21) ミーロと駆け引きをする
トゥリは、知らないベッドに片手を手錠で繋がれている。ガチャガチャ揺らすも、取れない。
広いベッドには天蓋がついていて、カーテンが閉められている。薄暗いなか、ふたりきりだ。
トゥリは、押し倒されている。
黒いローブを着て、金髪碧眼で、エルフのような耳を持つ青年に。
「やあ、トゥリフェローティタ」
「やあ、ミーロ」
トゥリはミミックの真似をして、煽る。
「私に報復しにきたのか?」
「魔王城全体を巻き込む大騒動になって、父様がキミを投獄したのは知っているけれど、投獄がキミにとってなんら罰にならないことも知っているからね」
ミーロは、トゥリの頬をそっと撫で、憎しみを込めて呟く。
「ボクの一週間を返せ、トゥリフェローティタ」
トゥリは嬉しそうにケラケラ笑う。
「ミーロは、一週間も寝込んだんだ。そんなに私のつくったお菓子が美味しかったんだな!」
イラッとしたミーロは、口を塞ぐようにキスをする。トゥリはバシバシとベッドを叩き、ミーロの下でもがく。
唇を離したミーロの冷たい視線に、トゥリは大喜びする。
(わあああ すごく怒っている!!!!)
トゥリは毒入りのお菓子を作り、一番よくできたものをアステルに。二番目をミーロにあげた。
いくつかの失敗作をそのあたりの頑丈そうな(致死的な攻撃に至らなさそうな)屈強な魔物たちにあげた。
アステルは「トゥリがお菓子をくれたのは、ぼくだけかと思ったのに……」と拗ねていたが、「アステル様に毒が効かないなら他の相手で試すしかないので」と答えると「ざんねんだよ、トゥリ……」と悲しみ。
アステルはトゥリを一週間、投獄した。
なので昨日、魔王城という名のシャバに帰ってきたばかりだ。
なのに薬か魔術か何かわからないが、トゥリも盛られて、気がついたらコレだ。
「ボクは一週間のあいだにいろいろな予定があった。久々に寝る相手もいたし、大人数で寝る約束もあった。えっちな植物品評会の審査員もやらなきゃいけなかった。
なのにキミが、めちゃくちゃにした」
「それで?」
「責任をとって、ボクと寝ろ」
(本当にアステルそっくりだな)
アステルも真剣に怒ったらこんな顔を向けてくれるのだろうか? と思いながら、トゥリはミーロの顔を見上げる。
「ずいぶんと強引なんだな、この前は優しかったのに」
「このあいだは父様の依頼だった。キミは父様を抱きたいのかなと思ったから……ボクは父様になりすまして、キミに抱かれに行った」
「でも今日ボクは、ボクとして、キミを抱きに来た」
ミーロは少年の襟元のボタンに手をかけて、ひとつ外す。
トゥリは飄々と、いつもの調子で聞いた。
「ミーロは私を抱いて、支配したいということか?」
「支配?」
ミーロは、手を止める。
「キミはセックスを、支配だと思っているってこと?」
「それ以外に何かメリットがあるのか? 暴力的な側面を除けば――ただの身体接触のひとつだろ」
ミーロは、呆れた顔をした。
「この、童貞赤ちゃん……」
「童貞赤ちゃん!?」
ミーロは、服に手をかけるのをやめる。
トゥリのとなりにごろん、と横になる。
「やめた。必要なことが欠けすぎている気がする」
「私、欠けているか?」
「欠けている」
トゥリの表情を見て、ミーロは小さくため息をついた。
「……キミさ、人を傷つけることを厭わないくせに、傷つくんだね」
「ボクは老若男女、どんな種族とも寝るけど――ボクとのセックスは気持ち良いと思うよ。抱く側であろうと抱かれる側であろうとね。
でもそれは、ボクが、相手が何を求めているか見抜くに長けたミミックで――愛を重視しているから」
「ボクには誰かを一途に愛することなんて到底できっこない。小さく小さく分けた愛を分配するのがボクの生き方。
だけど、だからこそボクとのセックスは、ひとりひとりにとって、気持ち良いものであってほしいと思ってるんだ」
ミーロは起き上がると、トゥリの目をじっと見つめる。
「でもさ、キミが求めている気持ち良さは、ボクとは方向性が違う。
キミは暴力と苦しみを求めている。
