ミーロとお祭りに行く 前編(ミーロとトゥリ)
魔王城にきて3年目の冬。
トゥリフェローティタは暦を理解し、どの時期にどんなイベントがあるのかがわかるようになった。
それで冬になるとすぐにアステルに「お祭りに行きたいです」と伝えて、アステルも了承していた。
「ごめんね、シンシアの調子が悪いから、お祭りに一緒に行けそうにないよ」
前日、ちいさなペンギンのシンシアがささやかに調子を崩して、叶わなくなってしまう。
トゥリは「かまいません」と答えるも祭りには行きたい。でもアステルはシンシアのことでいっぱいいっぱいでトゥリのことまで気がまわっていなさそうだ。
「ということで、アステルのかわりに私と祭りに行ってくれ、ミーロ」
ミーロは、トゥリのいたずらで髪にヤドカリがついた状態で祭りに誘われ、長く長く沈黙する。
「……イヤだ」
「え?」
「ボクをデートに誘うなら、誘い方ってものを考えてよ、トゥリ」
ミーロはヤドカリを手に乗せると、ローブの裾をひるがえして、去っていってしまう。
(……誘い方?)
トゥリは首を傾げる。
しばしのち、ミーロが執務室から出てくるところをトゥリは待ち伏せする。
「ミーロ」
トゥリはミーロのえり首に両手をのばし、顔をぐいと引き寄せてキスしようとする――のを、すかさずミーロは手で制する。
「……どういうこと?」
ミーロはトゥリの行動が理解できないときは、理由を聞くようにしていた。
平静を装っているだけで、ミーロは内心、不意打ちすぎて(キスではなく首を絞められていた可能性もあり、二重の意味で)心臓がバクバクしている。
「ミーロはしょっちゅう私にキスしてくるから、キスして誘われたいのかと思ったんだ」
「違う、そうじゃない」
(父様の代わりにっていうのが嫌だったんだ……)
「ボクがキミにキスをするのはからかっているだけで、キミから返ってくることを期待したことなんてない」
トゥリは(まるでわからん)の顔だ。
(父様は今それどころじゃないだろうけれど、父様の部屋の前で、キミからさあ)
ミーロは、ため息をつく。
ミーロとしては、トゥリのほうからキスしているところをアステルに見られるのは怖かった。
「わかったよトゥリ、お祭りに連れていってあげる」
トゥリは顔を輝かせる。
「ただし、町の人に暴力を振るったりいたずらしたりしないこと。わかった?」
トゥリは、笑顔で何度も頷いている。
(信用できない笑顔だ……)
当日、トゥリが魔王城の門で待っているとカールした長い黒髪の、美しい女の人が現れる。タフィの民族衣装を身につけている。
黒い瞳に、エルフのような耳。
「なぜ女装なんだ」
「ボクは父様に瓜二つだからね。父様とボクの見分けもつかない不信心な者たちに崇められるのを防がなくちゃ」
ミーロはくるくるの黒髪を指先でいじる。
「と、いうことで今日のボクは母様風だよ。どう?」
「似ていない。シンシア様はもっと美しい」
「トゥリの好みは、母様かあ……」
転移魔術のためにミーロは、トゥリに手を差し伸べる。トゥリはミーロの手に触れて、感触が気になった。
(プールのときに触ったはずだが、こんな手だったか。アステルとだいぶ違うな)
見た目よりもゴツゴツとして、男らしい手だ。そして、ひんやりとしていた。
(ミーロはアステルよりも、手が冷たいな)
トゥリは白いコートを着ているが、ミーロは民族衣装のためか、コートを着ていない。寒いのではないかと、トゥリは思ったが聞かなかった。
「まあ、一緒に行くからにはね。
エスコートするよ、トゥリ」
「……その格好で?」
「さながら今日のボクとキミは、美しい姉と美しい弟……ってところでどうだろう?」
「だれが弟だ、だれが」
タフィのお祭りをふたりは歩く。
多種族混じり合う人混みと、色とりどりの華やかさをトゥリは懐かしく感じた。
トゥリはおととしアステルと来たときに、アステルがあれやこれやいろんなものを買って、トゥリの腕の中に重ねていったことを思い出す。
そのせいで、アステルはトゥリのそばに居ないことが多かったのだ。
ミーロは、トゥリに歩く速さを合わせる。
ミーロは、トゥリから離れない。
トゥリは立ち止まり、ミーロを見上げる。
「何?」
「ミーロは買い物に行かないんだな?」
「キミが何か欲しいなら、一緒に買いに行くよ」
「一緒に?」
黒髪の美女は、トゥリを睨みつける。
「ボクがキミをひとりにするわけないでしょ」
「そ、そうか……」
「むしろ、ボクから離れないって約束してよ」
「ああ、そうしよう」
ミーロはトゥリが悪さをしないかを見張っているつもりだ……トゥリはひとりになって悪さをしたいのだと思い込んでいるので。
トゥリは、おととし、アステルに置いて行かれたとき、ひとりで知らない町でどう過ごして良いかがわからなかったので、ミーロがそばにいると聞いて嬉しく感じた。
(息子は親切だ)
「ありがとう、ミーロ」
「え?」
「ん?」
昼すぎ。ミーロおすすめのカフェで美味しいごはんを食べたあと、ミーロの長い耳が何かをキャッチする。
「トゥリ、良くないものを見つけた」
「なんだ?」
「町の片隅で魔王の悪口を言っている者たちがいる」
トゥリは笑う。
「魔王の悪口くらい、誰だって言うだろう。
魔王なんだから」
「トゥリ、キミは父様にタフィ教のことはあんまり教わっていないんだね?」
「そういえば、アステルは話したがらないかもしれないが……」
トゥリの前に立ち、ミーロは伸びをする。
「まあ、ボクにとっては仕事だよ。良い思いもできるかも」
「良い思い?」
「なんだと思う?」
振り向いた黒髪の美女は、艶やかな指を口元に当て、意味深げに微笑んでいる。
トゥリは眉をひそめる。
「エスコートするって言ったのはどの口だ?」
「お望みなら、トゥリもどう? 暴力なしなら、混ざっても良いよ」
「断る」
トゥリは赤くなって、むすーっと拗ねながらも、ミーロから離れない約束なので、足早に歩くミーロの後をついていく。




