ミーロとお祭りに行く 後編
「どんな者たちだ?」
歩くミーロに並び、トゥリは聞く。
「たぶん、まだ子どもだよ」
町の片隅、材木置き場になっている鬱蒼とした場所に彼らは居た。
ミーロは「子どもたち」と言ったが、20歳前後に見え、見た目の年齢だけならミーロと大差がない。彼らは、いかにも『隠れてコソコソ何かやっている』風だ。隠れて笑いながら、『今、悪いことをしています〜』という空気の者が4名。
全員が、頭からツノが生えていたり尻尾があったりして、魔物との混血と思われる者たちだ。
(魔物は何歳から大人だ?)
トゥリにわかるのは、トゥリは赤子に分類されるらしいということだけだ。
若者たちは木材に座ったり寄りかかったりしている。ひとりが、ミーロに気づき振り向く。
「ああ? なんだ? おねーさん……」
「キミたち、魔王様の悪口を言ったでしょう」
ミーロは声を、ハスキーではあるが、女性らしくして話す。
若者たちはドキッとした顔をする。
「言ってねーよ」
「言うわけねーじゃん」
「お姉さん美人っすね」
ミーロは、美人と言った若者に近づく。
青年がもたれかかっていた木材にしなやかに手をついて、顔を近づける。
「へ?」
「ち、ちち近くないっすか!?」
黒い瞳で青年の瞳を覗き込み、悲しそうに伝えた。
「お祭りなのに、天気が悪くなったらどうするの?」
若者たちは笑う。
「あは、お姉さんもあれっすか? 魔王様が見てるって言いたいんすか?」
「見ていないっすよ、魔王様は俺たちのことなんか」
「そうだそうだ、見ていないぞ」
トゥリは彼らに同調する。
「おっ 君はわかる子だねえ」
「子ども扱いするな」
「どう見ても子どもじゃん」
若者にフランクに肩をたたかれ、トゥリはイラッとするが、ミーロは気づかない。
黒髪の美女は、若者たちを見つめる。
「魔王様はいつも見守っていてくださる、タフィ様はそう仰られた――違う?」
やや怒りを帯びた声色に、シン……と場が静まる。
「ああ、お姉さんは、タフィ教徒らしいタフィ教徒なんすね、へー 冷めるわ」
「そもそも、魔王さんが本当に見ているならだれか遣わせるに決まっているじゃないですか 俺たちを粛清する者を」
「魔王さんって あはは お姉さんの前で、やばー」
トゥリは、若者に「魔王さん」と呼ばれるアステルを想像する。
(喜びそうだが?)
「だからボクが遣わされた」
「は? え? 冗談っすよね」
「キミたちに悔い改めるチャンスを与えるために……心優しき魔王様はボクを遣わされた」
「チャンスってどんな?」
黒髪の美女は笑い、よく響く声で伝えた。
「子種を捧げなさい」
「こ、子種ぇ!?」
トゥリが指摘する。
「よく見ろ、こいつは男だ」
「男ぉ!?」
彼らはざわつき、次々に立ち上がる。
間合いをとりながら、しげしげとミーロのことを眺めた。
あまりに美しいので、男であると信じられないようだ。
「美しさの前では、性別なんて関係ない。
ボクの前にひれ伏すがいい。
さあ、粛清を受けたくなければ……わかるよね?」
若者たちは混乱する。
「サキュバ……インキュバスだ!
ど、どうする!?」
「どうするもなにも、魅了される前に、逃げ……」
「美しいから、俺は構わな」
「いや、待て!」
若者のひとりが、トゥリの背後から腕をまわし、白い首に刃物を当てる。
「コイツの命が惜しければ去れ! インキュバス!」
トゥリは、若者の腕のなかでニヤリと笑う。
トゥリは思い、ミーロも思う。
(最高!)
(最悪!)
トゥリはミーロと約束している。
暴力はなし。それをミーロは許していない。
だからまだ、トゥリは動かない。
刃物を当てられて、残酷を喜び、笑みを浮かべているだけだ。
ミーロは真面目に話しはじめる。
「ボクは、キミたちのためを思って言っているんだ。魔王様の悪口だなんて、タフィ教中枢部の者に聞かれてごらん。折檻じゃすまないよ。
キミたちは、ただの肝試しのつもりだろうけれど……その肝を無くすことになる」
(タフィ教もやるではないか!)