ボクは毒を盛られたって楽しくもなんともないんだよ、トゥリフェローティタ」
(アステルみたいな諭し方だ)
トゥリは口をへの字にする。
「ミーロが楽しいかどうかは、私には関係ない」
「ほらね、赤ちゃんだ。
キミがそうであるうちは、ボクはキミとは寝ない」
トゥリはミーロに、真っ向から否定された気持ちになる。
アステルはトゥリを、否定しない。
ミーロは、否定した。
ミーロは美しい指をのばして、魔術で、トゥリの手錠の鍵を開ける。
トゥリが体を起こすと、銀色の頭に手を伸ばす。
トゥリが身構えたのを見る。
そのまま、向かい合ったトゥリの髪を撫でる。
「こんなことが、キミにとっては嫌がらせになるんだ」
ミーロは、髪を撫でながら聞く。
「トゥリは、誰かに触られて気持ち良いって思ったことがないのかな」
トゥリは、アステルのことを思い出す。
(アステルの触り方は、ミーロと違う。
もっと……優しい)
「セックスは愛の行為だよ、トゥリフェローティタ」
「愛?」
トゥリは、ちいさな部屋でアステルが、ナメクジの自分を世話する姿を思い出す。
アステルにもらった葉っぱの美味しかったこと。
「まるでわからないな」
ミーロは、紫の瞳をのぞきこむ。
トゥリは、アステルに似た青い瞳の中に、銀髪の少年が写っているのを見る。
「でも……トゥリは魔物だ。
愛を持っているはず」
「魔物の構成要素は、愛と想いと呪いだよ。
父様から、習わなかったの?」
トゥリは、沈黙する。
「トゥリはさ、父様の感情が欲しいって言ってたよね。あれは、愛情が欲しいという意味ではないの?」
「え?」
(ボクはずっとずっと、そうだったけれど……)
ミーロはトゥリのことを、密かに……弟のように感じていた。魔王城の最下層から急に現れた憎たらしい弟だ。
しかし、次の言葉は、ミーロの予想とはだいぶ異なった。
「たとえば……殺すぞって目で、見てほしい」
「え?」
(その瞬間、私のことしか、目の中に入れないで欲しい)
「そんなこと? そんなことなの?」
「そんなこととはなんだ、そんなこととは」
「ボク、しょっちゅう、父様に『殺すぞ』って目で見られているけれど……」
ミーロは気づく。
(父様はトゥリが大切だから、トゥリが何をしても、そんな目で見ないのでは?
たとえ、父様や……ボクが、毒を盛られようとも……)
ミーロは、悔しくなる。
しばらく沈黙ののち、こう提案した。
「ベロチューでもしてみたら?」
「ベロチュー……?」
トゥリは、知らない。
ミーロは、トゥリの後頭部に手をのばす。柔らかな唇をふさぎ、ベロチューする……トゥリがミーロを、突き飛ばすまで。
「はい、ベロチュー」
「お、おええ……」
トゥリはあまりの生々しさと気持ち悪さで吐き気をもよおす。トゥリにとって、舌で口内をまさぐられるのは……生きている生き物を口に入れたかのような感覚だ。
「ボクにキスされて、その反応は、生意気」
「私はいまのやつは、苦手だ!」
「じゃあ、父様と一緒だね」
「え?」
ミーロは、教える。
「気づかなかったの? 父様は性的なことにとても潔癖。だから母様としか寝ないし、他を寄せ付けない。妾もいない。
つまり、父様の苦手なことは、性的なことなんだ」
言われてみれば確かに、アステルを唯一怒らせられたのは、トゥリがセックスを持ちかけたときなのだ。
(こ、こんな……歩く性欲が、息子なのに……?)
「……ミーロは???」
「ボクが理解を得るのにもすごく時間がかかった。今は『息子はぼくと違ってえっちなことが好きなんだ』って、認めてくれるようになった」
トゥリは考える。
(妾はいない? 過去にも?)
アステルは温泉で話した。
『シンシアとの子はみんな、とっくの昔に亡くなった』と。
「ミーロは、誰の子なんだ?」
「ボクは父様の子だよ」
「いや、それはわかるが……」
ミーロはごろん、とベッドに仰向けになる。
「ボクは、育ての親がシンシア様なんだ。
本当の母はこの国における大罪人だよ。
ボクの母は毛布のかたちをしたミミックで、シンシア様に化けて、同意なく父様と寝たんだ」
「同意なく?」
(そんなこと、可能なのか?)
