22)至福のとき、報復のとき
「ルアン、ずっと休憩できていないでしょう? ぼくがかわるよ」
ミーロは、幼い子どもになっている。何も知らずにルアンに可愛がられていた子どもの頃の気持ちで、ルアンと一緒に寝たはずだった。
もふもふのこんいろオオカミを大きなぬいぐるみのように抱いて、寝たのだ。
それが目を覚ますと、逆に、誰かにぬいぐるみのように抱かれていた。添い寝だ。
おなかにかかった毛布の上に置かれた大人の手の感触に、一瞬、ドキリとしたが、よく知ったにおいであることに気がついた。
ミーロは、戸惑った。
「とうさま?」
横向きに眠るミーロを、後ろから抱え込むようにして、アステルが眠っている。
ミーロは子どものころにアステルに添い寝してもらったことなんてない。シンシアやルアンは添い寝してくれたが、アステルとは添い寝した記憶がない。
大人になってからは、ミーロからアステルのベッドにもぐりこむことはあっても……すぐにいやらしいこと目的とバレて、追い出されるのが常だった。
「ミーロ、まだ寝てていいよ」
カーテン越しに差す淡い光が、明け方近いことを教えている。
アステルにおなかにかけた毛布ごと包まれると……実質、両親にハグされているようなものだ。
(……夢かな)
ミーロは心臓がドキドキと波打つのを感じる。
(……夢かも)
ミーロが起きていると気づいたアステルは、子の金色のつむじのあたりで話す。
「ミーロ、いつもありがとうね」
手を伸ばし、ミーロの金色の髪を撫でる。
「ミーロは可愛い可愛い、ぼくの大切な息子だよ」
(ふ、ふわあ……)
ミーロは真っ赤になる。
微動だにせず、しばらく撫でられ続ける。
アステルが撫でるのをやめると、ミーロは振り返る。
「と、父様……」
アステルはやさしい眼差しだ。
ミーロは以前、子どもになったときにアステルにキスをせがんで、衛兵に突き出されたのを思い出す。
「ボクのこと、愛してますか?」
「うん」
「じゃあ、キスしてください」
アステルは少し考える。
小さなミーロの前髪をあげて、額にキスをする。
(ふ、ふわあああ……)
ミーロは心の中で勝ちどきをあげる。
勝利、大勝利だ。
トゥリフェローティタに酷くいじめられたのがなんだというのだ。
そんなの、父親からのキスひとつで、遠い昔の出来事のように感じられ……
「トゥリフェローティタがね」
……アステルの口から名前がでる。
「ちゃんとキミに愛を伝えるように言ったんだ」
「そうなんですね、トゥリフェローティタが……」
心の中で、いろいろな思いが吹き荒れたのち。
小さなミーロは、ジトッとした目をする。
「いや、絶対に許さないです」
「……」
「ボクは絶対にあいつを許さないです。あいつがボクに何したと思います? ◯◯して×××して△△して……辱めを受けるプレイなら良いんですよ? プレイならね。でも、あいつの暴力は本気じゃないですか。回復魔術で傷は治っても、気持ちまでは回復しないんで……。
父様、あいつ、再封印したほうが良いですよ。前に封印していた場所よりもっと地下深くに埋めましょう。
とにかく許せないです、一生根に持ちます」
アステルは考え込む。
「ミーロは……トゥリに謝らせたい?」
「いや、謝っても許せないから、別に良いです。
でも、されてばかりで、むしゃくしゃはしますけど……」
「そうだよね。じゃあ、報復しに行こう」
「えっ」
アステルはベッドから出ると、近くの椅子にかけていた黒いローブを身につける。
「あ、あいつのところに行こうって仰っていますか? 父様……」
少年ミーロはベッドの上で、ぷるぷると震え出す。
「そうだよ。仮にも魔王城で、ぼくの次に強いミーロが、最弱の魔物トゥリフェローティタに、してやられてばかりじゃ格好つかないでしょ」
