第61話 ファンタジア王国
シュニーとネーヴェが共に薄く氷の張った地面を蹴って、一直線に飛ぶ。お互いの剣が触れ合った瞬間、辺り一帯に氷の結晶が飛び散る。私は飛んでくる鋭い氷の塊をとっさに避ける。2人は構わず、何度も斬り合いを続ける。剣が触れ合う度、氷が飛んでくる。
「クッ……!」
フィルドさんたちも避けているみたいだけど、これじゃいつか直撃するかも知れない。私は戦いに巻き込まれている彼女たちに手をかざす。3人の姿が消える。移転魔法でやや離れた場所に移動させた。これで何とか……。
私は自分自身も移動しようと、空間魔法を作動させようとした。でもそのとき、すぐ後ろで何か殺気を感じた。
――ヒライルー……、お前が僕からバラスを……。
ドールが起き上がっていた。その身体は半分以上がすでに喪失していた。残る部分も銀色の結晶となり、虚空に消えつつある。
――……パトラー=オイジュス、お、お前も……!
「…………!?」
青い虚ろな瞳が私を捉える。
――お前は、僕の…兄上を、奪った。
……兄?
――僕の心優しい、愚かな姉とは違う、たった一人の兄を……!
虚ろな瞳に突然怒りの炎が宿る。ドールは残った右手を私に向ける。私はとっさに防御の構えを取る。剣で飛んでくる攻撃を防ごうとした。
だけど、飛んできたのは攻撃魔法じゃなかった。触れられていない私の身体が持ち上げられ、引き寄せられる。剣が手から離れ、氷の結晶に突き刺さる。
「なっ!?」
ドールの大きな手で光る電磁波。しまった、重力魔法だ! 私が予測の誤りを悟ったとき、大きな白銀の手は私を地面に叩き付ける。大きな手が私の首を押しつぶそうとする。息が出来ない……!
――どうして、みんなっ、僕の大切な、人をっ、奪うのっ……!?
「…………!」
顔の半分以上を失ったドールの目から涙が伝う。頬から顎へ。顎から私の頬に落ちる。そのとき、私の頭に何かが流れ込んでくる。
[――国際政府所属のサファティ=ファンタジア将軍がファンタジア王国の創設を宣言し、――]
赤いじゅうたんが敷かれた大きくて広い部屋。私は何十人もの人が一度に食事を行えそうなテーブルに腰かけ、部屋の奥に表示される大型スクリーンに目をやっていた。
スクリーンには、赤い装甲服を纏った若い女性軍人――サファティ=ファンタジアの姿が映し出されていた。
「お姉ちゃん、あれサファティちゃんだよね?」
私はスクリーンを指さしながら側にいた女の子に問う。でも、その声は私のものじゃなかった。そして、私が「お姉ちゃん」と呼んだ存在も、私は知らなかった。
「そうだよ。サファティお姉ちゃんは、世界を平和にするために立ち上がったんだって」
「ふぅん。なんで?」
「世界には悪い人がいっぱいいて、その人たちをやっつけるのが私たちファンタジア一族の役目だからだよ」
スクリーンが切り替わる。映し出されているのは、白銀の髪の毛にエメラルドグリーンの瞳をしたスーツ姿の男性――私のお父さんだ! 場所はセントラルタワーの記者会見場だ。
[――ファンタジア王国なる組織の創設に対し、国際政府執行部としては強く抗議する方針を閣議決定したところで御座います]
[軍派遣の予定も?]
[解散命令に従わない場合、最終的にはそういった手段も取らざるを得ないと考えています。王国代表のオーダー=ファンタジアと、前将軍のサファティ=ファンタジアの両名に対し、政府から――]
そこまでスクリーンが進んだ時だった。急に目の前の風景が一変する。私は大きな子ども部屋に立っていた。前にはベッドに腰かける少年の姿。涙ぐんでいた。
「お兄ちゃん、なんで泣いてるの?」
「ご、ごめん。なんでもないよ」
「お兄ちゃん王様になったんだよね。どうして悲しいの?」
「…………。……なんでもない。もう寝ろ、ドール」
「…………」
また目の前の風景が切り替わる。今度はさっきの子ども部屋を廊下から覗いていた。あの少年がベッドで寝ころびながら泣いていた。その側に誰か女の人がいる。
「サファティは間違ってるっ……。こんなことしても、ファンタジアの家はよくならないよ。戦いを引き起こして、みんながひどい目に合うだけだ」
「そうね……」
「サファシアさん、あなたはサファティの妹ですよね!? どうか、どうかあの人を止めてください。このままじゃ、ファンタジアの人々が――」
「…………」
サファシアは笑みを浮かべながら、涙ぐむ少年の頭を撫でる。その笑みに優しさは感じられなかった。冷たいものだった。私も知っている。あの女は自分の実験のためなら、誰でも実験台にする人だ。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!?」
私は泣きながら、身体の多くの部分を欠損した少年を揺さぶる。さっき、ベッドで泣いていた少年だ。今の私――王様になったドールの兄。つまり、――ファンタジア王国代表のオーダー=ファンタジアだ。
「許さないっ、許さない!」
側で女の子が泣いている。その口から怨嗟の声が漏れる。
「世界をよくしようとしたサファティさんを、サファシアさんを殺した――」
私は複雑な心情を抱く。後悔はしていない。実際、ファンタジア王国は人々を奴隷同然に扱っていた。だから、私たちは――
「――パトラー=オイジュスを絶対に許さない!!」
「……お兄ちゃんっ、お兄ちゃん」
ドールはもう動くことのない兄を抱きしめながら、うわごとの様に呟く。王宮最上階王座の間で、床中に飛び散った血に服を汚しながら2人の子どもは泣き続けた。
<<幻想の果てに ――12章――>>
少年は全てを失っていく。
かつていた心優しき不運の兄と自らが殺めた人による王国を目指した姉。
永遠の愛を誓い、共に人外の存在となろうとした女複製兵。
己が描いた正しきクリスタルの王国が世を統治する素晴らしき夢。
少年には、もう何も残っていない。




