シダという男
ちょっと長いです。
「おはよう香織!」
鈴の声で目を覚ます。
「おはよう、鈴」
「ねえ、霰の様子がおかしいんだけど、何か知らない?」
「霰が?わからないけど、案内してくれる?」
鈴は香織を連れていく。そこには顔をしかめ、ぐったりとした霰が机に伏せていた。
「霰?どうしたの?熱?」
香織が来たことに気づき、顔をあげて微かに呟く。
「……えも……たの……か」
「え?」
「おま……えも……み……のか」
お前も見たのか?
きっと霰はそう伝えたいのだ。
見たのかと言われれば思い浮かぶのは先の夢だけだ。
「昔の……ユウの夢?」
霰はゆっくりと頷く。赤く火照ったその顔は今にも倒れそうな面である。
「ちょっと、この水枕、ひいておいてあげて」
鈴は香織に水枕を手渡し、部屋をあとにする。
「霰、つらいわよね……無理矢理話させてごめんなさい……話すわ。今日見た夢」
蛟がかつて人間だったということ。
ユウが蛟かもしれないこと。
香織はすべて打ち明けた。
「同じ夢を、見た……」
霰は息を少しきらして呟いた。
「でも……続きがあって……」
「ん?続き……?」
「酒呑童子が…………で……俺は……っだ……」
途切れ途切れに呟いて、血を吐く。
「ちょっと!鈴、圭、誰か!来て!」
足音が近づいてきて、扉を開く。
「どうした?」
「どないしはったん?」
天真と社神だった。
「霰が……!急に血を吐いて……!
私、どうしたらいいか……」
「……これは」
天真は口を覆い、眉をしかめて揶揄しようとする。
「夢に喰われたんかもしれへんなあ」
「夢に喰われる……って?」
「恐らく、夢に呪詛が掛けられていたんやろうなあ」
「でも、同じ夢を見ていたのに!どうして霰だけ……」
言いかけて、口を噤む。霰は血を吐きだす前に、何か言いかけていた。香織が見た夢の続きを、見たと言っていた。
「香織はん、何か前世と縁あるもの持ってはる?」
「え?」
「いや……こんな古い呪詛は今の時代のものではないと思って」
「たしかに、これは俺たちの時代よりも古の術だろうな」
「どうしてわかるの?」
天真と社神は少し目線を落とし、苦笑する。
「一度は妖に憑かれていたからな……術なら文字が見えるんだ」
「わたくしの家も陰陽道には縁がありまして……せやけどこの文字は読まれへんから」
納得するには充分な説明だった。そして恐らく、天真たちの時代は装束から見て平安後期で間違いないだろう。
つまり呪詛は奈良時代以前に掛けられたもの。それは、シダたちが生きていた時代に近かった。
「見た夢は……私の……前世の息子の記憶だった……」
そしてその息子が、蛟かもしれないことも打ち明けた。蛟は天真に憑き、圭太を殺した妖だということはもちろん把握した上で。
「ごめんなさい」
「君は悪くないだろ」
天真は香織の肩を優しく撫で、目を閉じた。
「その子だって、俺と同じでもとは人間だったんだろう?」
「ええ。私の前世……モモが生きていたときは」
それからあとのことは誰も、何も、知らないのだ。
「あの、赤髪の坊やも……蛟と関係ありはるん?」
鬼人のことだ。鬼人は酒呑童子のところへ行ってしまった。
「茨木童子……そう言ってた」
霰が目を覚ました。
「霰!身体は大丈夫なの!?」
霰の肩を支え、香織は叫ぶ。
「まあな、寝覚めが悪い夢だった」
「呪詛は……?」
社神は端正な顔を少し顰め、驚く。
「この子、嘘やろ……?こんなことって」
「え?」
「呪詛を吸収している。それも本人の意志じゃない」
天真は驚き、目を伏せる。見るに堪えないものなのか、社神も目を伏せ、天真の傍に寄る。
「霰……あなた一体……」
「……」
ギュルルルルとお腹がなる。
霰は頭をガシガシと掻きむしり、照れながらちらりとこちらを向いた。
「悪い、腹がへった……話は食べながら話す」
香織は拍子抜けしたような顔で、安堵した。
「特別に、私がつくってあげるわ」
ふふっと笑い、その場を後にした。
「何が見えた?」
二人のもとにしゃがみこみ、尋ねる。
「……言っていいのか?」
天真の問いに霰は頭を縦に振る。
