トゥリ、熱をだし、魔物の常識を知る。
トゥリフェローティタは、熱をだして寝込んでいる。
アステルが回復を試みてうまくいかず、治癒に詳しい魔物を呼ぶと「内在する神聖力のせいで熱をだしたのだと思われる」との話だった。
神聖力をもつ魔物は珍しく、どうすれば熱が下がるのかがわからない。
アステルはトゥリの部屋から出てきて、黙り込んでいる――ので、ミーロは近くでハラハラしている。
アステルは、近しい者の病にすごく敏感だ。
父親が身内の病気で精神的に崩れやすいのを、ミーロは知っている。
毎回のシンシアの看取り期もそれはそれは大変だが、ミーロが若い頃にルアンが軽い夏バテになったときなんて、もうもうもう、魔王城が滅ぶのではないかというくらいの狼狽っぷりで。
(あのサディスト赤ちゃんがちょっとやそっとのことで死ぬとは思えないけれど……)
アステルは目を伏している。
なにか決意したようにゆっくりと目を開き、前を見据えた。
「やっぱり、ぼくの魔力を分け与えるしかないかな」
「ええっ!?!?」
ミーロの顔は、真っ赤になる。
昼すぎ。
高熱のトゥリが、ふと目を覚ますと、となりにミーロがいる。
「ミーロ……近寄るな」
「ボクがベッドにいて嬉しくないなんて」
「近寄るな……風邪がうつる……」
トゥリはうわごとのように言う。
「……キミってさ、人間のころ、モテたかもしれないね」
「なんだ? 話しかけないでくれ、頭が痛すぎて……」
「父様の話だとキミに似て、端正な顔立ちで。さぞやモテただろう。
キミのその何故かまともな部分に惹かれた女性を、騙し討ちするように拷問していたんだろうなあ……」
「話しかけるなって」
ズキズキと痛む頭を抱える銀色の髪に、ミーロは触れようとする。
その仕草がアステルに似ていて、トゥリは余計にイライラした。
「触るな!」
「ねえ、トゥリフェローティタ? 急ぎの要件できたんだよ、ボク」
「なんだ」
「父様がね、キミの熱を下げるために、父様の魔力を分け与えるって言っている」
「それがどうしたというんだ、そういや前も……」
(嫉妬するとか言ってたな)
ミーロは内緒話をするようにトゥリの耳に口を寄せた。エルフのような耳先は、赤い。
「……えっちなことだよ」
「え?」
「魔物にとっては、魔力が混ざりあうなんて、セックスよりもいやらしいことなんだ。血液と体液が同時に混ざりあうようなものなんだよ。
これはね、魔物の常識」
「……え?」
夜。
ミーロの予言どおり、アステルが部屋の扉をノックする。
「トゥリ、入ってもいい?」
「ええ」
トゥリは緊張するが、扉を開けたアステルは、ルアンを連れている。
(ルアン……!? なぜ……)
耳に残る、ミーロの『えっちなことだよ』という囁き。なぜか入ってくるふてぶてしい犬。
トゥリは混乱する。
ベッドから上半身を起こしたトゥリのそばに近づき、アステルは話す。
「トゥリを元気にするために、ぼくの魔力をトゥリに分けたいんだ」
(セックスしたこともないのに、セックスよりいやらしいことを、これから?
犬の目の前で……?)
「ル、ルアンは……?」
アステルはしゃがみこんでルアンの首まわりの毛を撫でている。
「たぶん大丈夫だと思うんだけれど、合わなかったり、ぼくの魔力が強すぎるといけないから、ルアンで練習して調整しながら、きみにあげようと……」
「ルアンで練習!?」
(私といやらしいことをするために、犬ともいやらしいことを……?)
高熱のトゥリは、魔王城の主の正気を疑う。
「アステル様、や、やめませんか? 私、ほら、すこし熱が下がってきたような気がします」
アステルはトゥリの額に手を当てる。
真剣な顔だ。
「ダメ。まだ高いよ……どうしたの? さっきからトゥリ、なんだか様子がおかしいよ。
きみ、熱で、気持ちが弱っているのかも」
(むしろなんでそんな平然としているんだ!?)
いやらしいこと、と口にするのが嫌で、トゥリはアステルから目をそらしながら聞いた。
「あ、あぶないことなのでしょう?」
「あぶなくなんてないよ。ぼく、しょっちゅうルアンに魔力を分け与えている」
「えっ!?」
「……? なにその反応」
アステルは、ルアンに何度か触れたあと、トゥリに触れようとする。トゥリは目をギュッとつむり、叫んだ。
「す、すごくいやらしいことだというではないですか!」
アステルは手を止める。
青い目をまんまるにして、熱で顔の赤いトゥリを見る。
「アステル様、そういうの苦手ではないですか!」
「ふふっ あははは!」
アステルは吹き出し、笑う。
「ミーロから聞いたんでしょう、それ。
ミーロが勝手にそう思っているだけだよ、いやらしいことだって勘違いしているだけ」
「え?」
アステルは涙がでるほど笑ったあとに、トゥリに手を差し伸べる。
「ほら、手をだして」
トゥリがおそるおそる手を出すと、アステルはトゥリの手を包み込む。
ぽわわ、とあたたかくなり。
トゥリは、アステルの魔力が自分に流れ込んでくるのを感じた。
弱っている体に魔力を流してもらうのは、とてもあたたかくて、心地よいものだった。もしトゥリが今ナメクジの姿で、アステルの手の上にいたとしたら、溶けてふにゃふにゃになってしまいそうな心地よさだ。
トゥリの魔力には、アステルの魔力がよく馴染んだ。
アステルに魔力を分けてもらい、魔力の混ざりあう時間は、トゥリにとって、心地のよい時間だった。アステルとふたりでひなたぼっこをしているような、そんな時間だ。
「気に入った?」
「べ、べつに気に入っていません」
口ではそう言うものの、手を振り払わないトゥリを見て、アステルは微笑んだ。
トゥリフェローティタは、翌日には元気になった。発熱は、神聖力の持て余しが原因だった。持て余した神聖力を魔力がなんとかしてくれたらしい。
(神聖力は、定期的に使ったほうが良さそうだな)
トゥリは、魔王城の廊下で体調を悪くしてしゃがみ込んでいる魔物と、彼をとりかこみ介抱する魔物たちに出くわした。
トゥリは意地の悪いことを言う。
「神聖力で治してやろうか」
「おまえ! 体調が悪いものにそのような酷い冗談を言うではない!」
まわりがトゥリをしっし、と追い払おうとする。
トゥリは、魔力にみなぎっている。
今ならなんだってできそうな気持ちだ。
「ふーん……じゃあ、私が魔力を分け与えてやろうか?」
場の空気は、凍る。
トゥリはもちろん、(こいつら私が嫌いだから、嫌だろうな)と思って言ったのだ。しかし、そういう凍り方ではなかった。
凍ったあと、ブワッと。
全員が耳まで赤くしながら、トゥリを糾弾した。
「な、なんて破廉恥なんだ!」
「恥ずかしげもなく、なんて……なんていやらしいことを!」
「えっちなことを白昼堂々言うではない! この赤ん坊が!」
「さっきの冗談より笑えないぞ!?」
「え、いや……え?」
トゥリフェローティタは、足先から頭の上まで真っ赤になり、湯気がでそうになる。
「魔物の常識」に欠けるのが、魔王のほうだと気づく。
その足でアステルを暴行しにいったのは、言うまでもないことである。




