■2 協力者
「ミトコンドリアと葉緑体の二つのエネルギー回路を持ち合わせる植物はいかにも自然の代名詞のように言われながら、実は自然界の中でも特に高い次元をある進化の先端部を担う存在だと言えるでしょう」
セミナーの講師がそんな事を言うので、隣の席で藍が得意げに鼻から息を漏らした。
「ほう、全く傲慢で愚かなる人間どもと思っていたが、中にはあのように御目の高い輩も居るではないか」
植物側と動物側の板挟みのような立場にある仁は、どちらの意見も苦笑いで聞き流すしかない。
安くない参加費を払って藍と共に今日のセミナーに来た理由は、目の前で熱弁を振るう若干暑苦しい印象の男性講師、柏木繁氏にある。
良く焼けた肌に快活さが表され、講義の中でも身振り手振りが良く動く、パフォーマンス型のコミュニケーション手法が大変忙しない人物だ。
落ち着きがなさそうで普段の仁ならあまり関わりたくないと思うようなものだが、仁の通う大学ででも講師をしていて例の繁華会の役員でもあると知り、ここで接触しておけば大学の方でも接近する機会を設けられるものと考えた。
あわよくば繁華会と交流を持ち、彼らが都内から買い占める複合液肥を譲ってもらうために。
病み上がったばかりの藍まで連れて来る必要があったかというと微妙なところ。
今後のために互いの相性加減も見定めておきたいという意図があっただけだ。
相性もばっちりのようならそれに越したことはない。
「私もいち法人の手先のようなものですので、今日集まった皆さんにも簡単なアンケートを取らせて下さい。連絡先までは無理に書かなくても結構ですが、住所はせめてざっくり都道府県だけでも記載していただけると助かります。あとお名前は忘れずに」
などと言われてアンケートを受けたなら、講師との接触を図りたい仁としては熱心な回答をしてやらねばならない。
後で勧誘が嫌と言うほど押しかけそうだと考えると辟易したが、これも複合液肥のためならば致し方あるまい。
エクスプランター問題をどう思うか、農業に関心はあるか、あなたは神を信じますか、好きな花は、などと言ったいまいち取り留めのない内容のアンケートだった。
「好きな花、ねえ。ぱっと思い浮かばねえよ」
アンケートの時間になると周囲が雑談し始め、セミナー会場が犇めきだした。
「我は即答であるぞ。カーネーションと書いておいた」
藍が自慢気にしてそれを挙げたのは意外だった。
植物を統べる女王様のような存在が一種を贔屓するとも思ってなかった。
「もっと特別な生態じゃないんだな。人間を奴隷にして繁栄するイネ科とか好きそうなのに」
一応、あれらも花を咲かせる。穂先の線維かと見間違いそうなか細い花弁だが。
「魂が再び生まれ変わる事を指してリィンカネーションというだろう。保存と繁栄の願いに共感するで、それ繋がりだ」
「見た目でも花言葉でもなく、名前だけなのかよ。しかもダジャレだし」
確かカーネーションの花言葉は愛情に関連するものばかりだったと思う。
「じゃあ俺は、ヒイラギにでもしておこうか」
「クリスマスリースの魔除けのあれか。赤い実とトゲトゲの硬い葉が特徴的な。広葉樹なので花を咲かせる被子植物なのは間違いないが、どんなのだ?(※)」
「お前の方が知らんのかい。一応、小ぶりな花弁が密集して咲いて、白いのは遠目じゃ雪を積もらせたように見えるんだ。何故かクリスマスホーリーとして扱われるのは黄色い花が咲く方なんだがな」
ヒイラギの花言葉は、何者も寄せ付けんとするその見た目の通りに防衛だ。
今は駐車場になってしまった秘密基地は決して侵されたくない領域だった。
藍を守り抜いていくと密かに決意した今の仁に強く共感するのはまさにヒイラギなのである。
参加者がアンケートの返答に悩む様子を見て回っていた柏木氏が近くを通りかかり、あっと小さな声を上げておもむろに手を挙げた。
「君、どうした。トイレなら会場から出て右の通路を進んだところだ。それとも何か質問か?」
何も聞かないうちに仕草付きの案内をして散々無駄な動きをした後、質問の有無を問う。
空回りするエネルギーも厭わない強い生命力が感じられた。
「いやその、しょうもないこと聞いて申し訳ないんすけど、先生の好きな花はなんなのかなと思って」
「ふうん、君はヒイラギか。葉っぱはよく知ってるがどんな花が咲くんだい?」
対象は変わっても二度は説明したくないので答えず、それよりもお前も知らんのかと突っ込みたいのを抑えるのに気を裂いた。
「安直に思われそうだが、私はやっぱり向日葵だ。いつだって太陽から目を背けず、少しでも近づこうと高く高く茎を伸ばしていく姿を見習いたい」
「さすが、花言葉の通りに情熱的っすね」
「えっと、森山仁君か、仁君は男なのに妙に草花や花言葉に詳しいのだな」
偏見だろ、と思いつつ会話を繋げてゆくための展開を思案した。
「植物学の造詣なら隣の子のが深いっすよ。俺はその影響を受けてちょっと知識がついただけで。まあコイツもヒイラギの花はわかってくれませんでしたが」
とにかく藍の方に振った。
あまり人が得意ではない仁よりもコミュニケーションに難のある藍に投げるのは可哀想だったが、いざという時に頼る先を持っておきたいのは彼女こそであり、どこかで接触させておかねばならなかった。
「いやあ、遠目からも気になっていたよ。緑の髪に茶色い服に花飾り、なんか木みたいな娘ちゃんがいるなって」
「そうか、私は水藻藍だ。この見た目ゆえ他者にインパクトある印象を植え付けるには困って居らぬが、知り置いて給おうか」
藍なりに精一杯へりくだった言い回しがこうだった。
言葉遣いのインパクトも相まって忘れられる心配だけはなさそうだ。
こちらの後書き欄にて(※)の付いたランちゃんのセリフの前提について解説をさせていただきます!
簡単に言うと、花を咲かせる植物は全て被子植物というもので、それは必ず平たい形状の葉っぱをしています!
そうした葉っぱの特徴を指して広葉樹というのですね!
と言うことは...髪に葉緑体を持つランちゃんは針葉樹(裸子植物)という事になってしまいますね。まあその、瞳にも葉緑体を持っている設定なので、何様以前...
とにかくこの子は目茶苦茶なので!




