23) アステルの苦手なこと
トゥリフェローティタは、右脚を骨折した。
正確には、トゥリの依代が骨折をした。城の衛兵から逃げまわっていて、ヘマをしたのだ。
神聖力で直そうとしたが、上手くいかなかった。神聖力は生きている人間にしか効果がなく、魔物にとっては攻撃だ。『魔物と死体が融合して生きている状態』のトゥリに使うのは、とても難しいことのようだ。
「そうでなくとも自分自身に神聖力を使うのって、難しいことだってシンシアも言っていたよ」
見舞いにきたアステルは、特製のサラダを食べるトゥリを眺めながらこう話した。
「自分自身を『大好き!』って思っているときかつ、体力に満ち満ちていないと、効果が薄いんだって。まあ、人間のシンシアはそれなりに使えていたけれど……」
(私には無理そうな話だな)
トゥリは、アステルが回復魔術で依代を直してくれるだろうと期待したが、アステルは断った。
「毒沼に落ちたときは、原型を留めていなかったから、ぼくが直したけれど……トゥリは、魔術の練習をしたほうが良いんじゃないかな?
神聖力がきみに効果ないなら、なおさらだよ。
せっかくの機会だから、やってみたら?」
そういうわけでベッドの上に寝そべり。
依代を魔術で直そうと、トゥリは頑張ってみる。
脚が痛くてたまらなくなると、少年の死体との接続を切って、白ナメクジの姿になって、死体のそばに寄り添いながら、頑張っている……べつに相棒の少年に対しては、いやらしいこと目的ではない。死体というのはただそこにあるだけで、トゥリの気持ちを癒してくれるのだ。
コン、コン。
ノックの音に、慌てて死体の中に入る。本当の姿を隠して生活しているからだ。
トゥリがナメクジだと知っているのは、アステルと、トゥリを殺したことのあるルアンだけ。
アステルが依代をくれたときに、『そのほうが身を守りやすいから』と、秘密にするように言ったのだ。
ひとがたの魔物は強い者が多い。アステルのそばにいる人の形をした魔物ということで、良い意味で誤解を生むことができるはずだと。
もちろん一部の者は、アステルがトゥリのために死体を拾ってきたことは知っている。しかし、中身が最弱の魔物であることを知らないのだ。
ノックの主は、ミーロだった。
「なーんだ、寝てるの」
ミーロはいろいろと文句を言う。
サディストでサイコパスなのに骨折しただのなんだのと煽る。
すべて事実。特に、反論がない。
(何しにきたんだ……?)
接続が完了せずに、依代を動かせないトゥリは、黙ってミーロの文句を聞いている。
ミーロはトゥリが起きないのを不思議がって、頬にそっ……と手の甲を当てた。
ひんやり。
「えっ!? し、死んでる……」
ミーロは狼狽する。
「えっ 死!? と、父様になんて言ったら……」
トゥリは接続が完了して、ガバッと起き上がる。
「うわあっ!?」
「生きている」
「び、びっくりした〜 驚かせないでよ、もう……」
「サディストでサイコパスで骨折していて悪かったな。なんのようだ? ミーロが直してくれるのか?」
「直さないよ、せっかくキミが大人しく寝ていてくれる機会なのに、直すわけがないでしょ」
ミーロは、トゥリの頭を軽くはたく。
はたいたあとに、ぽん、と頭に手を乗せた。
「ボクはキミを避けずに、キミに慣れようと思って来ただけだよ」
「慣れる」
「ボクは魔王城のNo.2だからね。父様に何かあったら、ボクがキミの上司なんだから! ちゃんとキミとも話せる関係でいないとね」
「話す」
トゥリは疑問だ。
「アステル様に何かあることなんてあるのか?」
「? しょっちゅうあるよ」
(アステルは死なないのだからミーロが実権を握るタイミングなんてないだろう?)
