■6-4
豊穣帯を維持作業の折りに細かな様子を見に車を降り、
そして三人して窒素問題に頭を抱えていた。
そんな傍を一人の男性が通りかかった。
よれたニットにマルチポケットのジャケットを羽織った、少し田舎臭い装いの人物だ。
三人から少し離れたところの草場で足を止めた男は、きょろきょろと周囲を見回す不審な動作をした。
下腹部の方で何やらごそごそと手を動かし、そして放尿した。
あまりの近さにじょろじょろと音が鮮明に聞こえる。
匂いを嗅ぎたくないので口で呼吸した。
「え? 俺ら此処に居るのに、周り気にした意味って何…」
つい小声で突っ込んだら、藤沢先輩にしっと息を吐かれた。
何も言うな、見てないふりをしろ、という事だろう。
暫くしてベルトを締め直すようなカチャカチャした音がし、気まずい時間が過ぎて安堵の息を吐き出す。
「いやあ、若い娘さんの前ですまねぇすまねぇ」
真に残念な事に、用を足し終えた男は向こうから声をかけてきた。
「いやいや神経! どうなってんすかあんたっ! それ謝ってるつもりでもセクハラっすよ!」
これはもう全力で突っ込むしかなかった。
「俺だってこんなみっともない真似はしたくないけど、仕方ねぇんだよ」
などと言うから、よっぽど漏れそうだったらしい。
…と思いきや。
「ここの植物にアンモニアが足りねぇってネットのコラム記事で見たんだ。こんなのでも近隣住民として何が出来るかって精一杯考えたんだからな」
「え? コラム?」
普通ならもう関わるべきではなかったが、思わず問い返してしまった。
「そうなんだよ」と応えた男はスマホを取り出し、とあるネットニュースのページを見せてきた。
読めという事なんだろうが、男が素手で持ったそのスマホは触りたくないので確認したサイト名を自分のスマホで調べた。
『埼玉県を縦断する形で見られるイネ科版エクスプランター現象は
東京エクスプランターにも相当する成長暴走を見せて
現在関東で起こっている蝗害をそこに引き寄せようとしているが
その劇的な成長ぶりにつき土壌内のアンモニアの枯渇が心配される。
一年以上に渡って見られた東京エクスプランターと同様の事態であっても
いつまで継続するか知れず国はこの場所に肥沃を与える策に踏み切れない
イネ科版エクスプランターの継続期間は確かに知れないが
今後この場所に長く留まると見られる蝗害を
また手に負えないような範囲に取り逃がすのは
果たしては望ましい事だろうか?
国が思い切って動くことの出来ない今
このチャンスを生かすも殺すも
我々民間人の今後の行動が鍵となるだろう。
コラムニスト 伊豆マロン』
「このコラムページ、見覚えある。確か、一年以上も前から蝗害を…」
「ねぇ森山君…、このコラムニストの名前、ローマ字にしてみてよ」
藤沢先輩にそう言われ、
頭の中では思い浮かべた文字が保たれず、検索エンジンに入力した。
"いずまろん izumaron"
「あ! Ⅿが一個足りないけど、それを足せば『mizumoran』になる…!」
仁より一歩先に郁人氏がアナグラムを解いた。
記事の更新日は2週間前だ。
「また…手を貸してくれたのか。やっぱすげぇなアイツ…そんでもって駄目だな俺」
仁がうっすら嘲笑していると、
藤沢先輩が何か声を掛けようと踏み出しかけたが
結局逡巡して引き下がった。
「俺は毎日数回立ちションしてみてるが、女衆は骨粉撒いたりしてるんだ。向こうでやってるから、兄ちゃんらも暇なら手伝ってこいよ」
そう言って男自身がやってきた方を指差す。
「女衆の前でそんな破廉恥な事できるか!」
「…仁君、骨粉撒きを手伝えって意味だと思うよ」
藤沢先輩も居るのだから郁人氏のいう事は最もだった。
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「どうぞいつでも投げてくれ!」
サバゲ―用のちゃんとしたゴーグルを装着した郁人氏は、
持ち合わせの中で一番威力が高いというハンドガンモデルとは思えない馬鹿でかエアガンを片手に携え、
空いた手を高く挙げて仁に合図した。
こんな運動をするのはもう何年ぶりだろう。
どこまで上がるかわからないが、高ければ高いほど良い。
今はもう居なかったが、昔宝泉に住んでた頃の友達に教えてもらったフォームを思い出し、
仁は大きく振りかぶり、
斜め60度の角度に骨粉の詰まった風船を全力投球した。
投げた骨粉の塊はソフトボール大。
正確に測る機器などなく目算だが、およそ20メートルまではほぼまっすぐ上がり続けた。
減衰し始めるそのタイミングを狙って撃ち抜けるのは、
さすが史上最強の銃士と言ったところ。
撃ち抜かれた方向から飛び出しかけた骨粉だが、投げられた方向にも引っ張られ、酷い出来の花火のようになって草原の広範囲に散らばったのだった。