残酷な話に、トゥリのテンションはますます上がる。
「タフィ教のじじばばが怖くて生きてけるかっつーんだよ!」
「アステル様も言っている! 死を恐れるなと」
「アステルはそんなこと言わないだろ」
思わずトゥリは冷静になる。
「あーっ お姉さん聞きましたか? こいつ、魔王様を呼び捨てに! 貴女の連れのこいつのほうがやばいやつですよ!」
(やばいやつなのは、そうだけど、)
「……この子は神が許すからいいんだよ」
ミーロは静かに受け答えする。
それを聞き、喜びの声をあげた魔物がひとり。
「なるほど」
「トゥリに言ったわけじゃ……!」
トゥリは後ろからナイフを突きつけられたまま、手を組み、天に向かい祈りはじめる。
空々しく、即興の祈りをそらんじる。
「ああ、愛しき魔王様? あいにくの空模様で、今にも貴方の涙がこぼれてきそうにございます。
貴方の涙のために、神は粛清する者を遣わされた。
そうですね? ええ、そうでしょうとも。
わたくしは咎人ではありますが、この世に顕現している意味は今、確かにあったのでございます」
タフィ教の祈りでもなければ、アサナシア教の祈りでもない。口から出まかせだ。
若者たちは意味がわからずにきょとんとする。
トゥリは組んだ手をゆっくりと離す。
ナイフを突きつける若者に、爽やかに聞く。
「ところでおまえは、何の種族だ?」
「ああ? 俺はスケルトンの血が入っていてちょっと骨が丈夫で」
聞くや否や、トゥリは神聖力を針のように練り、自らを抱える男の両目に飛ばし、刺す。
青年は絶叫し、膝から崩れ落ちて倒れる。
銀髪の少年は、残り3人の若者たちの前に軽やかに降り立った。
「神は遣わされた。私を……」
純真無垢という顔で、笑った。
「さあ、子どもたち。
姉と遊ぶより、私と遊ぼう!
良い経験をさせてやる」
トゥリは瞬く間に、若者たちを地面に転がす。かなり悲惨だが……かろうじて死人はいなさそうだ。
ミーロはトゥリの祈りを聞いて以降、静観していた。トゥリがもうノリノリなのがわかったので、止める気力がわかなかったためだ。
(父様のためという言葉はきっと嘘、嘘なんだろうけれど……でも……)
ミーロは、トゥリが少しでも同じ気持ちを持っていたなら良いのに、と思う自分に気づく。子どもたちを守るために、足が動かなかった理由はそれだ。
ミーロには、アステルを侮辱されて、本当に怒っていた部分もあったからだ。
ぽつ、ぽつと雨が降りはじめる。
ミーロは空を見上げる。
「父様、本当に見ていたのかな?
ボク、怒られるかも」
「ミーロが怒られることは何もなかろう」
(そうだろうか? トゥリに暴行を許した)
ミーロは、トゥリに視線を移す。
「トゥリは、父様を神様だとは思っていないんだ」
「あんな、ぽやぽやの神が居てたまるか。ミーロだって本気でそう思っているわけではないだろう?」
ミーロは、答えず。ため息をつく。
「あーあ……せっかく童貞をたくさん味見できるところだったのに」
「みんな童貞なのか? そんなことがわかるのか? インキュバスでもないのに?」
トゥリはミーロに引いているが、ミーロはトゥリにだけは引かれたくない。ミーロのほうこそ、トゥリの蛮行にいつも引いている。
トゥリの指先は、青い血まみれだ。
トゥリは、それを雨で洗い流そうとしている。
そんな状態で、急に寂しそうにミーロを見た。ミーロがトゥリを遠巻きに見ていたから。
「ミーロは今日は、私と遊ぶ日じゃなかったのか?」
「……」
ミーロは、トゥリのそばに寄る。
「トゥリってさ、寂しがりだよね。
お姉さん、サービスしちゃおっかな〜」
「私に鞭で打たせてくれるのか?」
ミーロは、姿の変化を解く。
金髪碧眼になり、白い襟付きのシャツに黒いズボン、黒いローブの姿になる。
雨を避けるために黒いローブのフードを被る。
「絶対に嫌だ」
「そう言わずに。姉でも兄でもいい、ミーロが何であっても私は構わない。打たせてくれ」
「嫌」
小雨のなか、ふたりは、仲が良いんだか悪いんだかわからないやりとりを続けながら、魔王城へと帰る。
アステルは、病み上がりのシンシアと一緒にのんびりと過ごしていた。明るくあたたかい部屋で、シンシアを抱えて、絵本を読んであげていたようだ。
「え、雨? なんのこと?」
「ほら、杞憂だ」
トゥリはミーロに言う。
ミーロはフードを脱いで、進言する。
「父様は神様なのですから、祭りの日は……顕現しないとしても、タフィの町を魔術でごらんになってはいかがですか?」
アステルはふい、とミーロから視線を逸らす。
「必要があれば見るけれども、あの町ってタフィ教徒たちがすごくしっかりしているじゃない。
神様が見てるってみんなが信じていることが大事なのであって、ぼくが本当に見ているかどうかは、どうでも良いことでしょう?」
(ボクは、いつも父様のために動いているのに。父様はいつも、ボクを見てくれない)
トゥリは、ミーロのイライラを感じとる。
(おい、ミーロ、)
トゥリはミーロを止めようとするが、時すでに遅く。ミーロは部屋を出る前に吐き捨てる。
「父様がそんな調子だから、不信心者たちが父様の悪口を言ったりするのです」
「えっ 悪口!?」
アステルは驚き、目をまんまるにする。
雨が強まり、窓を叩く。
(あーあ、)
トゥリは窓の外に目を向ける。
お祭りは早めの撤収となってしまう。
「今年は魔王様のご機嫌が悪いんだなあ」
「アステル様ー ご機嫌なおしてくださいー」
とか、町ではささやかれたとかなんとか。




