第3話:ディストピア・オメラス①
”最底辺の労働者”である、勇者。
そして、この異世界での勇者としての労働、初日。
その職場で出会ったのは、過労で目にクマができている女性の先輩勇者・サラ。
可愛くて美人だが、その茶髪のセミロングヘアは、ロクに手入れされておらずボサボサだ。
そのサラに、仕事を実演指導されている最中のロード。
「あ、ありがとうございます。また、俺やります。仕事を早く覚えるために」
ロードは、また作業場所に戻った。
作業自体は単純だ。雑魚モンスターおよび それに対応する武器も、俺の割り当てポジションでは5種類しかない。覚えられない数ではない。
現れた雑魚モンスターに対応する武器を、予め指定された武器で討伐するのだが……使用する武器を間違えてはならない。
だが、何時間も動き続けていると、体力はもちろん集中力も消耗していくので、これが意外と間違えやすい。
(間違えると、修正の手間が発生する。他の業務で忙しい部隊長が鬼の形相で飛んできて、修正をする)
勇者という職業は、動き続けるのは当然の事として、同時に高い集中力をも発揮し続けなければならないのだ。
また、この異世界の勇者業務は、日勤と夜勤作業が一週間ごとに入れ替わるため、自律神経はどんどん乱れていく。
作業を覚えても、心身に甚大なダメージが慢性的に溜まっていく、過酷な仕事である。
――さて、休憩時間が近づいてきた。
作業を2時間ほど続けて、疲れているが……それどころではない。
休憩時間になったら、とうぜん休憩する。休憩場所に行く。
……それ即ち、人間関係という修羅場に身を投じることを強制される……ということだ。
古今東西 様々な異世界で、職場での悩み事ランキングの首位を独走し続けるのは……そう、”人間関係” である。
どんなに働きやすい業務内容であろうと、人間関係がクソだと……職場のすべてがクソになる。
……別に、お互い優しさと思いやりを持って接するような、良き人間関係など望んでいない。
ただただ、俺に干渉しないでくれ。仕事以外の事柄で一切 俺に干渉しないでくれ。
頼む。
お互い無関心な職場であってくれ………………
――休憩時間になった。
雑魚モンスターたちは、ピタリと行進を止め、微動だにしない。
まるで、ゲームの一時停止ボタンを押したかのように。
休憩時間は 10分間ではあるが、休憩所までの往復時間やトイレ時間などを引くと、せいぜい8分間ほどになる。
「ロード君、休憩所の場所を案内するよ」
「ありがとうございます」
サラについていくロード。
「あそこだよ~」
「…………………………」
草原の中に、複数のテーブルと、それを囲む様に合計30個ほどのパイプ椅子が並べられている空間。
そこに先輩勇者達が、20名程いらっしゃる。
誰かが発言すると、他の勇者たちが鋭い目線で反応する。
誰もがピリピリしており、空気が重い。
ああ、この雰囲気。以前の異世界でも何回も体感してきた。
お互いの言動に隠した裏の意図を、探り合うような空間。
常にマウンティングの機会を伺い、詰め将棋の様に段階を踏み、相手がギリギリ怒らなそうな範囲での攻撃を続け、相手の自尊心をジワジワと削っていく。
友好を装ったマウンティング合戦が繰り広げられている。
友好を装いながら相手の自尊心を削る行為は、
相手が、怒る理由を言語化して怒ったとしても
「君の考えすぎだって!」といえば封殺できる。
もし、それ以上追求したら、追求した側が異常者扱いされるからだ。
――緻密で陰湿な心理戦が、毎日行われている。
自分以外の誰かを共通の敵にするための、マウンティング・バトルロイヤル。
自分以外の誰かをスケープゴートにするための、マウンティング負け上がりトーナメント。
毎日もれなく開催。参加の是非は自由。
だが、参加しないと……すなわち1人でいると、たちまち陰口のターゲットに認定される危険性が極めて高い。
休憩中も、気が休まらないどころか、より疲弊していく休憩所。
「じゃ、私は部隊長への報告業務があるから、また作業場でね!」
そういって、サラは、草原の中へと消えていった。
ロードは、自分の足が動くのを拒否している様な錯覚に陥っていた。
何故なら、休憩所という戦場に入ったら、否応なしに地獄のギスギスコミュニケーションが発生してしまうからだ。
……しかし、立ち尽くすわけにもいかない。進むしかないのだ。
……元気よく挨拶したら、先輩方に一斉に注目される。
コミュニケーションが発生してしまう。
話のネタが尽きて会話が続かず、お互い無言で牽制しあうような空気の中、話のネタとして扱われてしまう。
もちろん、最初はニコニコ優しく接されるので、「なんだ。いい人たちじゃん。安心した」と油断しそうになる。
……しかぁぁしっ!
