第80話 『雷』の兵団壊滅
例えば「1」を「10」より大きいと証明することは出来ない。どうしても超えられない壁というものは存在するのかも知れない――。私がそんなことを思ったのは、内周エリアに通じるゲートを見た時だった。
「コマンダー・エクレール将軍、次第にルミエール政府軍が迫ってきています」
「そうか。とうとう来たか。大丈夫。みんなで生き残ろう」
「コマンダー・ブラスト将軍やコマンダー・インフェルノ将軍たちはどうなったのでしょうか……?」
「分からない。みんな無事だといいんだけどな……」
内周エリアに通じるゲートは、外周エリアのゲートとは違ってここしかない。その内周エリアのゲート前には、大勢のクローン兵が待ち構えていた。見えるだけでも数百、数千人はいる。
こちらは7人しかいない。だが、それもよりも最大の問題は、――ブリュンヒルデがいるということだ。彼女にあのクローンたちを殺せるハズがない。
「コマンダー・エクレール将軍、私……」
「大丈夫。何があっても守る。今日は戦勝パーティーだ。遅れるなよ」
「……っ、はい!」
神聖レナトゥスの装甲服を纏うエクレールは、穏やかな笑みを見せながら恐怖にかられそうだったクローン兵の頭を撫でる。
神聖レナトゥス・『雷の兵団』指揮官エクレールは、『水の兵団』指揮官アクアと同じように優しい将軍だという。部下の信頼も厚く、団結力も強い。グレイシアとは真逆だ。そんな将軍は、最も危険な最前列に自ら立っていた。そんな彼女を守ろうと、周りの兵士たちの士気は高い。
「ブリュンヒルデ、どうする?」
「…………。……こ、ここまで来て引くワケにはいかない」
ブリュンヒルデは撤退をいう選択肢を自ら否定する。だが、その戦意はもはや感じられなかった。彼女が攻撃しなければ、ミズカたちもしないだろう。彼女たちがやらなければ、私とパトラーしかいない。2人であの相手はキツい。
[手助けを望むか?]
「…………!?」
動けなくなった私たちに、後ろから1体の衛士メシェディが声をかけてくる。外周ゲートで聞いた男の声と同じ声だ。今にも斬りかかりそうなミズカを私は手で制止する。
「私たちがエクレールに後れを取ると?」
[……違うな]
「…………!」
[能力でなら申し分ない。恐らくエクレールにも勝てるだろう。問題は君たちの、――ブリュンヒルデ、君の内面だよ]
「……わ、私のだと?」
[そう、君の心だ。――今、君は私たちの手からエンドレス・クリスタルを奪いたいと考えている。そうしなければ、大神シュレラは復活し、ヴァルハラは潰されるであろう。だが、奪うにはエクレールらを殺さねばならない]
私はぐっと拳を抑える。この人工知能、ブリュンヒルデの内心を完全に抑えている。危険な敵だ。私の本能がそう告げている。
[エンドレス・クリスタルを諦めてヴァルハラ滅亡を受け入れるか、エクレールを殺してエンドレス・クリスタルを奪うか。迷いが生じている。違うかね?]
「お前いい加減にッ――」
「――ああ、そうだ」
「…………!」
ブリュンヒルデはミズカの言葉を遮って言う。ミズカはそれでも何か言おうとしたが、ぐっと堪えたようだった。
「お前に頼んだら、この状況は突破できるのか? あそこのクローンたちを撤退させられるのか?」
[……私は君に会いたいのだよ。やがて、君も私に会いたくなるだろう]
人工知能はブリュンヒルデの問いに返事をせず、一方的に話を続ける。だが、意味が分からない。人工知能はブリュンヒルデに会いたい。なぜ? ブリュンヒルデも人工知能に会いたくなる。どういうことだ?
「私がお前に会いたくなる、だと? 何を言っている? 私がお前に礼でも言いに行きたくなると? あいにくだが、私はそんな礼儀を持ち合わせていない」
[フフ、そうだな。君はそんな礼儀正しい子じゃない。でも、それでも君は私に会いたくなるよ。――さて、君の悩みを解決しようではないか]
頼んでもないのに承ったらしい人工知能は、乗っ取った身体をその場に倒す。機械兵器は機能を停止させたらしい。
「ヒュンドラ、これはなんだ?」
「不明。貴様らが情報を集めた方が――」
ミズカの問いに答えを出せなかった神聖レナトゥス担当のヴァルキュリア・クローンがそう言ったときだった。
「っ、ぅ、あぁ!」
「ぃぎぁ、っ……!」
「うっ、うぅぅっ!」
急に苦痛に満ちた呻き声が上がる。声の漏れる方向は、エクレールたち『雷の兵団』が待機している場所からだ。
「ど、どうした!?」
周りの部下たちが突然、頭や腹部を抑えて座り込む状況に、エクレールは驚きを隠せないでいた。彼女は側にいたクローンを抱き止めながら、慌てて状況の確認をしようとする。だが、――
一滴の冷たい雨が、私の右頬を濡らす――。
「…………!?」
苦痛に満ちた声を上げるクローンたちは、自らの身体から一瞬の閃光を発する。
もう一滴、冷え切った雨が私の左腕に落ち、ゆっくりと伝っていく。
「は!?」
光のが喪失し、彼女たちの姿が露わになる。
「な、なにあれ……」
硬質な黄緑色をした皮膚。長く鋭く尖った赤色の爪。精気の失われた虚ろな瞳。血の気を感じさせない青白い頬――。
それは破壊衝動に駆られた獣と似た姿だった。サキュバス城にいたコキュートスと似ている。――サイエンネット・モンスター。それに類似していた。
「お、お前たち……」
エクレールはその場に身体から力が抜けていくように座り込む。呆然と変わってしまったかつての部下たちを見上げていた。
「エ、エクれール、しょしょ将軍、私、ここ怖くて……」
「ブラ…ストしょー軍は、ドうなったのデ、無事でで…私」
もう、彼女たちの発する言葉に意味はない。壊れた記憶から生まれた言葉でしかない。そこに心は存在しない。
意味のない言葉を口ずさみながらクローン兵だったものは、赤色の爪を振り上げる。サイエンネット・モンスターのそれと何ら変わりない動きだった。破壊衝動に駆られ、命を無意味に壊す――。
あの男の言った通り、この惨劇ならゲートを突破できるだろう。だが、それは私たちの誰もが望んだモノではないだろう。
「…………」
私はチラリと心優しき皇帝に目をやる。ブリュンヒルデは呆然とクローンだった者たちを目にしていた。その瞳に、何か深い闇のようなモノを一瞬感じたような気がした……。




