幕間2 ルアンのおしおきの翌日(アステルとシンシア)
ミーロはアステルの執務室に入り、眠そうで元気のないアステルを見る。
「父様、寝ておられないんですか? 大事な会議の日なのに?」
「うん……」
アステルは気のない返事をしながらペンを動かしている。
「会議前に仮眠をとられてはいかがですか?」
「うん……そうするよ」
アステルは何か話したそうな様子だったが、ミーロは忙しかった。(聞くのは今じゃないな)と思い、特に聞かない。
ミーロが出ていったあと。
仮眠をとるべくアステルはソファーに横になるが、仰向けになった途端、ルアンの顔を思い出した。
「う……」
魔王アステルはソファーに丸くなって、泣く。
「うぅぅ……うえっ」
部屋にひとりなのを良いことに、ひと目(魔物目)を憚らず泣く。
つぎつぎに溢れる涙を手で拭いつづける。
「なにも なにもあんなふうにしなくたって! う……うぅ……」
アステルは泣きながら考える。
だれかに言いたい。でも……。
(ミーロに言えるはずがないよ、ミーロはルアンのことが大事なんだ……ぼく以上に懐いているんだよ、ルアンに……)
アステルはハッとする。
ルアンの愚痴は、ミーロには言えない。
でも、聞いてくれそうな人が、ひとりだけいるではないか!
「シンシア、ルアンが、ぼくにひどいことをしたんだよ」
「チュウ」
会議が終わり夕刻、アステルは白ねずみの妻に話す。
シンシアは、心のなかで思う。
――どうせ夫がなにか怒らせることをしたのだ、チュウ、と。
シンシアは、人間や他の生き物だったときの記憶をすべて持っているわけではないが、かすかな記憶を脈々と受け継ぐなかで……ルアンは信頼できる犬だとはっきりとわかっている。
仁義に厚い犬なのだ。
理由もなく痛めつける犬ではないのだ。
しかも、アステルを。
シンシアにしてみれば、ルアンは、いつもアステルに甘い。甘すぎる。
太古の昔から、砂糖菓子のごとく甘いのだ。
なのにアステルに激怒したということは、それ相応のことをアステルがしたからだと、ねずみの妃にはわかっているのだ。
「もう本当にひどいよ、ルアンはひどい犬なんだ」
「チュウ……」
とはいえシンシアは面倒に感じ、アステルの話を黙って聞き、チュウチュウ相槌を打つ。
話せばすっきりするのだろうし、最近のアステルはがんばっているように見えるからだ。
チュウチュウとねぎらう。
アステルはルアンの愚痴を言っていたがそのうち、だんだんと愚痴ではなくなってくる。
「……でも、ぼくだって、ルアンがぼくのことを大切なのはよくわかっているんだよ。ぼくだってルアンは大切だもの。今日、彼のブラッシングができていないのが、心がかりなんだよ」
「チュ……」
シンシアは、思う。
トゥリフェローティタは、いけすかない。
あんなやつは(もう魔物なので簡単にはいかないのはわかっているが)正直なところ、何回でも死んだほうがいい。
だが、シンシアが警戒すべきはトゥリフェローティタではない。シンシアからしてみれば、あんなのは有象無象の雑魚だからだ。
トゥリフェローティタへアステルが向ける眼差しは、幼子へ向けるようなものだ。今のところは。
だから、いつの時代も、警戒すべきは――ルアンだ。
そのあともルアンの話が続く。アステルの輝くような表情に、シンシアは思う。
――愚痴なら聞くが、惚気なぞ聞きたくはない!
ガブーッ
「痛!」
突然、シンシアに噛まれてアステルは驚く。
「ど、どうしたのシンシア? どうして噛むの……?」
シンシアはツーンとそっぽを向き、アステルはおろおろとする。
うっかり妻に愛犬の惚気を話した結果、狼の噛み跡の上に、さらに、ねずみの噛み跡でいっぱいになる魔王なのであった……。




