第十四話 偽物の、正しい見抜き方
仕掛けは、俺の想定より早く、そして狡猾だった。
半月後の朝、ミアが市場から血相を変えて駆け戻ってきた。片手に、パンをひとつ。片手に、見慣れた――見慣れすぎた、錘をひとつ。
「師匠! 出た! 偽物!」
机に置かれたのは、うちの標準錘と瓜二つの分銅だった。大きさ、色艶、そして側面には「計量ギルド公認」の刻印まで、ある。
だが俺のスキルは一瞬で数値を返した。表示五百グラムに対し、実重量四百八十九グラム。二・二パーセント、軽い。
「東市場の乾物屋が使ってた。『行商人から、ギルド公認の最新型だって買った』って。師匠、これで量って売ったら、お客は目方をちょろまかされる。で、気づいたお客はどう思う? 『ギルド公認の錘がインチキだ』って思うんだよ!」
そういうことか。偽錘で儲けさせるのが狙いじゃない。うちの刻印ごと、信用を沈めるのが狙いだ。バルサックの言った「三日で壊す」の正体。
「ミア、よく見つけたな。何で気づいた? 刻印は完璧だぞ」
「ん、二段構え。まず舌。この乾物屋の隣がパン屋でさ、いつもの銅貨二枚のパン――あたし、持った瞬間に分かるの、『あ、これ表示より軽い』って。パン屋のおかみさんは正直者だから、変だと思って秤を見たら、この錘だった」
「舌というか、手だな。それで、目のほうは?」
「ここ」
ミアは偽錘を裏返し、底の縁を指した。
「うちの錘はね、仕上げで『削り粉を量りながら引き算で追い込む』でしょ。だから底の削り目が、渦巻きみたいに中心へ向かうの。職人の親方たちの癖。でもこれは、外から一気に削ってる。削り目が、放射なの。……偽物はね、形は真似できても、手順の跡までは真似できないんだよ」
俺は、しばらくミアの顔を見た。それから、記録簿に一行、書き付けた。
『本日の計測。市場部門筆頭ミアの鑑定眼――基準器と同等と認む』
午後、俺はミアと共に東市場へ出向いた。件の乾物屋は、恰幅のいい四十年配の主人で、事情を知ると豆の袋を取り落とした。
「に、偽物ぉ!? 俺ぁ銀貨三枚も払ったんだぞ、ギルド公認の最新型だって……行商人の身なりもちゃんとしてたし、証明書みてえな紙まで付いてた!」
「その紙、見せてもらえますか。……ああ、やっぱりだ。うちの校正証明書には検査人の署名と工程記録が入ります。これは『公認』の文字と飾り枠だけ。中身のない紙です。――ご主人、悪いのはあなたじゃない。騙された側です。この場で正規品と無償交換します。それと、騙された経緯を聞かせてください。行商人の顔つき、荷の量、次にどの町へ行くと言っていたか。全部が、追跡の手がかりになる」
隣のパン屋のおかみが、店先から身を乗り出した。
「ミアちゃん、あんたが今朝うちのパンを持って『軽い』って言ったとき、あたしゃ肝が冷えたよ。うちまで疑われるのかって。……けど、原因があの錘だって分かって、ほっとした。ねえ、あたしらにも見分け方、教えとくれよ。自分の店の秤くらい、自分で疑えるようになりたいんだ」
「うん! それ、今からギルドで刷るとこ! おばさん、市場の回覧板に挟んでいい?」
夕方、工房に偽錘を持ち帰ると、親方衆の反応は俺の予想を超えていた。偽錘を検分した親方が、みるみる赤鬼の形相になったのだ。
「……底の削り目が、放射だと。ふざけやがって。この渦巻きはなあ、儂らが二十日かけて体に入れた、引き算の証なんだ。手順の跡ってのは、職人の署名なんだよ。それを、上っ面だけ真似て金に換えるたぁ――おい計量士様よ、この喧嘩、儂らも買うぞ。見分け方の一枚刷り、版木は儂らが今夜中に彫る!」
「よし。全部門、聞いてくれ」
その日のうちに、ギルドは反撃の網を張った。第一に、真贋の見分け方――削り目の向きと、誰でもできる「水没法」(同じ体積なら水の嵩は嘘をつかない)――を一枚刷りにして、全市場に配布。
隠すのではなく、見抜き方ごと公開する。偽造対策は秘密にした瞬間、いたちごっこになるからだ。第二に、被害を受けた商人には、ギルドが無償で正規錘と交換。損はうちが被る。
信用の防衛費だと思えば、安い。
そして第三に――出回った偽錘、四十三個の回収品を、俺は一つずつスキルで検分した。鋳型の癖、金属の配合、砥石の粒度。四十三個すべてが、同じ工房の産だった。金属の配合比は、王都のある商会が卸す地金と、小数点以下まで一致している。
「……足がついたな、バルサック」
証拠はまだ、法廷で詰め切るには薄い。だが、狙いどころは見えた。あの男の言う通り、市場は「信用されている秤」で回っている。ならば決着のつけ方も、ひとつしかない。
どちらの秤が信用に値するか――市場の、皆の目の前で、量ってみせることだ。
その決戦の形が「公開計量対決」という名で現実になるのは、もう少し先の話。まずはこの逆風の中で、俺たちには送り出さなければならない男が、一人いた。




