■4-2
「仁君は修士号など取る気はないのかい?」
大学の敷地内、セミナーの後で再会を果たす事になったその場所で、今も仁と柏木氏の逢瀬は続いていた。
既に連絡先も交換しあっているのに、何故か大学内で会うとなればこの場所が一番に浮かぶのは二人して同じだった。
当初の得も知れぬ気持ち悪さも今となっては無い。
「大学院の推薦とかくれるんすか? だったら行きます、もらえないなら普通に学士号で十分です」
「そんな適当な子にはあげるものか。君は深い洞察力というよりは幅広い知識を駆使して生き抜くタイプのようだから研究者に向いているのではと思っただけだ。前回提出してもらったレポートも宗教的見解で語ってゆくのかと思いきや、戦争史における銃器の活躍を取り上げた上で、歴史に実在する珍兵器をみなし子原生生物に例えてこようとはな。その後に神話性を見い出し、自然界の姿形を君なりの視点で捉えてもいたな」
「それの添削を終えた日の晩、相当頭がカオスになってましたから…」
あのレポートには何の珍兵器を取り上げていたろうか。
ミツバチが攻撃的になるフェロモンを仕込んだ爆弾や、その用途が不明すぎて兵器かどうかの立場すら危ういクーゲルパンツァーは定番として盛り込んだはずだ。
そして外すわけがない、みんな大好きパンジャンドラム。
自走式の地雷として研究開発された代物が、目標地点とは異なる他所へと走り出したり、地形で跳ねて横転したり、本体を置き去りにして動力部品だけが飛び回ったり、突如意思でも宿したかのように方向転換をして実験を見守る観衆を襲ったりと、改良を施す度にとんでもない欠陥ぶりをお披露目したある種伝説の兵器だ。
藍が銃器の勉強している所にちょっかいを出したら様々な珍兵器について教えてくれたので、こんな面白いものは盛り込まずに居られないとし、そしてやらかしたまま提出した。
「俺自身はそんなに幅広く知識を持ってません。あの女神娘がブレインになってるおかげなので…」
「だとしても女神娘ちゃんから得た知識を君はきっちり保存し、適宜引き出し、柔軟に活用できるだけの要領は備わっていると私は見るよ。女神娘ちゃんが居なかったって、君より先に学んでいる先輩らもブレインにはなり得る。君はそれを取り扱うのさ。役割が少しばかり違うんだよ。研究所にブレインばっかりは要らないというのは解かるね? だってそんなものはコンピュータの方がずっと優れているのだから」
あんなふざけ倒したレポートで何を見出されたか知らないが、妙に全身が汗ばんだ。
自分自身ではわからない自分について指摘されるような場面は、得も知れぬ恐怖感を覚える。
ぐるぐると両手を取り回して枠や矢印のような表現をする柏木氏だが、その仕草言語は話内容の一切を注釈せず、ただただ余計な視覚情報を送り込んで混乱を誘うだけであるのにも参らされた。
「君が真剣になって検討してくれるのなら私のゼミに来ると良い。そこでまた再評価はさせてもらうが、私の目に狂いはなかったと思うに足れば一肌脱いだって良いだろう」
自身のワイシャツの襟を掴んで引っ張って見せる柏木氏。
一肌脱ぐのは勝手だがそれは脱ぐなよと言いたくさせるのは、もはやわざとなのではないだろうか。
「という事があったのだけど、俺が修士ってどう思う?」
キッチンに立って仁の夜食を作ってくれているところの藍に昼間の柏木氏との話内容を伝えてみた。
「修士はとりあえずの目先であろう。それはもう博士を目指せと言われているようなものだ。どう思う、の意味がわからぬが…あの体育教師にしては、お主の本質をよく理解しているものと思うぞ。否、あやつは元々目の付け所は悪くなかったな。どうしても癖の強いキャラクター性に引っ張られて話してしもうたわ」
バイトの給料を叩いて買ったエプロンは振袖なんかに描かれるような豪奢な和風の花柄をし、藍はそれを大変気に入っているので言いづらいが、正直あんまり似合ってはいない。
和洋折衷とは双方が程よく織り交ぜらる事を指すが、これは洋服の上に和柄を重ねているだけだ。
「いやぁ、でも、あのレポートを読んだからってのがなぁ…。俺は笑いを取る方向に走り過ぎたが、あの人はちと冒険に走り過ぎだよ」
「まあ、まずはゼミの見学でもしてくると良かろう」
「進化生物学のゼミってだけで、見るまでもなく連日の討論会が目に浮かぶんだが… 発言力高くない俺としては想像しただけで地獄の空間なんだが…」
出来上がった春雨拉麺とキャベツたっぷりの炒飯をテーブルに運んできた藍は、手に持っていた木製のレードルを仁の眼前に突き付けた。
「だ・か・ら、そのブレインらから放たれる情報をキャッチして活用する事を期待されているのであろう? 発言力などは今よりほんの少しだけあれば良く、お主が高めるべきは傾聴力と発想力だ」
それを今藍から指摘されている時点で、柏木氏の期待にはあまり応えられない気がした。