「最弱……?」
ミーロは、ノリノリでミーロを痛ぶってきた少年の満面の笑みを思い出す。
とても最弱の暴力には思えない。
「ミーロ、怖がったらダメだよ。
トゥリはね、怖い気持ちにつけこんでくる。それを見抜くのに長けているからね」
(わ、わかる。わかるけど……)
頭での理解と本能からくる恐怖は、別のものだ。
少年ミーロは、城の廊下を澄ました顔で歩くアステルの横顔を見上げながら、思う。
(トゥリに報復なんて、いったい父様はどんな残酷なことを……)
コンコン。
アステルは扉をノックする。
寝ぼけまなこで出てきたトゥリは、アステルの後ろに小さな影を見る。この、トゥリの依代より幼い、美しい少年は誰だろうかと考え……ミーロと気づくと、静かに笑った。
「ああ、アステル様。それから……ミーロ。
おはようございます。
私に謝らせに来たんですか?」
「いや、謝罪はいらないよ、トゥリフェローティタ。ミーロは許さないそうだから。
でも、ぼくは親として、こんなに息子をいじめられて……キミに文句を言おうと思ってきたんだ」
「はあ。良かったですね、ミーロ」
トゥリは心の底から(大切にされて良かったな!)とミーロに明るい笑顔を向けるが、その視線を受けて小さな影はビクッとなり、さらにアステルのうしろに隠れた。
「トゥリフェローティタ。あのね、ぼくの文句は別に、きみの暴力のことじゃないよ」
アステルは、伝える。
「お菓子、美味しくなかったよ、トゥリ」
「え」
トゥリフェローティタは、真っ青になる。
アステルを見上げる。
「そ……あ、アステル様、私の目の前でぺろっと食べていたではないですか……」
「うん。美味しくないなあって思いながら、何の毒を使ったのか精査しながら食べていたよ。
きみ、料理は下手なんだ。
自覚したほうが良いと思ったから、伝えにきただけ」
「そ、そんなわけない。わ、私に苦手なものとか下手なものがあるわけがない!」
「でもね、きみは触れ合いが苦手で、料理が下手だよ、トゥリ」
「ふ、触れ合いは克服してきているではないですか……!」
「でも、作ったお菓子が美味しくない。
あれじゃあ、どれだけ毒を入れてもね。普通、ひとくちしか食べてもらえないよ。
事実、ミーロ以外の魔物は軽傷で済んでいるんだ。ほとんど食べていないから。
もっと美味しく作らないと、トゥリ」
「う、う……」
ミーロは気づく。トゥリフェローティタが泣きだしそうなことに。
(嘘でしょ?)
トゥリフェローティタは、ノリノリで他人をいたぶるくせに――いたぶられることも求めるくせに――プライドを折られるようなことに弱すぎる。
(どうなってるの? こんなに精神弱いのにどうしてあんなことができるの?)
(トゥリには言葉責めだと知ってる父様も父様だし……)
ミーロは、ふたりの顔を見比べる。
「ほら、ミーロも言って良いんだよ」
「そ、そうだ! キミのお菓子は、すっごく美味しくなかった! マフィンなんだかパウンドケーキなんだかよくわかんないし! でもボクは、せっかくキミが頑張って作ったんだから……と思って全部食べたんだよ、だから一週間も寝込むことになったんだ!」
「まあ、ぼくも美味しくないなあって思いながら全部食べたわけだけど……わかった? トゥリ。
きみが料理が下手なことで、きみの毒の効果が薄れたこと」
トゥリは、涙をこぼす。
「お、親子して、わっ、私をいじめて……」
「う、うー!」
トゥリは泣きながら、どこかに走り去ってしまう。
「ね? 警戒する必要はあるけれど、怖くはないでしょう?」
ミーロは唖然として、逃げていくトゥリの後ろ姿を見つめる。




