第13話:DIE WITH ZERO①
――――土曜日の夕方。夜勤開始時刻の1時間前。
ロードは、スマホのアラームで目を覚ました。
……今日、土曜日は夜勤の日だ。
だが、とても出勤できる状態ではない。
ふとんの中からスマホに手を伸ばす。
欠勤の時は、部隊長に電話をするルールだ。テキストメッセージでの欠勤連絡は、認められない。
「おつかれさまです。ロードです。極度の体調不良なので、休ませていただきたいです」
「いや、出勤できるでしょ!昨日も問題なく働けてたじゃん」
……案の定、なんとしてでも、欠勤を阻止しようとしてくる部隊長。
「いえ……極度の体調不良により、本日はお休みさせていただきます」
「…………もし休むなら、病院行って治療薬もらってこい。必ず診断書を提出してくれ」
「…………自費ですか?」
「もちろん」
”体調不良の中、病院に行くのも辛いし、自費なのも辛いだろ?
同じ辛い思いするなら、出勤して働いたほうが給与もらえて得だぜ?”
……という意図が、透けて見える。
「……極度の体調不良ってのは、自己暗示の可能性もあるだろ?出勤できるんじゃないか?」
「極度の体調不良です。今日は、療養のために家で休みます」
「…………………………………………………………………」
返事をしない部隊長。
「……………………失礼します」
ロードは電話を切り――再び眠りについた。
――――日曜日。
昼過ぎに起床。
腹が減ったので、寮の2階の食堂へ。
その後、1階の大浴場へ。
部屋に戻ったら、再度就寝。
――――月曜日。
まだ体調が崩れているロード。
日勤の開始時刻1時間前の早朝に、再び部隊長に欠勤の電話連絡を入れた。
「お前が休むから、みんな心配してるぞ?心配をかけるな」みたいなことを言われたが、休む意思をしっかり伝えた。
(”みんな” って誰だよ?心配しているのは、俺という労働力が減ってしまうことだろ?)
ロードは、再び眠りについた。
――午後3時。
目を覚ましたロードは、ゆっくりと起き上がる。身体が、ずしっ、と重い。
土曜、日曜、そして今日の午後3時まで、2日間以上ずっと寝込んでいたロード。
すっかりなまった身体を動かすために、私服で寮の近所を散歩している。
鬱蒼とした樹々に囲まれた散歩道を、無心で歩く。
樹々の間から、温かい太陽光が差し込む。
空気が澄んでいるのが、わかる。
ちゅんちゅん、と 小鳥のさえずりが聞こえる。
年季の入ったベンチに座り、ぼーっと、してみる。
”…………………………………………………………”
今まで欠けていた何かを、取り戻している感覚。
なんとなくスマホを取り出し、全異世界で普及している動画サイトWe Tubeを見る。
「神隠しにあった女性は!
神が生息している高次元の異世界と交信できる!
そして、高次元の異世界にも、我々が普段 利用しているWe Tubeの様な動画プラットフォームがあり、そこでVTuber(バーチャルWe Tuber)として活動している!
そして、この世界と自由に行き来できるんですよ。
VTuberという業界は――我々が認識できる無数の異世界の人間と、我々が認識できない高次元の異世界の人間が 入り乱れてごっちゃになってるんですよ。
We Tubeで活動している あなたの推しVTuberは、実は高次元の人間かもしれない!
