幼子
終盤若干グロいです。
そう言われ、夕飯を食べに香織と霰は居間へ向かう。
社神と鈴が台所に立っていた。
「これくらいでええの?」
味噌を箸でくるくると溶かしながら、鈴に聞く。
「うん!あとは炊飯器の中のご飯をよそって持っていって〜!」
鈴は頷き、お椀を渡す。
社神はお椀をもち、ご飯をよそい、台所から居間へとやってくる。
「お目覚めですか?おはようございます」
社神は微笑み、みんなが座る席にご飯と味噌汁を置いていく。
「俺も手伝うよ」
香織は霰の腕を掴む。霰はふと香織の方を見る。
「座ってていいの、まだ背中痛むんでしょう」
鬼人に手を振り払われたときの傷だ。打撲しているのもあって、あまり快い状態ではなかった。
香織は横に座り、霰の方をじっと見る。
「ほんと、危なっかしいんだから。無茶、しないでね」
「……香織もな」
霰は少し照れて、目線を逸らした。
「天真!どうしてここに」
霰は少し驚く。
「蛟と完全分離したんだって」
香織は天真の件にはあまり詳しくなかった。対峙したときに、香織はいなかったわけで。蛟に首を絞められたときの痣が、青くてかてかと残っていた。
天真はこちらに向かってくる。そして、深く頭を下げた。
「本当に、すまなかった」
その声は、かつての禍々しい気など纏っていなく、一人の青年同然だった。
「俺はいいよ、大丈夫だ。でも……」
霰は圭の方へ視線をやる。圭は神崎と何やら話していた。
「圭には謝ったんだ。圭太にもな」
そうか、と言いかけて止まる。
「圭太?どうして?」
天真は少し微笑んで、口を開く。
「圭太は、圭の身体に少しだけ乗り移ってたんだ。そっくりだな」
圭を見ながら、懐かしいとでも言いたげな表情をする。今の天真に以前のような歪な気配はなかった。
「へえ。蛟が?」
神崎は目を少し見開き、結んである三つ編みをくるくると遊ばせながら、圭の方を見る。
「うん、あいつももしかするとさあ」
人間だったんじゃないか、そう言いかけて圭ははっとした。
蛟は自分のことを妖だと思っている。なのに圭太追い詰められ、炎に焼かれたとき、混乱し、頭を抱えていた。
もし人間だったら?
圭太や鈴羽、天真や社神を追い詰め、今もなおオレたちを苦しめる奴が、妖ではなく、人なのだと言うのなら。
オレは、蛟を倒さないといけない。人を死に追いやり、殺し、かつての兄の身体を乗っ取り、酒呑童子の大義のもと好き勝手した奴を。生かしてはおけない。
だが、人なら?
蛟が人であるなら、オレがやろうとしていることは、人殺しではないか?
そんなことは許されるのか?
いや、きっと誰もに許されたとしても、オレはオレを許すことができない。甘いのはわかっている。殺らないと殺られる。そんな状況下に置かれているにも関わらず、オレは……。
「圭君?大丈夫?顔色悪いで」
目の前の神崎は、いつの間にか髪をいじるのをやめ、圭の肩に手を置き、軽くポンポン、と叩く。
「わ、わりい」
どうせ一人で考えたってだめだ。そう考えた圭は、思いきって神崎に訪ねた。
「一夜、もしお前の仲間を殺したやつが人間なら、仲間の敵をとるために、そいつを殺せるか?」
神崎は何故そんなことを問うのか、という野暮な質問などはせず、少し悩み、やがて口を開いた。
「うん、俺はそうするよ」
圭は、神崎の答えを聞いて、意外だと感じた。
聞いておいてなんだが、圭にとって神崎は平和を尊ぶ人物で、殺生などは断じて是としない、そんなイメージがどこかにあったのだ。
「そっか、答えてくれてありがとな」
「うん、俺は……過去にそうしてきたことが、何度もあったから」
神崎は死んで、生まれては死んで、その繰り返しの間の記憶が残っている、そんな特殊な転生を繰り返していた。
背中を打ち破った、シダに空けられた風穴の傷は、十回生まれ変わった今でも残っている。恐らくこれは、あの日を忘れないため。あの惨劇を戒めるかのように、痛々しい傷は今もなお、『生き続けている』のである。
ー
「この子が、十回目の転生者か」
産まれたての一夜がぎゃあぎゃあと泣いていた。
ー
「一夜、お前は特別な気がするなあ」
わしわしと髪を撫で、父は笑った。
九歳の時、全てを知った。俺はかつての先祖の生まれ変わりだと。それも、十回も転生しているということを。
一夜として生まれたのに、記憶は幾百年もの間を記憶している。
それでも一夜の両親は、我が子、普通の息子として一夜を育てていた。そんな二人は短命で一夜が十二歳の時に、この世を去る。
まっとうな愛を得られてよかった。そう思う反面、やはり少し寂しさを感じられるのであった。
どうして?
