第11話:極限搾取①
――嘘を平気でつくヤツは、実は非常に多い。
”誰が・いつ・どこで・何をした” という事実ベースの嘘はバレたら、明確に悪者認定されるリスクが非常に高い。
なので、嘘をつくヤツは少ない。
しかし、バレるリスクが低い・バレてもいくらでもごまかせる意見・解釈ベースの嘘は、平気でつく奴が多い。
――理解していた筈だ!
ましてや、ブラック企業の人間となればなおさらだ。平然と!ニュートラルに!……嘘をつく、と。
……だが、ジワジワ上っていく労働負荷に、思考力が消耗してしまい、判断力が低下していた。
過去に自分に戒めたはずの、自己防衛ができていなかった!
なにが…… ”君は、一番楽なポジション” だ!!
……悪魔め!!
――その日の作業終了時刻から30分後。
ロードは、いつもの帰宅ルートから外れ、とある滝の前に立っている。
今日感じた殺意……6秒間我慢した。冷静になった。
だが……抑えつけた怒りは、決して消滅したのではない。
心の深奥に濃縮された邪気として、確実に溜まっているのを感じていた。
ロードは、周りを見渡して、誰もいないのを確認する。
そして、あの時を思い出す。あの瞬間に感じた怒り・殺意を鮮明に思い出そうとする。
そして、思いっきり叫ぶ。
「っざけんなああああ!!」
「くたばれええええええ!!」
「くそがああああああああ!!」
邪気にまみれたロードの叫び声は、滝と岩の衝突音に紛れていく。
まだだ。まだ、全然 怒りが収まらない。
ロードは、周りを見渡し、岩壁に向かって歩いていく。
表面が比較的滑らかな箇所を探す。
-ゴッ-
ロードは、自身の右拳を……岩壁に撃ちつけた。
右拳の先端から発せられる激しい痛みが、ロードの邪気を覆い隠していく。
再び、右拳を構えるロード
-ガッ-
再度、鈍い音が響く。
……痛い。
左手とローテーションでやるか。
3発。
4発。
5発。
6発。
7発…………………。
――その30分後。
「……痛ってえ……」
寮に帰宅したロードは、顔を歪ませていた。
岩壁に撃ちつけた両拳から、血が滲んでいる。
じんじん とした痛みが、時間差でロードを襲う。
拳を握ると、ぎしぃ、と骨が軋む感覚を感じる。
頭の中では、まだ邪気が、巨大な怒りのエネルギーが渦巻いている。
もし、こんな日々に適応してしまったら、感覚が麻痺してしまったら……
自分の邪気すらも自覚できなくなり、人として大切な何かが欠落していくのだろう。
…………もう、しんどい。辛い。
毎日毎日、極限まで身体を酷使し続ける毎日。
家に帰ったら、飯食って風呂入って寝るだけ。
毎日毎日、はちきれんばかりの硬度を発揮していたムスコも、疲労でげんなり。アレは不要。
もう、限界だ。
――翌日。
慌ただしく動くロードの視界に、いつもとは違う光景が映った。
雑魚モンスター達が行進してこないポジションが……多い?
上流工程でなにか問題が発生したのか、雑魚モンスターの行進が中断されており、勇者たちは 手を持て余している様だ。
……だが、ロードは慌ただしく動き続ける。
ぶつぶつと、つぶやき続けている。
「次は……モンスター撃退用の武器を取りに行く途中で、調合されているであろう黒魔術用の5種類の液体を確認しつつ、その材料の減り具合を確認。
武器庫に取りに行き、それを各所に届ける……7往復くらいで済んだら御の字だ
……上流工程の問題が解決してモンスター達が行進を再開する前に、できるだけ遅れを取り戻したい!」
ロードは、今日こそは、昼休みをしっかり40分フルに休みたい!……と、己に誓った。
昨日は……いや、2日前も3日前もだが……
10分以上遅れて食堂に行ったら、不人気メニューしか残ってなかったし、売店にデーモンエナジーを買いに行く時間がなくなるリスクがある。
デーモンエナジーは、俺という存在の――生命線に等しい。
ダメだ……頭がボーッとする……
「てめえええ!これ!やる意味ある!?先に!!」
粘着勇者が、何か言っている……声がデカい。
ロードは、朦朧とする意識の中、粘着勇者の顔に視線を移す。
「……えっ………………」
粘着勇者の動きが、びたっ、と静止した。
”…………えーと、優先順位は……合ってるよな……。
つーか そもそもこの人、この作業の経験すらないよなぁ。
じゃあ……何について文句 言ってるんだろう?”
鈍重な思考をするロードのジトッとした視線に、粘着勇者は目を丸くしている。
ロードは、粘着勇者が目を丸くしたことに、違和感を持つ。
違和感の原因がわからないので、とりあえず注視を続ける。
「あっ……まぁ……がん……ばっ……」
粘着勇者は、そそくさと自分のポジションに帰っていった。
”…………ああ、俺が怒って睨んだと勘違いしたのか”
……もう、怒る気力など……無いのに。
粘着勇者は、まるで十数年来の親友に裏切られたかの様な……生気が抜けた表情を浮かべている。
”カースト外にいる俺は、同僚たちの陰口のターゲットにされているんだろう”
”カースト下位のヤツほど、精神的に余裕がなくて、露骨に攻撃的になるよな”
”カースト上位のヤツは、遠回しに ひねりを加えて一見友好的な態度を取るが、陰口中に俺が現れると、気まずそうにするよな”
そんな思考がロードの脳裏にめぐる。
上司からは労働力を、同僚からは尊厳を、搾取されていく。
頑張れば頑張るほど、多角的に搾取されていく。
労働力だけでなく、尊厳すらも搾取されていく。
”人間関係は鏡” って真理だな。左右反転の鏡。
「俺って……何のために生きてんだろう?」
ロードは、晴れわたる美しい青空を……恨めしそうな表情で睨みつけた。