トゥリの思いに反して、ミーロは大真面目だ。
(なに言っているの? あるよ)
と、ミーロの顔に描いてある。
トゥリは、のほほんと考える。
(実は、アステルは旅行が好きだったりするのかな……)
「で、話はなんだ?」
「話はなにもないよ。見舞いに来ただけ」
ミーロはアステルが持って来た花……花瓶に飾られた花の水を、魔術で新しいものに交換する。
「でも、毎日来てあげる。嬉しいでしょう?」
「そうでもない」
「ボクがお見舞いに来てあげているのに、生意気」
「何も持って来ていないのに、何が見舞いだ」
「んー じゃあ」
ミーロは、包帯の巻かれたトゥリの右脚にキスをして、手でハートをつくる。
「はやくよくなるように、おまじないだよ♡」
ミーロは、このあいだ、トゥリにたーっぷり痛ぶられたばかりである。
トゥリは、疑う。
「逆に、呪っていないか?」
「失礼な。ボクは愛の伝道師なんだよ。キミみたいな愛を知らない魔物にも、愛を分け与えてあげるんだ」
「性の伝道師の間違いだろ」
「愛と性の伝道師だよ。じゃ、また明日ね〜」
ミーロは本当に毎日やって来て、歩けないトゥリに文句ばかり言って体のどこかにキスして帰って行ったが、アステルは忙しいのかなかなかやってこなかった。
最後にアステルが来てから4日目の昼(トゥリは、数えていた)にやってきた。本を数冊抱えて。
アステルは依代の右脚の状態を確認する。
「だいぶ直ってきました」
「うん、うん。良いんじゃない? 体の再生を促す魔術かな。その調子だよ、トゥリ」
「はあ……でもまだ、歩けるまでにはなりません」
「きっとすぐだよ。こわいのかな? 逆になにかキッカケがあって歩いちゃったほうが、治りがはやいかもね」
「怖いわけではありません」
嘘だった。
『おまえなんて嫌いだ』と、暴力をふるわれる分には痛みも喜びなのだが、こういう地味なものは、トゥリも痛くて嫌なのだ。
本は、すべて差し入れかと思えば、アステルが読む本でもあるようだ。
「今日の午後は、きみと過ごそうかと思って」
午後の日差しが、白いレースのカーテンを通して、部屋の中に差し込んでいる。
アステルは、ベッドのそばに椅子を寄せて本を読む。
トゥリは『野菜づくりの本』をめくる。野菜は好きだが、作るほうには興味がない。ベッドに寝転びぱらぱらとめくるも、暇で仕方がない。
(解剖学の本とかがよかった……)
あえて、なのだろう。
残酷さのある本はひとつもない。
トゥリは枕元に、本を投げ出す。その様子を見て、アステルもぱたん、と本を閉じた。
「暇なら、カードゲームでもする?」
「カードゲーム?」
アステルは魔術で白いカードの束を呼びよせる。カードには数字と、人間が魔術の術式に使う文字が書いてあるようだ。
「トゥリが勝ったら、トゥリの望みを何かきくよ。ぼくが勝ったら、ぼくの望みを何かきいて。
お互いに無理な望みは、無理と言って良い。
それで、どうかな?」
「私、カードゲームなんてしたことがありません。アステル様が有利ではないですか?」
アステルは手のなかでカードをもてあそぶ。
「運の要素がつよいゲームにしよう。そうしたら、勝ったり負けたりして、楽しいと思うよ」
最初の一回は勝ち負けのない練習にして、アステルはトゥリに遊び方を教える。
「子どものころに、ルアンやシンシアと夜通し遊んだことがあるよ。ふたりが人間の頃は、カードゲームとかボードゲームとか……よく遊んだ」
「ミーロとは?」
「つい最近、ここ200年くらいの話だけど何回か遊んだよ。でも、息子は勝つといやらしいことをしようとするから、遊ばなくなってしまった」
初戦は、アステルが勝つ。
(アステルは、どうせハグとかそういうことを望むのだろうな)
「あの……トゥリ、」
アステルはすこし言いづらそうに聞く。
「きみの髪に触れても良い?」
「どうぞ」
アステルは手を伸ばして、銀色の髪に触れる。
「わ……きみの髪は本当にさらさらだねえ。すごく触り心地が良いよ」
アステルはトゥリの頭のかたちをなぞるように、髪を撫でる。嬉しそうに微笑みながら、撫でている。
(長いな……)
トゥリは、飽きる。
「もう、良いですか?」
アステルは名残惜しそうに、手を離す。
2戦目も、アステルが勝つ。
「ぼく、きみに望むことを持っていない」
「ハグとかで良いのではないですか?」
アステルは、トゥリから「ハグ」という言葉がでてきたのを意外に思う。
「じゃあ……うーん……ぼくの望みは、『トゥリを可愛がる』とかどうかな?」
「可愛がる?」
アステルはベッドに腰掛ける。そばに寄り、ハグをする。ハグしたまま、頭を撫でる。
なでなで。
撫でながら、話す。
「トゥリが悪い子でも良い子でも、ぼくはトゥリのことが大切だよ」
トゥリは、呆れる。
(何をしているんだ、このひとは……)
我が子でもないのに。
我が子かのように接してくる。
トゥリは、頭を撫でられることに、違和感があったはずだった。けれど、もう慣れた。アステルの体温にも、あたたかなひだまりのようなにおいにも。
そして、その瞬間は突然やってきた。