「真相は父様しか知らないことだけど……ミミックの能力を思えば、前後不覚な状態で襲われたはず。だからボクは父様が強姦されてできた子どもで、シンシア様としか寝ないと決めてる父様にとっては、罪の証だ」
ミーロは、アステルに瓜二つだ。
まるで、そうなることを願われたかのように。
「子どもの頃、ずっと思っていた。ボクはシンシア様の子どもではないから、父様に愛されないって。
ボクはホンモノの父様にそっくりな、ニセモノの子どもだから、って」
アステルは言っていた。
『ミーロとは、200年くらいかけて、お互いに歩み寄って、仲直りしたんだ』と。
こんな身の上話を聞けば。
(同情したり、かわいそうに思うものなのだろうか)
けれど、トゥリは違った。
トゥリは、遠い昔の暴力に心惹かれた。
アステルが騙され、穢された、過去の話に。
『欠けている』
ミーロの声が、頭の中で反芻した。
(アステルですら)
トゥリは、清廉潔白という顔をして魔王城を歩く、魔王の姿を思い出す。
(あのアステルですら、シンシア妃のニセモノに騙されて、ニセモノと寝たのだ)
(私はいつだってホンモノが欲しい)
(でも、アステルだってニセモノと寝たのだから――私もニセモノと寝たってべつに、構わないのではないか)
(それに、ニセモノのほうが、都合が良い)
「アステルは、ミーロのことが大切だろ」
トゥリは、凛と響く声で断言する。
ミーロはベッドに寝たまま、眉をひそめる。
「え? キミにそんなこと、言われるなんて……だってキミのほうが、父様に大切にされているのに……」
「我が子より他人が大切なわけなかろう」
「え?」
トゥリフェローティタは、ミーロの上に馬乗りになる。
「それにキミ、父様を呼び捨てって……」
「私は貴方より年上だ、ミーロ」
ミーロは混乱する。
弟のように思っている童貞赤ちゃんが、ミーロより年上だなんて嘘をつくからだ。
「私と寝よう、ミーロ」
「えっ???」
まるでそんな雰囲気はないベッドの上での会話から、急にトゥリが乗り気になり、ミーロはあっけにとられる。
銀髪の少年は、紫色の目を嬉しそうに細める。まるでキツネが、大好きな獲物を見たときのように。
「ニセモノでも、良い」
「え?」
それは、ミーロが言われたくない言葉だった。
「私は、ミーロが良いんだ」
それは、ミーロが言われたい言葉だった。
トゥリは微笑みながら、混乱するミーロを押し倒し、耳元で囁く。
「だって、ミーロは死ぬのでしょう?
じゃあ、ミーロを殺せば、限りなくアステルの死体に近い死体がつくれるんだ」
「さあ、ミーロ」
少年の紫の瞳は、らんらんと輝く。
「今すぐアステルに化けて」
少年はミーロの首に手をかけて、笑う。
「そして、死ね」
「ひっ」
ミーロは恐怖する。
その日の夜。
「やりすぎだよ、トゥリ……」
珍しくトゥリの部屋を自分から訪ねてきて、アステルはそう言った。
扉をノックすることもなく転移してやってくると、トゥリがベッドから出ようとしたのを制して。ベッドに腰掛けて、毛布を膝にかけたままのトゥリに話した。
「息子は一日セックスをしないと調子を崩すくらいのセックス依存症なのに、ぼくのところにきてガタガタ震えて、『父様、ボク、しばらく誰とも寝たくないから、子どもに戻して』って泣くんだよ……だから子どもにしてあげたんだけど、部屋にずっと引きこもっている。ルアンと一緒に。ルアンに抱きついて、もふもふして、ずっと離れないんだ……」
アステルは悲しそうな顔をしている。
「きみが何をしたのか言うのも怖いみたいで、口を割らないんだけど……いったい何をしたの?」
「ミーロと遊びました」
「ミーロで遊んだ、の間違いじゃないの?」
(まあ、そうだな……)
「頼むよトゥリ、あんな子だけど、ぼくにとっては唯一、そばに残った我が子なんだよ。
老若男女、ありとあらゆる魔物と毎日毎晩セックスばかりしてて、挙げ句の果てに『最強の魔物をつくる』とかわけのわからないことを言って、父親とまでセックスしたがるような、どうしようもない子なんだけど……でも、可愛く思ってはいるんだよ……」
「ミーロが、きみに拷問される理由なんてないはずだよ」
(理由なんて、アステルに似ていて、アステルより隙があるだけで、充分じゃないか?)
アステルはトゥリの手をとって、額に寄せて、懇願した。
「ぼくの友人でいてくれるのなら、ミーロを……ぼくの周りの大切なひとたちを、もう拷問しないって誓ってほしいよ」
「……」
トゥリには、情欲(アステルに似た死体が欲しい)とアステルとの約束(アステル以外を殺さない)を天秤にかけ、情欲に負けきらずにミーロを殺さなかった、遊びにとどめた、がんばった! という気持ちもあったが、どうもそういう話ではなさそうなので、口をつぐんだ。
顔を上げてトゥリを見つめる青い瞳を見て、察した。
(ここで断れば、きっと私は、城から追い出される)
トゥリは、シンシア妃がミミズのときに事故で踏み潰した者が、殺されはしなかったものの、城から追い出された話を知っている。
トゥリの場合は、城から追い出されるどころか、依代を奪われて再度どこかに封印されることだって考えられる――と、トゥリは思った。アステルに『危険な魔物』と思われているからだ。
そのときはきっと、もう、『あすてる』は遊びに来てはくれないだろう。
トゥリは城から外へ遊びに出る権利はいずれ得たかったが、アステルから遠く離れたいわけではない。
「わかりました」
トゥリの答えに、アステルはホッとした顔をした。トゥリは毛布から出て、アステルのとなりに座ると、聞く。
「アステル様、後継者だから、ミーロのことを可愛く思ってらっしゃるんですか?」
「え? 違うよ、ぼくは不老不死だもの……ミーロのことは、ただ、我が子だから可愛いだけだよ」
トゥリはやや、あきれる。
「それ、ミーロにちゃんと伝えたほうがいいですよ」
「え? そう? わかると思うんだけどなあ〜」




