27) ルアンとおるすばん
魔王城に、雨が降り続ける。
トゥリフェローティタは、アステルの部屋の前でルアンと鉢合わせる。
ルアンは、(なんでコイツがここに……)という顔をする。
「私が残っては、悪いのか?
私は罪人なのだから、城から出られるわけがないだろう?
べつに、アステルが心配で残っているわけではないのだから、ほっといてくれ」
トゥリは笑い、息をするように嘘をつく。
ルアンは、沈黙する。
トゥリは、アステルの部屋をノックしたり、扉を開けようとしたり、転移魔術で入ろうとするが、そのどれもが上手くいかない。
ルアンは少し唸るも、(どうやったって入れないな、コイツ)とわかると、ふあ……とあくびをして、廊下に丸くなった。
アステルの部屋の前で、トゥリは膝を抱える。すこし離れたところに、ルアンが丸くなっている。
雨の音が、ざあざあと聞こえる。
「アステルを見張らなければならないのでは、なかったのか?」
ルアンから返答はない。
「まあ、おまえのことだから、今は大丈夫だから、ここにいるのか」
トゥリはお腹が空き、厨房へと向かう。
硬くなったパンを見つけ、かじる。
(まるでネズミだな)
(アステルの家庭菜園から何か盗んでやろうかな)
とはいえ季節は冬なのだ。
トゥリは野菜の本を読まなかったから、冬の作物がわからない。好物のやわらかな葉物は、春のイメージだ。
トゥリは、あまりものでスープをつくってみることにする。
じっくりことこと煮込んでいると、ぬっ……とルアンが厨房に入ってくる。
ルアンは勝手知ったる様子で、トゥリには見つけられなかった果物のカゴを探し当て、引っ張りだす。まあるい赤い実を口にくわえて、持って行こうとする。
「どうやってアステルに食べさせるつもりなんだ? まさか、牙で噛み砕いているのではあるまいな?
アステルはおまえと違って、獣ではないんだぞ」
ルアンは、無視して去る。
トゥリは、カチンとくる。ナイフを手にとり果物を剥く。ナイフの使い方には自信があり、手を切ることもなかった。
アステルの部屋に行く。泣き声が聞こえる。
ルアンは中にいるようだが、扉は開かない。
トゥリは、お皿に乗せた果物を、扉の近くに置いておく。
(供えているわけではない。
私はアステルを神だなんて、思っていない)
別の日。
トゥリは厨房で、ひとり、ごはんをつくる。
ひどい出来栄えになりつつあるスープだ。
そこにルアンが入ってくる。また、果物のカゴを覗いている。それから、トゥリの鍋を覗きにくる。棚にあった塩の瓶を、しっぽではたき落として、トゥリのスープに瓶ごと入れる。
「ああ!?」
トゥリは神聖力で攻撃するが、避けられる。
「なにするんだ、この、バカ犬!」
ルアンはふん、と鼻を鳴らす。
塩の瓶がスープに入ったときに、床に砂糖の瓶が落ち、砂糖がこぼれる。
トゥリは瓶を拾おうとして、まじまじとしたルアンの視線に気がついた。
トゥリは思い出す。アステルが『ルアンは砂糖のついた手を舐める』と言っていたのを。
トゥリは手のひらに砂糖を出そうとして――コイツに舐められるのは嫌だ、と思い直し、小皿に砂糖を出す。
「ほら、舐めろ、犬」
ルアンは近づく。トゥリの手にある小皿ではなく、床にこぼれた砂糖を舐める。
べ、と舌を出して去って行く。
(くっそー! 腹が立つ! なんだあの犬!!!)
トゥリは、ルアンに対する嫌がらせのように、またナイフで果物を剥き、アステルの部屋の扉の前に持っていく。
ついでに砂糖を入れたお皿も、もったいないのでとなりに置いておく。
翌朝、どちらもからっぽになっている。
トゥリは、ルアンとは仲良くできない。
ルアンもトゥリとは仲良くできようもない。
けれど、いま、静かな城のなかで。
トゥリが物音に目をやると、だいたいがルアンのたてる音だった。ルアンのほうも、音や気配に振り向くと、そこにトゥリがいた。
すれ違うだけで、話もしない。
けれど、顔を見れば睨みあう関係であっても、たてる音は、嫌ではなかった。
お互いに、アステルのために城を離れなかったのだと、心の奥ではわかっていた。
言葉にしない、できないだけで。
トゥリは、引き続きアステルに部屋に入れてもらえない。
(犬ばっかりずるい)
けれど廊下ですれ違うルアンにも、疲れがみられるような気がして。ずるいと喚くのもなにかが違うようで。
トゥリは残酷物語の読書にも飽きて、暇をもてあます。
城のいたるところを散歩する。
ふと思いたってシンシア妃の部屋に入る。灯りの魔石に触れて照らした部屋は、あの夜、夢で見たまま。シンシア妃が生きていたころの部屋のままだ。
(アステルの指示がないから、片付けられないのか)
正気を取り戻したアステルが、部屋を片付けることを想像すると……誰かが片付けてあげたほうが良いのではないかという気持ちにもなったが――トゥリにはわからない。
トゥリも、片付けられなかった。
トゥリは、シンシアの宝物部屋のことを思い出す。金貨を期待しながら、チラと覗く。
ネズミの宝物部屋への穴はとても小さくて、指が2-3本しか入らなさそうだ。けれど、何かが光っている。トゥリは光に指をのばす。
金貨ではなかった。
トゥリの手のなかに、魔石がある。
白い色の魔石だ。