「門……先程君を蝕んでいた呪詛は、門に吸い込まれていった……」
「まさか……それはただの逸話ではなかったのですか?」
「俺の中には、門があるんだな?」
二人は黙る。肯定と受け取れた。
「嘘じゃなかったんだな」
ー
「おお、ありがとう」
霰は腰をかけ、いただきます、と言ってご飯を食べ始める。
「うん、しっかり食べてね」
「俺が見た夢の話を、していいか?」
うん、話して。そう呟き、まっすぐ霰を見つめる。
「ユウは蛟で間違いない。それは香織と同じ夢で見た。問題はその後の夢だ」
ー
「なんだここ?」
俺は先程まで夢を見ていたはずだ。此処は何もない。白の空間だった。
自分の姿も輪郭を成しているのに、無いに等しいような感覚だった。
「やあ、霰」
現れたのは、シダだった。
「お前、俺に伝えてねえこと多すぎだろ」
「やだな、言いたくても言えないんだぜ」
違和感のある言い回しだった。
「よ、シダ」
レンだ。かつてシダの身体に干渉していた男。
「久しぶりだな、レン」
「もう呼べんのか、大した力だな」
あのときほどお互い若くないだろう、と苦笑した。
「どうして夢でお前らがいるんだ?それに……」
まるで、自分の身体のように空間に存在している。
ざらりとした感触が、霰を包んだ。
「駄目だ、やめろ」
シダが声を出すと、霰を包んでいた何かは消えた。
「身体にガタがきたんじゃねえ?」
レンはへへっと笑い、腕を頭の後ろで組む。
「今は俺じゃねえ、霰の身体だ」
「なあ、今のは……」
「うん、説明するよ。まずここは霰の芯の空間だ」
自覚した途端、三人それぞれの見た目が顕現した。
「ほらな、こんな風に不安定なんだ」
レンはふよふよと浮きながらあぐらを組む。
「魂のあるものには必ずこの空間がある」
「んで、霰とシダは特別なシステムも加えられてたってわけだ」
よっと地に降り立ち、ぐっと伸びをする。リラックスするレンに呆れ、シダは左を指さす。
「あんな風に、俺の身体はレンや酒呑童子に入られるようになってるらしい」
向けられた指の先には、湯ノ神村のかつての惨劇、鬼門の出現が映像のように見えた。
「酒呑童子……?コバを攫っていったやつか!」
「そう。本来ならあいつもここに来れるんだよ」
それは、霰の無意識下で身動きが可能ということ。
「あいつのやりたい放題には俺らも困ってるからな、ここに呼び出して問い詰めようとしたんだ」
「だが奴はここに来れないんだ。あの鬼門の件以来何者かに弾かれているかのように」
霰の空間には、霰やシダの身体に干渉した者が入れるという。常人ならば自らの空間に立ち入ることなど意識がままならず、会話などは成り立たないらしい。
それにも関わらず霰を含め四人が干渉し、意思疎通が可能になる。霰が普通ではない何かである証拠としては、揃っていた。
「それで、さっきお前に襲いかかってきたあれだ。あの黒いざらざらのやつ」
「あれもなんらかの意思を持つらしいがな、俺らは会話ができない。あれが酒呑童子を拒むから、あいつはここに来れないんだ」
たしかに、シダの言葉に従い、引いていった。意思はあると確認できる。
「あれは何だ?」
霰の問いに誰も答えなかった。
「わからない……」
「実を言うと、シダが俺をここに呼んだんも最近のことだ」
「ああ、ここは俺とお前の心と繋がってんだ」
シダは明るく振舞っていた。陰鬱な過去しか思い出せないから、その光景はどうにも違和感があった。彼の素の姿は、少年だ。
少年のまま、殺され、なお恨まずに明るくいられるほど、素晴らしい人物なのだ。
完璧な彼に感じる違和感は慣れないからだと言い聞かせ、平静を保とうと霰は考えた。
「簡単に言えば、酒呑童子がここを門って言ってたのは、生者死者問わず霰を通して出入りできるゲートだと思ってるんだろう」
「まったく人の身体をなんだと思ってるんだ」
お前ら二人もだろ、と思いながらも納得がいく説明だった。
「酒呑童子と茨木童子は古の妖鬼だ」
一番年季が入っているレンが語るには、昔二匹の鬼が暴れていたとき、一人の少年が兄の酒呑童子を討伐した。しかし弟の方は知恵があり、討伐寸前に姿を消したという。
