第7回 満寵、樊城の戦い
満寵が着実に功績を積み上げている間、時代も大いに動き出していた。あの「劉備」が益州の統一に成功し、益州を領有するに至った。しかし、益州を取るまで荊州を「貸していた」と認識していた孫権に、劉備は荊州をそのまま返却はせずに、荊州の支配を全面的に「関羽」に任せたのである。
その関羽が、打倒曹操で北伐を開始した。
狙いは、曹仁が守り、その副将を満寵が務める「樊城」であった。
関羽の進軍を脅威に感じた曹操はすぐに援軍を編成、「于禁」と「龐徳」を派遣したが、あろうことか当時、長雨の影響で漢水が反乱し、于禁は降伏、龐徳は最後まで抵抗するも、戦死してしまった。
こうして援軍は壊滅、樊城は、水浸しの状態で完全に関羽軍に包囲される格好となった。曹操の一族で、数多の武功を挙げてきた名将曹仁でさえ、頭に「降伏」の二文字が過ぎったが、一人だけ強気な漢がいた。満寵である。満寵は言う。
「曹仁様。幸い、山からの水は引くのが早い、と申します。今しばらくの辛抱で、必ずやこの水は引き、新たな援軍が送られてくることでしょう。もし、ここで降伏、退却してしまえば、国家の損失の大きさは計り知れません。」
曹仁は黙考する。そして言う。
「伯寧の言う通りである。ここは、耐える。以後、降伏や退却を口にする者は斬り捨てる。そう心得よ。」
こうして、曹仁は改めて戦う決意をしたところ、満寵の言うように、日々、少しずつ、漢水の水は引いていった。
そして、新たに送り込まれた「徐晃」の軍が到着すると、関羽を挟撃する体制が整い、曹仁や満寵はこれまでの我慢を全て解き放ったように戦い、関羽軍を退却させることに成功したのである。
曹仁が言う。
「伯寧よ。正直言おう。私は、この身を戦場に晒して云十年とたつが、降伏の二文字が頭をよぎったのはこれが初めてだ。無論、自分の命のためではない。諸将や兵の命の代わりに、この首を差し出すつもりであった。」
「そのご覚悟はご立派ですが、曹操様が南方を安心して任せられるのは、曹仁様以外にはおりますまい。」
「伯寧よ、此度は本当にお前の言葉に救われた。このことは、はっきりと曹操様にお伝えするつもりだ。」
満寵は、拝礼した。
満寵はこの公績により、「安昌亭侯」に任じられたのである。