トゥリは、ハッとした。
(――気持ちが良い)
アステルに頭を撫でられるのが、気持ちが良いという感覚が――急に鮮明になって、襲いかかってきたのだ。
(気持ちが良い、愛おしい。
愛おしいのでこの人の顔を歪ませたい。泣かせたい。苦しめたい。殺したい。八つ裂きにしたい。この人を犯したい。シンシア妃の前で犯してやりたい。泣き叫ぶところが見たい。首を絞めて殺して、死んだあとにも犯したい)
アステルは、ミーロやルアンにするように(よしよし〜)と撫でていて――リラックスしている様子だったトゥリの体が急にこわばり、空気が凍りついたのを感じとる。
「トゥリ……?」
これ以上『トゥリフェローティタを撫でるな』と、アステルの魔力が警鐘を鳴らす。身の危険を感じ、悪寒がゾクゾクと背筋をのぼる。
ハグから解放されたトゥリフェローティタは、意味深げに笑った。
「さあ、アステル様」
少年の紫の瞳は、爛々と輝いている。
「次のゲームをしましょう」
「う、うん」
トゥリフェローティタは、ゲームに勝つ。
運のすべてを味方につけ、鮮やかに勝つ。
アステルは完敗する。
「アステル様、目をつむってください」
「……トゥリの望みは、痛かったり、怖かったりすること?」
「痛くも怖くもありません。ただ、私はアステル様を、驚かせたいだけです」
嫌な予感がしたが、約束を反故にすることもできない。アステルはベッドに腰掛けたまま、目をつむる。
目をつむったアステルを見て、トゥリはアステルの死体を想像し、興奮する。
金色の髪に触れ、口付ける。
反射的にキュッと一文字に結んだアステルの唇を、無理にこじ開けて舌で蹂躙しようとしたところで――ガリッという音とともに、痛みが走った。
トゥリの舌から血が滲む。赤く溢れた血は外気に触れるとたちまち青く変色した。
唇を離すと、トゥリは恍惚とする。
舌を噛み、明確な拒絶を示したアステルが――嫌悪感たっぷりの目で、トゥリを睨んでいたから。
(ああ、私は今、アステルに、とくべつな顔をさせている! らしくない表情をさせている! 最高の気分!)
うっとりとしているトゥリを見て。アステルは青い血を垂らす口に指を突っ込み、人差し指と親指でトゥリの舌をつかむ。
「!?」
回復魔術をかけたようだ。痛みが消える。
アステルの手に、青い血がついている。
「アステル様、もう一回、手をだしてくださいませんか?」
「なぜ?」
「舐めたいので」
アステルは、長い長いため息をついた。
「手を舐めたいって? ルアンならわかるよ?
ぼくが砂糖菓子とか食べたあと、舐めたがるんだ。でも、いま、ぼく、何も食べていない。
トゥリに舐められる意味がわからないよ」
「アステル様の手に私の血がついているので、綺麗にしたいのです」
「自分で綺麗にできるよ」
アステルは、手についた青い血を舐めようとして――トゥリの期待の眼差しに気づく。
アステルは、アステルとトゥリに付着した青い血を、魔術ですべて綺麗にしてしまう。
トゥリは、残念がる。
アステルは、気持ちを切り替える。
(トゥリは、いつもどおり暴力を振るっただけだ。ぼくに効果的だと気づいたから……)
「べつに、トゥリがして欲しいのなら、ほっぺにキスしたり、額にキスするくらいなら、構わないんだよ」
「興味、ありません。それに――」
トゥリはアステルの口の前に手を伸ばし、制する。
「ゲームに勝ったら、ですよ。アステル様」
アステルは、そっぽを向く。
「……ゲームはもう、しないよ……」
トゥリは突然、気づく。
(脚が、痛くない!)
トゥリはぴょん、とベッドから飛び降りる。
(歩ける! 治ってる!)
目をまんまるにしたアステルと、顔を見合わせる。
「アステル様、まさか……」
アステルはハッとした。トゥリの舌を治したときに、痛みを消すことに集中しすぎて……とっさに全身をも治してしまったことに気がついたからだ。
(キスに動揺して……こんな失敗……)
アステルは顔を赤くする。
「ご、500歳にもなってキミに失敗を見られるなんて……」
「あはは、あははは」
「トゥリ、キミの努力を無駄にするようなことをして、本当に……」
「あはははは、完全に治ってる! 歩けるって最高だ!」
トゥリは、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてみせる。
謝ろうとしたアステルは、嬉しそうに部屋中を跳ね回るトゥリを見ているうちに――なんだかどうでもよくなってくる。
「ふふっ……あはは」
アステルは……アステルも、笑う。
お腹を抱えて、トゥリのベッドに寝転がって。
こんなに笑ったのは何百年ぶりだろう? というくらい、笑う。
(トゥリは本当に、頭がおかしくて――最高にへんてこな、ぼくの友達)
「あはは、あははは!」
「あははは……おかしなトゥリフェローティタ」
「おかしなアステル様! あはは」
ぴょんぴょん跳ねるトゥリと、それを眺めて笑うアステル。
客室から、最強の魔物と最弱の魔物の、楽しそうな笑い声が響く。
そんな、魔王城の昼下がりのこと。