「鬼人が茨木童子っていうのはどういうことだよ」
霰の問いにシダも乗っかり、問う。
「俺が聞きてえ。鬼の子というのは知ってたが、どうも時系列が合わねえだろ」
「輪廻転生、シダが霰として生まれ変わったように、茨木童子もコバに生まれ変わったんだろ」
そしてコバは茨木童子に意識を乗っ取られた。つまるところ主人格が入れ替わったと思え。博識なレンの言葉に二人は呆然としている。
「わけわかんねえー!」
「俺の前世はこんな馬鹿だったんか」
シダの素っ頓狂な顔を見て呆れる霰は、少しずつだが状況をのみこんでいった。
「ここは俺の意識空間で、シダとレンと酒呑童子が入れる、でも何かが無意識下で酒呑童子を拒んでる。ってことだよな」
霰の要約に頷き、真面目な顔でじっと霰を見つめる。
「コバは、この状況を望んじゃいねえだろうな。止めてやってくれ」
その言葉にはっとして、霰はシダの手を掴む。
「なあ、圭は前世の圭太を身体に憑依できたんだよ。俺にもお前が憑依するのは可能なんじゃないのか?」
シダは黙りこむ。
「コバを止めるなら、お前の方がいいだろ?あいつ、お前のことずっと待ってたんだぞ」
「できねえ」
「なんで?」
「容量いっぱいなんだ」
レンが水を差すようにこちらにやってくる。
「その圭という男はそれほど力があったんだろう。霰にはそんなに力がもうないんだ」
己の無力を嘆き、歯を食いしばり、地団駄を踏む。
「お前の力不足じゃねえ」
シダは霰の肩をポンと叩く。
「じゃあどうしてっ……!」
「四人もここにいるのは霰自身の力だ。でも本来ならこれは有り得ない状態。なぜなら身体一つにつき魂は一つが限界。それを無理やりこじ開けてここに存在しているんだ俺たちは」
「俺のときもそうだった。故に制御が効かずにあんな事態を招いた」
シダができない、と言ったとき、どんな顔をしていたんだろう。悔しいのは霰だけではなかったのだ。
「ま、頭使いすぎずに行こうぜ。ほかの奴らにはできないことがお前にはできる。独りよがりになるなよ」
シダはにっと笑い、霰の頭をワシワシと撫でた。
「そういえばこの夢、どうやったら覚めんだ?俺、苦しくて気がついたらここにいたんだよ。死んでるのか?」
「死んでないさ。呪詛なら気にしないでいい、じきに消える」
自分の身体のことなのに、彼らの方が詳しいのは少し驚いた。
「んじゃまたな」
「俺たちのことも頼れよ」
シダとレンが手を振ったとき、霰の意識は飛んだ。というより、まるで動画の逆再生のように巻き戻されるような感覚に近かった。
またくりかえすのかい?
え?
もうまもれないよ、あのこがくるからね
なんのはなし?
ううん、なんでもないよ
ー
「そんな夢が……」
「最後のわけわかんねえ声は、なんのことかわかんなかったけどな」
「うん、でもその何かは……霰を守ってるんじゃないかな?」
香織の意外な飲みこみの早さと、冷静な意見は新鮮だった。
「酒呑童子って、敵の大将でしょ?干渉されまいと妨げてくれてるのかも」
「でも、呼んでも来ないんだぞ」
そこよそこ、と香織が指をさす。
「おかしいでしょ?万が一酒呑童子が霰の身体に来れたとして、話が通じなかったら?霰の身体が乗っ取られたら?私たちはどうなるの?皆殺されるかもしれないのよ」
私たち、と言ったあと、口を覆う。
「ごめんなさい。でももしそうなったら……皆どころか霰だって、無事ではすまないでしょ」
今考えれば、現時点では敵わないと判断した相手を呼び出すなんて到底おかしい話だ。
ところがシダとレンは肯定していた。香織も霰も、そこがひっかかっている。
「ここからは憶測だから、怒られても仕方ないと思って話すけれど……
二人は霰や私たちのことをどうなってもいいんだと思う。むしろ……霰と酒呑童子を消したがってる気がするの」
こんなときの香織は冴えている。霰は話を黙って聞きいっている。
「目的はわからないわ。何よりその『何か』の意思はあるって霰は言ってたよね」
「ああ。俺はそいつの黒いザラザラに包まれてたところを、シダがやめろと言うと止まったんだ」
それ、二人から霰を護ろうとしてたんじゃない?