残されたのは、このだだっ広い神社と、従者一人で。
かつて家族三人で住んでいた母屋は、虚しいほどからっぽで。
ー
からっぽだった母屋にはいま、新たな仲間がいる。
古から縁のある者、その輩の者、かつては敵であった者。
不思議と、あたたかく感じる。これが、仲間なんだろう。
そんな仲間が殺されたなら、かつての先祖の神崎のように……。
妖だろうが人間だろうが、きっと。
「とりあえずご飯、冷めたらあかんし食べに行こ」
「おう!ありがとな」
「それにしても、七人か。仲間増えたね」
鈴はにこっと笑い、圭の横に座る。
「……鬼人」
霰は先ほどの夢もあって、鬼人のことを心配していた。あのときの鬼人は正常じゃなかった。
「とりあえず、さ。酒呑童子は敵やろ?」
神崎は霰に気をつかい、確認する。
「圭君から聞いたけど、蛟も訳ありみたいや」
あいつは酒呑童子に連れていかれる前に、人間がどうとか呟いてたんだ。それに、容姿が圭太にどっか似てた。
圭はそう語り、味噌汁を啜る。
「そうか。……今さらになるんだけどさ」
「どうした?」
霰は自分の家のことを話した。
父に、香織を何があっても守るようにと命じられていたこと。ある程度武術に心得があること。
それは香織も、うっすらと知っていたようだった。
「すっげえな!オレも鈴を護れるように頑張らねえとな」
ししっと笑い、鈴の肩に腕をまわす。
「私も社神に教えてもらおっかな!」
「あら、嬉しいわあ。なんでも聞いて」
ふふふと笑い、鈴の手を握る。
「ねえ、早速気になってたこと聞いていい?」
「ええよお、何ですか?」
「天真と社神って恋人同士なの?」
天真はキョトンとし、社神はぼっと顔を赤らめる。
「幼少の頃はよく約束したな」
「天真様!?覚えてはったんですか……?」
社神は先ほどの落ち着きをなくし、顔を真っ赤にして下を向く。
「ここまで俺のことを慕ってくれていたんだ。俺にとっては最愛の人だな」
照れもせず告白する天真に、一同はびっくりする。
「わ、わたくしも……」
「よかったね社神」
鈴はにこにこしながら、満足そうにする。
「そういや二人共年齢止まってるよな?何歳くらいで止まったんだ?」
圭はなんとなく尋ねる。
「俺は二十。社神は十八じゃなかったか?」
「え?思ったより若かった」
「失礼なこと言うなあ」
そんなことを話しながら、食事の時は過ぎ、あっという間に夜更けになった。
「俺、昼はああ言ったけど……お前のこと、親父の命令がなくても護るつもりだから」
「霰、それってどういう……」
「おやすみ」
「う、うん……」
はぐらかされ、気になりながらも香織は眠りにつく。
ー
「うえええええ、うええええん」
「シダ!××が泣いてるでしょう!」
「心配すんな!俺もモモもどこにも行かないからな!」
ー
「とと、かか」
知らない間に、涙を流していた。
とと?かか?シダ?モモ?
何の話だろう。それよりも昼間は最悪だった。炎で焼かれたのに、傷はほとんどない。だがやけに鼻につくような感情が、離れない。
愛してほしかった。誰に?
行かないでほしかった。どこに?
一人は嫌だった。どうして?
矛盾する感情は、俺を討ったあの憎むべき人間のようで。
あれ?そもそも俺はどうして人間を憎んでいるんだ?
俺はいつからあの湖にいたんだ?
「起きたか蛟」
「酒呑童子様」
「すみません、俺、あいつに」
酒呑童子は、珍しく蛟の頭を撫でる。容貌こそ子供だが、彼は一番の古株の妖である。
「おれはお前を捨てないから、気にするな」
あのとき、おれはシダのことなんて、ただの道具だと思っていたんだ。門を開けさせるだけの道具だと。
ただ、あのときに。村を去るお前は、笑っていた。
「とと!かかとリコちゃんと待ってるから!」
シダを羨ましいと思った。そしてこの子をのたれ死なすのはあまりにも酷なことだった。
俺が門から出てきたとき、その子は死んでいた。まだ四歳くらいの幼い子が。足には縄の痕。手の爪は剥がされ、見るに堪えないさまだった。
顔を見ると、片目がなく、抉り出されたようだった。
拷問を受けたのか。こんな小さな子が。
これが、人間のすることか。
かつての自分と重なる幼子の姿に、酒呑童子はいたく哀しみ、そして決めた。
人間が人間を壊すなら、おれがお前らを壊してやる。
そしたら、もうこんな小さな子がこんなことをされる日は来なくなる。そう信じて。
「ユウ」
かつてシダの息子だった幼子の名前を呼ぶ。
「お前もこっちにこい」
「たしか、蛟の席が空いてたな」
ー
ユウが目を開ける。
「あの……」
「よう蛟、やっと起きたか」
ー
「蛟、お前は強い。気にすることなんかないじゃろ」
「酒呑童子様」
ー
「かか!戻るって言ったのに!」
「大丈夫、きっと戻ってくるよ!」
「ととは、死んだのかなあ」
「そんなことない!」
「リコちゃんは?」
「あの女子か、お前より先に死んだよ」
「一人になっちゃった……」
「何、すぐ向こうで会えるさ!」
これは、誰の夢?
香織は目の前の悪夢に疑問を抱く。
「とと、かか」
ユウ?
ユウなの?
ザ、ザ……ザザ……
「変な面してんじゃねえよ」
蛟?どうして蛟が?
もしかして……。
蛟はユウの成れの果て……だというの?
これが事実なら、最悪なシナリオだ。私にとって、最も戦いにくい相手。いや、それどころか……戦うことすら望みたくない。
モモがあのとき言わんとしていたのはこのことなのかもしれない。
どちらにしろ、ただの夢には思えなかった。
「ユウ……」




