審査は、そこから始まった。
書類審査は半日に及んだ。校正証明書の綴り、量産の二十三工程の記録、不合格品の原因遡及の記録、偽錘の無償交換の全記録、回数券の発行台帳。フォルグは一枚ずつ、自分の天秤で書類の言い分を検分するように読んでいく。
そして、借入金の帳簿――貸主・弟子一同、暁の剣、市場の衆――のページで、初めて手が止まった。
「……これを、隠さず見せるのですか。経営難の証拠になりますぞ」
「帳簿は、良いことだけ書くものではないので。それに、その借入の貸主の顔ぶれこそ、うちの一番の資産だと思っています。審査官殿の目に、どう映るかは分かりませんが」
フォルグは長いこと、貸主の名の並びを見つめ、それから何かを、丁寧な字で書き付けた。
そして現場視察。市場を歩く審査官の前で――グレンダの「演出」が始まった。
といっても、彼女がしたのは道順を決めただけだ。
乾物屋の主人が偽錘に騙された顛末を語り、パン屋のおかみが回数券を見せびらかし、通りすがりの坊主が「けいりょうしさんだ!」と手を振り、工房では親方が破られた工賃請求書の話を勝手に始める。極めつけに、ちょうど届いたテッサからの三通目の文――崩落回避の礼を述べる坑夫二十一名の拇印の連判――を、ザラが「あ、審査官さん、これ見ます?」と、実にわざとらしくない顔で差し出した。
帰り際、審査官は帳面を閉じ、ぼそりと言った。
「……申し立てには『市中の信用を損ねている』とありましたが。私の見た市中は、逆でした。報告書には、見た通りを書きます。それが宮仕えの、唯一の誇りですので」
馬車が去ると、グレンダがにやりと笑った。
「――さて坊や。守りの審査は凌いだ。次はあんたの番だよ。攻めるんだろう?」
「ええ。場所も、決めてあります」