信じるか信じないかは――」
……荒唐無稽な内容だ。
到底信じられないが、フィクションとして、娯楽として楽しんでいる。
勇者としての激務に追われていると、休日も雑務と回復だけで終わってしまう。
自分の時間を楽しむことなど、できなくなっていた。
だけど今は……娯楽を楽しむことができる。
しばらくして、ナーロッパ市の繁華街にも行ってみた。
1週間分の食糧を買いだめするために毎週日曜日に訪れていたが、その光景は普段と全く違って見える。
――全体が円形の高い城壁で囲まれた、この街。
中央に鎮座する聖堂。
人々の憩いの場である、綺麗な噴水。
白い壁に木の骨組みという、味わい深く統一感のある建築物。
馬車が行きかう、石畳のメインストリート。
”ナーロッパって、こんなに美しい街だったんだな”
数か月も過ごしていたのに、まるで初めて訪れた様だ。
ただ散歩しているだけなのに、幸福感に包まれていく。
ロードの顔には、穏やかな表情が浮かんでいた。
数時間の散歩を終えたロードは、寮に戻った。
下駄箱で室内用の上履きに履き替え、寮のロビーへと歩を進める。
そこで、見覚えのある男と目が合った。
「あ……ども……」
ロードが、気の抜けた挨拶をした、その男。
……無表情で近寄りがたい雰囲気をまとう、先輩勇者クロス・スロウド……
いや、先週の金曜日で退職したので、現在は無職……勇者ではない。
私服だ。受付で退寮の手続きをしている様だ。
その男は、明らかに疲労が溜まっているロードの姿を見ている。
そして、口を開く。
「……少し、話できるか?……夕飯、俺が奢る」
2人は寮のすぐ近くにある飲食店にいた。
「好きなモンを頼め」と言われたが、遠慮して安価な食事を頼もうとするロード。
その姿を見て、クロスは高いステーキ定食を頼んでくれた。
「ここのステーキ定食は美味い。
注文から時間がかかるが、明日は休日だから、気にする必要はないだろう」
「……ありがとうございます」
緊張した面持ちで礼を言うロード。
ロクに会話したこともない自分に、わざわざ食事をおごってくれる意図がわからないからだ。
クロスは、運ばれてきたブレンドコーヒーに口を付けた後、ゆっくりと口を開いた。
「お前……あの職場、どう思う?」
クロスの質問に、ロードは重い口を開いた。
「……正直、身体もメンタルも すごく辛いです。
僕、土曜日から今日まで ずっと寝込んでましたし」
「……で、回復したらまたあの職場に行くのか?勤め続けるのか?」
「………………………。
あの、僕って、あの職場で…………
……共通の敵にされてますか?
他の人の陰口のターゲットにされてますか?」
「…………………………ああ、されてる。結構な頻度で陰口を叩かれてる」
「………………やっぱり」
ロードは、どこか達観したような表情を浮かべた。
その表情を見て、クロスは言葉を続ける。
「俺は今も昔も、職場では1人で過ごしている。
ただ、今と昔で違うのは……昔は、職場の人間に対して 細部まで気を遣っていた……という事だ。
自分がされて嫌なことは決してせずに、誰に対しても敬語で、”さん付け” で 話していた。
……その結果、今のお前みたいな扱いを受けることが少なくなかった」
クロスは、どこか諦めた様な表情を浮かべている。
「もちろん、しっかりと誠意で応えてくれる人も少なからずいる。
だが、優しさに悪意で応える人間が、どんどん寄ってくるので、体感的には大多数の人間がクズだと感じてしまう」
”この人、無口なタイプだと思ってたけど、饒舌な一面もあるんだな……”
ロードはそんな印象を抱きながら、クロスの言葉に耳を傾けて、それを咀嚼していく。
「昔は、今話してるみたいに、後輩にお前呼ばわりなんてしなかった。
だが、優しくして1回調子に乗らせると、対処がものすごく面倒臭くなる。
だから、予め回避するために威圧的な態度を取るようになった」
……注文していた飲み物が運ばれてきた。ロードはオレンジジュース。クロスはブレントコーヒー。
「…………誰に対しても優しくする人は、個人的には好きだが……。
どこに行っても、善意を食いつぶすクズはいる。
自己防衛の為に、善意は相手を選ぶべきだ。
そして、悪意を善意で覆う……
例えば、これ見よがしに何度も親切にしながら、同時にジワジワと自尊心を削るような態度を混ぜてくるクズも たまにいる。
善意に対して、善意を返す際も……慎重にならねばならない。
いつも一人でいるのなら、なおさらだ」
「優しいですね。ただの後輩の俺に、こんな助言くれるなんて」
「……俺は優しくない。優しい人間なら、能動的に助けようとする。
