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26) 大暴れ


 トゥリフェローティタは、シンシア妃の葬儀に参列する。


 衛兵が鉄格子越しに、喪服を渡した。


「おまえが葬儀に出られるのは、ミーロ様の計らいで、ご温情によるものだ。感謝するように」


 トゥリはもちろん、立場上、ミーロやアステルに近い席には行けるはずがない。魔王城の魔物としても、末席に並ぶ。



 葬儀で、ミーロに付き添われるアステルを遠目に見た。とてもいつも通りには見えなかった。食事も睡眠もとっていないように見えた。泣いてはいなかったが、話さず。ちいさな、花で満たされたガラスの箱を抱えて、離したがらず。


 アステルがシンシア妃を離さないので、みな、アステルとシンシア妃の前に、花を手向ける。

 ミーロが花を手向けて、花を口にくわえたルアンが手向けて。参列する魔物もみな、次々に花を手向ける。


「あ」


 シンシアに手向ける花に、トゥリは見覚えがあった。近くの魔物に聞く。


「この花は?」

「アサナトスのレプリカだよ。

 アサナトスは、生き物に不死性を与える花で、シンシア妃の象徴だ。

 アステル様はじめ、親族の供える花だけは本物だそうだ」


 確かによくよく見ると、手元の花は、色が薄い。栞の中で見る花よりも。


(そんなに貴重な花だったのか)


(生き物に、不死性を与える花――)


 トゥリは、花を手向けるときにアステルをまっすぐに見るが、アステルはトゥリに気がつかない。

 シンシアの入った、箱のみを見ている。

 けれどトゥリは、それで構わなかった。


(死体というのは美しい。私でもきっと、そうする。アステル)




 葬儀が終わり、玉座の間を出た途端。


 一部の魔物たちが(はあ、やれやれ)という空気になる。伸びをしながら、和やかに歩く。


「さ、休暇だな」

「休暇だ、休暇」


「は?」


 トゥリは、大きな声を出す。多くの魔物が歩く通路で、足を止める。


「ああ。トゥリフェローティタは、シンシア妃が亡くなるのがはじめてだから、知らないのか。

 陛下は妃が亡くなると、しばらくのあいだ、気が触れてしまわれる。あの御姿を見ただろう?

 お優しい陛下は、繰り返し妃が亡くなることに耐えられないのだ。お労しいことだが……あの膨大な魔力を暴走させてしまうこともある」


「だから魔王城は、休暇に入る。ほとんどの者が城を出る。

 城に残っているのは危ないぞ、トゥリフェローティタ」


「まあ、おまえが他に行ける場所なんてどこにもないか、罪人だものな。あはは」



(あの状態のアステルを、放って。休暇……?

 いつも、魔王様、陛下とあれだけ慕って、神様だと信仰して、重いものを背負わせておいて……気が触れたら、休暇だって……?)



 トゥリは、神聖力で大暴れをする。


 和やかに休暇を楽しみにしていた魔物たちをみんな、攻撃してまわる。

 へらへらしているやつ、荷造りしているやつ、笑いあっているやつ、みんな、みんな、みんな。


 兵に制圧されて、牢屋へと戻る。




 翌朝、疲れた顔のミーロが、ひとり、やってくる。


「こんなときに、キミまで問題を増やさないでよ、トゥリフェローティタ」


「私は悪くない。こんな休暇を楽しみにするほうが、悪いだろ」


 ミーロは、目を見張る。


「驚いた。キミは、キミのために暴れたわけじゃなかったの? 父様のために暴れたんだ」


 トゥリは、毛布を持っていない。

 冷たい牢屋で膝を抱えている。


「アステル様は?」

「いつもどおりの荒天だよ。

 母様が亡くなるといつもこうなんだ。

 ずっと泣いて、力尽きて寝て、泣いて、力尽きて寝て、だ」

「食事は?」

「食べていない。

 でも今回は、魔力の暴走はまだ起こしていないし、自傷行為もしていない。ただ……雨が降り続いている。父様がやっていることだよ。意識してやっているのかどうかは、知らない」

