第62話 もう、姉上はいない
[“新生ファンタジア王国”なる組織に支配されたファンタジア地方を開放するため、クリスター政府のクラスタは軍の派遣を決定しました]
気分まで憂鬱になりそうな灰色の空、土砂降りの雨が降る中、私は傘を差しながら建物の中腹に設けられた大型スクリーンに視線を向けていた。
[――派遣されるのは、シリカ一般将軍、フウカ一般将軍、コミット一般将軍の3名であり、総兵力は……]
スクリーンではニュースをやっていた。私も見たことがあるものだ。
私がクリスター政府を去ってから、ファンタジアの地方で再び反乱が勃発した。サファティの頃とは異なるメンバーが新しくファンタジア王国を創設した。クラスタは激怒して、すぐに90万人近くものクローン兵で構成される大軍をファンタジア地方に送り込んだ。
画面でやっているニュースは、それを伝えるものだった。
「兄上は、あの人は一心に人々のことを思っていた。なのに、他のファンタジア一族はそうでもないみたいだな」
「……だからお前は甘いんだ」
隣で傘をさす女が鋭い言葉を向ける。
「あの日、世界の平和を目指したサファティさんたちは、パトラー=オイジュスに殺された。私たちの兄をも殺したあの女は、クラスタと共にクリスター政府を創設した。そんな世界は、ファンタジアにとってあってはならない」
「僕の目には、サファティは自分の世界を創りたかっただけのように見えるよ。姉上、そんなことも分からないのか?」
「サファティさんがそんなことするワケない。あの人は人の使い方をよく知っているだけだ。人間、ゆとりができると余計なことを始める。人間は、生きるか死ぬかぐらいがちょうどいいんだ。何も考えず、上に逆らわず、一生懸命自分の生死だけを考える。そうすれば、社会は安定する」
傘を差した女――ドールの姉は土砂降りの雨が降り付ける街を進み始める。私は彼女の後ろをついていく。別についていきたいワケじゃない。体が勝手に動くだけだ。この記憶はドールのものだからだろう。
「でも、――」
「…………?」
「――アイツらが死ぬのは構わないな」
「新生ファンタジアのこと?」
「そう。連中に崇高な理念はない。クリスター政府を許せない。それぐらいだ。しかも、クリスター政府が全盛期の時は恐くて何も出来ないのに、クリスター政府クラスタ執行部が混乱状態になって、ようやく立ち上がる有様。ああいうのは、一族の恥でしかない」
「…………。……僕たちは人間だよ」
「違う。私たちは古来より統治を任されてきた伝統ある――」
私は暗雲に包まれた空を仰ぐ。隣でドールの姉がファンタジア一族の素晴らしさについて語っているが、私の頭には何も残らなかった。あえて言うなら、過去のファンタジア一族は素晴らしかった、ぐらいか。
「――クラスタは狂ってるとしか言いようがない」
紅の月が昇る太古の遺構。その最上階で女は呟く。私の手にある円盤状の小型端末からはデータ・ファイルが映し出されていた。私は映し出される光のパネルに触れ、中を開く。
『【クリスター政府クラスタ政府代表、ファンタジア一族を処刑】
10月12日、ファンタジア州ファンタジア王宮にて、ファンタジア一族の処刑を断行したことが判明した。処刑時には、シリカ一般将軍、コミット一般将軍、フウカ一般将軍も同席。軍・政府内ガバナンスの機能不全が指摘されることは必定だ。
クリスター政府イースト議院は14日未明、全会一致で非難決議を可決。本日中にもウェスト議院でも同様の決議が可決される見通し。今後、議会側は執行部の即時退陣を求めるものとみられるが、クラスタ執行部が応じる見込みはない』
データ・ファイルは新聞記事だった。クラスタがファンタジア一族を皆殺しにしたことが書かれていた。私は最初、信じられなかった。あのクラスタがこんな酷いことをするはずがないと信じていた。でも、淡い希望は打ち砕かれた。
「クリスター政府はやがて壊れる。そのときこそ私たちの出番だ。邪魔なファンタジア一族が消えた今、当主の地位は私たちが継承する。正しいファンタジアによる統治が始まるんだ」
「…………。姉上……」
「…………?」
私は何の警戒もしていない女の背中を勢いよく押す。手するから身を乗り出していた姉は、幾百年もの間に脆くなっていた手すりごと遥か地上へと消えていく。
「もう、あなたには付いていけない。僕は、疲れたよっ……」
私は泣きながら柱に背中を押し付け、自らの身体の支えにする。そのまま、崩れるかのようにして座り込む。そして、円盤状の小型端末から映し出されるスクリーンに手を触れる。しばらくすると、通信を始め、どこかの映像が表示される。
「僕だよ、――ヒライルーさん」
[あら、ドール=ファンタジアじゃない。……私からの条件は満たしたのかしら?]
「……もう、姉上はいない。僕は独りぼっちだ」
[ふふっ、ならいいわ。これで売買契約は成立ね。たくさんのクローンに囲まれて、心ゆくまで楽しみなさい]
「ありがとう……」
小型端末から発せられる映像が消える。私は泣きながら自らが殺した女の名を口ずさむ。――サクリファイス=ファンタジアは死んだ。これでドール=ファンタジアはひとりになった。そのとき、彼は独り言を呟いた。
「姉上、どうして信じてくれなかったの……? ――女神の力を使えば、ファンタジアの世界を再生させられるし、人間をみんな幸せにすることが出来るのに」
少年の口から発せられた言葉は、もやは正気と言えるものじゃなかった。結局、彼も過激なファンタジア一族でしかなかった――。
<<幻想の果てに ――13章――>>
ああ、また君は僕から全てを奪うのか。
ああ、僕は歪なる商人の商売道具でしかなかったのか。
ああ、幾度となく夢見たクリスタルの王国は永遠に失われるのか。
少年は絶望の涙を流しながら、女侵略者を道連れにしようとする。
その涙に、女侵略者は少年の想いを胸に刻む。