俺は、お前が精神攻撃されているのを知りつつ、我関せずを保っていた。
……それを、謝るつもりも……ない。」
「…………優しさの定義は人それぞれですが……
その言葉で、なんか……少し救われた気がします」
信頼できる、深く理解し合える相手だからこそ、本音で話せることもあれば、
しがらみがないその場限りの相手だからこそ、本音で話せることもある。
そんなことを、ロードは思った。
「……今までロクに話した事ない相手に こんなことを聞くのもなんだが……
ロードは……これからどうする?生き方という意味だ」
「……しっかりと、考えたこともないです。ただ、この異世界で働き続けるのは、無理です。
また、別の異世界に行って働くしかありません。
……勇者として」
「……知ってるか? 勇者たちが働いている無数の異世界の構造を。
……つまり、”異世界の真理” について」
「いえ、まったく知りません。魔王が討伐禁止なのは長年の疑問ですが」
「魔王ってのは、”異世界の神” だ」
不可解な表情を浮かべるロードを見て、さらに口を開く元先輩勇者。
「今から話すのは、都市伝説の範疇を出ない噂だがな……」
――勇者を雇っている異世界は、総数50万に及ぶ。
同じ言語圏に限定した場合は、だ。
他言語圏の異世界も合わせると、総数750万もの異世界で、勇者が働いているのだが……。
それら膨大な数の異世界すべてに魔王がおり……”神” としてその異世界を管理しているというのだ。
「まあ、こんなこと、思考停止している職場の人間には、話さないがな。
変人扱いされて 面白おかしく陰口のターゲットにされるのがオチだし」
クロスは、続ける。
その都市伝説を、ロードに聞かせる。
一部の勇者たちの間でまことしやかにささやかれる都市伝説を。
――――魔王は、つまり神は……他の異世界を統治する神に接待して、案件を受注している。
その案件内容は、上流工程で多数のタスクに分解される。
そして、『1つのタスク=1体の雑魚モンスター』として可視化され、下流工程へと流され……襲い掛かってくる。
勇者たちは、各雑魚モンスター(1タスク)を、あらかじめ指定された武器で倒すのだが……
その武器は、生成AIアプリと常時接続されている上、生成AIに指示する呪文 ”プロンプト” が内蔵されているのだ。
1武器に、1プロンプト内蔵。
Aタイプの雑魚モンスター、つまりAタイプのタスクには、それに対応するプロンプトが伝説の剣に内蔵されている。
……つまり、指定の武器でモンスターを攻撃することが、タスクに対応したプロンプトを投げることになる。
すなわち、
「モンスターを武器で攻撃=生成AI利用でのタスク処理」なのだ。
そして、討伐されて消滅した(様に見える)モンスターは、次の工程に流されて別タイプのモンスターとして可視化され……
再度、勇者の武器攻撃……つまり、再度の生成AI利用で更にブラッシュアップされる。
複数回のブラッシュアップを経て、ある程度 仕上がったら、部隊長がチェック・修正。
神がそれを最終確認して、別の異世界の神に……つまり、クライアントに納品するのだ。
そういうシステムをどこかの異世界の神がはじめて、他の神もパクった……のではないか、と言われている。
つまり、
無数の異世界の神同士は、お互いに密接に関係しあい、巨大な経済圏を形成している……と、噂されているのだ。
そして、労働条件という視点から、クロスは話を続ける。
――勇者は、『1タスクに、1プロンプトを投げる』という作業の要員として雇われる。
とうぜん、単純作業で誰でもできるので、転職市場において勇者の労働条件は薄給激務が相場となっている。
しかし、プロンプトを生み出すエンジニアは、現時点では高給だ。
生成AIの爆速進化に対応して、呪文を生み出し続けるプロンプトエンジニアは、腕が良ければ高給取り。
好待遇で定時退社。福利厚生バッチリ。
何故なら、誰でもできる仕事ではないから。
常に最新情報を学び続けることが、継続的な努力が必要だからだ。
だが、腕が特別良いわけでもないプロンプトエンジニアは、さほど好待遇というわけでもない。
……また、腕が良いプロンプトエンジニアであっても、将来安泰とは言えない。
結局は、”プロンプトを生み出す” という仕事も、いずれ生成AIに代替されていくと思われるからだ。
そして、神は……高次元にいるだけで、思考回路は、我々と同じような人間だと思われる。
「他の異世界で勇者だった時、管理職やってたんだよ。
そこもブラックで慢性化に人手不足だから、勤続2年で部隊長に昇進した。
そこで、神つまり魔王の側近から聞いた話なんだがな――」