「自傷行為?」

「母様が亡くなると、一緒に死にたがることがある。ルアンおじさまがずっと見張ってる。

 父様は、何をしても死ねない。何をしても、魔王になった時点の体に、もとに戻る。それを父様も頭ではわかっている。感情で後追いしたがるだけ。

 だけどそんな気が狂った行い、させたくないってルアンおじさまは思っているみたい」

「ミーロは?」

「父様の好きにすれば、って思う。

 どうせ死ねないのだもの」


 トゥリは、アステルが、シンシア妃の死体の絵のとなりにアステルの死体を描いて欲しがったことを思い出す。


「母様はちゃんとアサナトスを服用しているから、毎回、しばらくすれば、他の生き物に転生して戻ってくる。

 父様もわかっているはずなのにね」



 トゥリは膝を抱えたまま、顔を伏せてしまう。


 ミーロは、ローブが汚れることを厭わず。トゥリのとなりに座る。牢屋の床に座る、一国の王子だ。


「トゥリは、父様を可哀想に思って暴れたんだろうけれど……正直、この時期は城にいるほうがあぶないよ。

 ルアンおじさまがいてくれるから、ぼくも少し城を離れる予定。トゥリフェローティタ、一緒にくる? 念願のお外で遊べるよ。まあ、ボクの監視つきだけれども」


「行かない」


 トゥリは、即答する。


「牢屋番も休暇にはいって、もういないよ。

 キミも城を出て息抜きしたら?」


「行かない」


「きっと初回だけだよ、トゥリ。トゥリがそんな気持ちになるのはさ。繰り返される母様の死に、いつまで経っても慣れないのは父様だけなんだ。

 毎回毎回、ルアンおじさまに迷惑かけて……ボクは、父様にもっとしっかりして欲しいよ。一国の王なんだからさ」


「アステルの気持ちは、アステルにしかわからないだろ」


 ミーロは、ふさぎ込むトゥリフェローティタに、かける言葉を見つけられない。


 牢を開錠する。


「夕方まで待ってあげる。考えが変わったら、教えてよ、トゥリ」




 夕刻、荷造りをしたミーロが、城を出ようとすると、トゥリフェローティタが待っていた。

 何も持っていない。


「ミーロ。やっぱり私は、行かない。

 そもそも、私を城に閉じ込めているのはアステルだ。私の外出を、アステルが許可できる状況にないのに、勝手に行って、帰ってきて、私の部屋がなかったら、困る」


「ボクが連れていくのだから、そんなことにはならないのに……」


 ミーロは、気づく。


「ああ、そうか。もしかしてトゥリフェローティタは、父様の魔力を使って魔物に転化したの?」

「……?」

「ルアンおじさまもそうなんだ。つまりキミは、荒天な父様の魔力の気配が、怖くないんだね」

「知らないが、特に普段と変わらないな」


「ボクもたいして怖くはないけれど、それは血縁だからだよ。血縁でもないのに全然へっちゃらなのは、ルアンおじさまと、あとキミだけってことだね」


「つまり、キミも、父様に魔力を分け与えてもらえる可能性があるんだ」

「魔力を分け与える……?」


(それがなんだ、何の意味があるんだ)と、トゥリは眉根を寄せる。


「うらやましい」

 ミーロはトゥリの頬に手を寄せて、口にキスをする。優しく。


 トゥリは辟易する。


「……挨拶のキスを口にするやつがいるか?」

「ああ、ごめん。嫉妬のあまりつい。

 ボクは父様の血が濃いからね」


「ミーロは、キスの安売りだな」

「キミにだけお安くしておくよ」


 ミーロは手をひらひらさせながら、トゥリを振り返らずに、行ってしまう。


 トゥリフェローティタは、ひと気のすっかり感じられなくなった、がらんどうの城の中へと戻って行く。


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