そう言われ、数々の仮説が逆転して見えてきた。
鬼門が開かれてからおかしいことが多発するのは、酒呑童子が起因していると前提し、考えていた。しかしそれが間違いで、そもそも京都に来てから何かが始まっていたとしたら?
あの村に足を踏み入れ、香織と俺が前世の記憶を見たのは偶然ではなく必然だとしたら?
「そもそも、シダは本当に俺の前世なのか?」
「え……?」
「村の記憶は見せられたから知ってる。それから夢で見たのも、呪詛が組み込まれてたのも……俺がもし赤の他人でも仕組めるんじゃないか?」
ちょっとまって、と香織は言い、落ち着こうと緑茶を飲み、ゆっくりと目を開く。
「モモの記憶も、嘘だった……ってこと?」
いいや、と首を横に振り、机の上に手を組み話す。
「シダとモモは実在した。が俺らとは関係ないんじゃないか?シダは俺に憑依できないと言っていた。俺の意識空間には四人もいるからと。だがそれは間違いで」
「本当は前世じゃないから、できない」
そうだ。実際圭は圭太と入れ替われたし、社神や天真も言うんだから間違いない。
「モモが私に一度憑依したのは……?」
「モモが憑依したのはレンが来たときだな。それ以来はどうだ?」
一度も何も無かった。そう香織は答えた。
「なら術でモモのフリをさせて香織に喋らせたんじゃないか?」
何もかもが逆転していく。じゃあ鬼門から出てきたのは……。
「シダ……あいつが酒呑童子と一緒に出てきたのか」
「そうやないと説明つかへんやろな」
「……神崎」
どうやら、神崎は全て聞いていたみたいだった。
「えらい難しい話や。俺ら中坊には理解できへんくらいにな」
「でも、知らなきゃいけない」
神崎は何やら古い本を持ってきた。それは触れただけで崩れそうなほど脆そうに見えた。
「初代の神崎がレンについてまとめてた本やで」
初代の神崎。それはこの家の当初の祖先のことだった。
内容をコピーしたものを霰と香織に渡す。神崎は霰の横に座り、パラパラと書類を捲り、少しずつ翻訳し、読んでいった。
社神や天真でさえ読めない昔の字を読める神崎のほうが中学生らしからぬ人物であった。
「へえ。レン君結構面白い体験してるみたいやな」
ここ見て、と言われ二人は指されたところを見る。
「ミカエルやって。これ、なんかくさくない?」
言われてみれば、そんな昔の時代にカタカナの名前の異国人なんていないはずだ。ましてやただの農村なのだから。ますます謎は深まる。
「村で親しくしてたのはレンと、そのおさななじみのリコやって。レンがある日消えてちょうど一週間後、村は壊滅」
聞いた話はレンが言っていたことと一致していた。
「レンは嘘を言ってなさそうだな。シダの分はあるか?」
「あるよ。ただ、これはけっこう意味わからんかった」
そう言って二人にまたコピーしたものを渡す。
『志太と言ふ者、人ではあらず。杏に巣食う魑魅なり。また、この者、千代も経ぬべし眼で物を言ふ。これいと物恐ろし。』
「魑魅って?」
「良くないものやな。モモに巣食うっていうのがひっかかる」
今思い返してみれば、シダははじめからモモと何かしら接点があった。またモモにだけ見せる一面もあったし、モモに対する執着は今思えば強かった。
「俺ははじめこれ見たときは、シダ君にヤキモチ焼いて書いたんやろって思っててん。でも二人の話聞いてて、これはご先祖さまの忠告やったんかなって」
レンに憑かれ村を潰された可哀想な男は、恐ろしい策士だった。
「や、これ仮定やで?でもスジは通ってるやろ」
その場にいる三人が、それを認めざるを得なかった。
「千年も生きてるって?どういうこと?」
「うーん、わからへんなあ」