それは注意深く査定されているに過ぎない。
「優しくしておかないと、後々コイツがこの職場で権力を得た場合、敵に回ることもある…」という長期視点での生存戦略に基づいた思考であって、決して本当の優しさではない……パターンが非常に多い。
なので、1人でいると…休憩時間に、1人で書籍を読んで勉強していると、優しいと思っていた先輩達に、共通の敵・陰口ネタ供給源として認定される恐れもある。
少なくとも俺は、実際に何回も経験してきた。
ふと前方に見てみると、同時入社の新人勇者2人の姿があった。
1人は上擦った声で挨拶をした。もう1人は黙って座った。
俺は……無言で会釈をして、端っこの椅子に腰を掛けた。
グループから離れた位置に、1人で座っている先輩もいるが……明らかに話しかけんなオーラを発している。
話しかけた瞬間、ひっぱたかれても不思議はない。
はああああ……休憩時間も疲れる職場だ。
右ポケットからスマホを取り出し、電子書籍を読み始める。
……が!
職場の状況が気になって、内容が頭に入ってこない。
”こんな職場で、上手くやっていけるのだろうか……?”
――休憩時間が終了する1分30秒前。
作業は、休憩時間終了と同時に強制的に再開される。
勇者たちは、休憩時間終了前にそれぞれの作業場へと戻っていく。
ロードも、急いで自分の作業場へと戻る。
「時計をチラチラ見ながらの休憩だと、なんか休憩した気がしない……」
ブツブツと独り言をつぶやきながら、作業場へと戻ったロード。
数十秒後。
忙しそうに小走りで、こちらに向かってくるサラの姿が見える。
――作業が再開される時刻になった。
静止していた雑魚モンスター達が、再び行進を始める。
ロードは、作業台から武器を取り出す。
魔法の杖。
その先端をモンスターに向けて――ボタンをポチッとな。
魔法の杖の先端から、ビームが放たれる。
モンスターに命中した。とうぜん、一発では倒れない。
2発目。
3発目。
4発目。
5発目。
6発目――倒せた。
次のモンスターの迎撃態勢に移行。
作業台に魔法の杖を戻し、次なる武器・鎖鎌を取り出す――
――よし、少しだけだが、コツが掴めてきたかな。
……5分後。
ヤバい!
次の敵がもう、もう目の前に来てるのに!
その前の敵がまだ対処できていない!
「ロード君、代わるよ~!」
サラが、作業台から颯爽と、鎖鎌を取り出す。
さっき、俺が使った武器だ。
ひゅんひゅん、と、勢いよく振り回し、鎖鎌でモンスターを攻撃する。
サラは、次々にモンスターをなぎ倒しながら、ぐったりしているロードの方に目をやる。
目にクマができてはいるが、可愛い笑顔で 言い放つ。
「仕事がキツいほど、休日が楽しくなる。というか、キツいのも楽しいのも いずれ慣れる。
結局同じ。人間の欲望には限りがないからね~!」
まあ、仕事に関する思想など人それぞれだが……その言葉には、大いに違和感を感じる。
その理論だと、
”給料を減額されてもいずれ慣れる……だから同じ”
……といってるに等しいのでは?
ストレスに慣れるというのは、ストレスを検知する自己防衛機能が麻痺していくだけだ。
無自覚のまま、心の深奥に……濃縮されたストレスは確実に蓄積していく。
代償として、どんどん大切なモノが欠落していく……人間性に異常をきたすのだ。
「こないだまで女性の部隊長がいたんだよ。
やたらアニメ声で、上司に取り入るのが上手い人だったけど、いきなり姿を消した。
……まるで、神隠しにあったかの様に」
それは、嫌気がさして電撃退職バックレただけでは……とロードは内心 思ったが、言葉にはしなかった。
サラの口調は、怒りを内包しているようにも感じられたからだ。
「そして、当時 補佐役だった男性が急遽繰り上げ昇進。それが うちの部隊長。
補佐役としての仕事も覚えてる途中だったのに、部隊長としての仕事をやらなきゃいけなくなって、いつも愚痴ってた。
あ、もちろん私も急遽 補佐役にされて、大変だった」
”サラさんも部隊長も、大変なのに頑張ってるんだなあ” ……と、ロードは思った。
ロードは、学歴もスキルもなく、無気力で自堕落な人間だった。
高校卒業後、定職に就くこともなかった。
生活費がなくなりそうになったら、短期集中で嫌々働いて当面の生活費を稼ぐ。
……小金が貯まったら辞めて、金が尽きるまでダラダラ生活……。
そんなサイクルを繰り返していた。
数年後、このままでは、いけない……と思い、色々と自分なりに市場価値の高そうなスキルを勉強してきた。
そして、勉強した内容を活かせる職種に就職しようとした。
しかし、どこの企業の面接でも
「実務経験はないのですか?」
「結果を出している方を採用したいので……」
……といわれ、数十社受けても採用されない。
実務経験を積もうにも、どこの企業も採用してくれないので、実務経験を積めない!
結果を出している方なら、貴社アンタらに安っすい時給で雇われるよりも、そのまま自分で稼いでいく事を選ぶだろ!
……新卒カードという、期間限定チートアイテムを使わずにドブに捨ててしまった……という事実に、後から気付いた俺。
時すでに遅し。
とりあえず、目先の生活費を稼がなきゃ……と必死で行動していた。
気がつけば、”最底辺の労働者” である勇者として、ブラック異世界を渡り歩く生活を送っていた……。
日々の過酷な労働で体力も気力も使い果たしてしまい、もはや勉強する体力も気力もない。
俺の人生は、もう……………………………………。