「とりあえず、当分は酒呑童子への迎撃もやめたほうがいいな」
「どうして?」
「香織、酒呑童子を倒すのはシダの思い通りになるってことだぞ」
そう言われてはっとする。今シダの思惑通りに動くと何が起こるかわからない。
「それによ……シダのやつ、コバを倒せって言いやがった。悩むことも無くだぞ?友達じゃなかったのかよ」
霰は短い期間だが鬼人と友達になれたと感じていた。茨木童子と知った今でも、戦う理由が見つからない。酒呑童子とは違い、何かしたわけではないのだし、それ以前に鬼人と過ごした時間は嘘ではない。
鬼人はあんなにシダを信じていたのに、あんまりじゃないか。
「でも、霰君が話してくれてよかったわあ」
「うん、前まではいつも一人で抱えてたもんね。話が聞けてよかったな」
神崎と香織は安心したかのように笑っていた。
「俺もお前らに話せてよかったよ」
「おれが冥界に戻られへんのはそういうことか」
「酒呑童子!?」
うんうん、と頷き、香織の横に座っていた。
「結界張ってるはずやで、どうやって入ったん?」
「これで張ってるつもりか?おれや蛟ならなんともないわ」
蛟で思い出した。酒呑童子なら何か知っているかもしれない。
「酒呑童子、蛟はユウなの?」
「うん」
躊躇いもなく答えた。拍子抜けした三人をみてケラケラ笑っている。
「あの子は爪剥がされて片目抉られてた。死んで間もなかったから、空いてた蛟の席をやった。信じるかは勝手じゃが」
そういうことだったのかと、香織は納得して、ユウの最期を悼み、受け入れた。
「待て、冥界に帰ろうと言ってたな。あれはどういう意味だ?」
「おれもおれの弟もとうに昔のもの。共にあるべき場所に戻るまでじゃ」
「俺勝手に酒呑童子君のことめっちゃ悪役やと思ってたわ」
神崎に皆同意だった。諸悪の根源のようなキャラクターをイメージしていたから。
「妖やからかの」
「それもあったけど……」
「私たち、色んな妖と対峙してきたけど、皆そうなった理由があったんだね、そうしなきゃいけなかったことも」
結局妖も人間も、言葉だけで差別化しようと、その違いは紙一重で。きっとその数だけ色んな理由があるんだと思う。
「で、冥界に帰るには何したらええんかのう」
「そうだ、それについてはまだ何も考えてなかった」
対立していた敵の大将とこうも当たり前のように話すとは思いもしなかった。
「あ、そやさっきの話は蛟には内緒にしといて」
「え?」
「帰るのはおれと茨木童子だけで話してたことやからな、それにその話しても余計こんがらがるやろ」
「わかった。んで帰る方法だが……シダに聞き出さないとわからねえな」
霰は目を閉じ、そう応答した。
「俺も酒呑童子もどうなるか、わかんねえけど」
「え?」
沈黙が広がる。酒呑童子もそれはわかっていたようだった。
「ま、とりあえずお前は母屋に行くなよ。圭とかにはなんも説明してねえから」
「ん」
酒呑童子は神崎の部屋の隣室を借り、三人はそれぞれの部屋に戻った。
霰は覚悟してたのかな。私たちまだ中学生なのに、こんなことに巻き込まれるなんて思ってもみなかった。圭や鈴の手前、慌てふためかないように振舞っていたけれど、やっぱり怖い。今まで信じてたものが逆転していく。
霰だって無事に帰ってこられるかわからない。そもそもいつそんな場面がやってくるのか誰もわからない。
旅行から帰ったら、霰と同じ高校に行ってみたかった。高校生になったらちゃんと告白して、いつか一緒になれると、どこかで思ってた。
やだな。思ってたなんて、叶わないみたいじゃん。皆、無事で、いられたらいいな。
そうして香織はぐるぐると同じことを考え、霰の、皆の無事を願った。




