第60話 コマンダー・シュニー少将
崩れ落ちたサキュバス城の上層。無数の瓦礫の中で、不意にあの女の姿が飛び込んでくる。私たちを追いつめたと勘違いし、そのまま去って行ったクローン将軍だ。
「お前、生きていたのか」
「…………!」
私はとっさに抜いたバスターソードで女の剣を防ぐ。同時に私の身体は床に叩き付けられ、クローンは着地する。一方、パトラーたちは更に下へと落ちていく。
「やれやれ、やはりあの女、何か企んでいたようだな」
「グレイシア、お前知っていたんだろう。バラスのこと」
「私たちの前で少年の相手をしていた全裸女がバラスであることはすぐに気づいた。だが、企みの方は知らんな。ヒライルー前総帥からは任務を放棄した女だと聞いている。……企みについて、教えてもらおうか」
「…………」
どうやらバラスがヒライルーの命令を受けてこのファンタジア遺跡に来ていたことは知らないらしい。彼女の任務はビリオン=レナトゥスの総帥から受けた極秘任務だったのだろう。
私は刀で押し切ろうとしているグレイシアの腹を蹴り、彼女を空中に打ち上げる。……どうやら、適材適所という感じらしいな。お前の相手は私じゃない!
「逃げ足だけは一流ですかいな!」
「…………!」
グレイシアは空中で背後を振り向き、笠をかぶったクローン――ティルヴィングの刀を防ぐ。力に押され、グレイシアは渡り廊下に落ちていた瓦礫に叩き込まれる。
「チッ……」
下唇を軽く噛むグレイシアがむくりと起き上がる。ティルヴィングはヴァルハラ帝国随一の剣士。彼女は神聖レナトゥスの将軍は押されているらしいな。
「ティルヴィング、ここは任せた」
「承知……」
私は渡り廊下からサキュバス城下層に向かって身を投げる。複雑に入り組む渡り廊下を避けるようにして真っ逆さまに下りていく。
「…………!」
私はパトラーたちのいるサキュバス城の最下層に降り立つ。すぐにバスターソードを抜き取り、身構える。私たちの目先――崩れたサキュバス城の玄関口から大型の軍用兵器が姿を現していた。
「……あいつは――」
数十体もの神聖衛士メシェディに守られるようにして立ってるのは、より大柄な体を持つ人間型軍用兵器だ。腕が6本もある神聖レナトゥスの軍用兵器。黒いマントが風になびいている。
[実験体ドール・バラスを確認。作戦妨害体を予測。排除を申請]
「許可する。――神聖騎士オーディン、ヤツらを殺し、実験体ドール・バラスを回収せよ」
大型機械――神聖騎士オーディンの側に控えるクローンが私たちに視線を向けたまま命令を下す。そんな彼女に、中柄の人間型軍用兵器が歩み寄り、音声を発する。
[コマンダー・シュニー少将、作戦対象外です。コマンダー・グレイシア将軍の救出を――]
「…………」
シュニーとやらは無言でハンドガンを取り出し、引き金を引く。赤色の魔方陣が現れ、数発の氷撃弾が提案した軍用兵器を撃ち凍らせる。
「命令だ。実験体ドール・バラスを回収しろ」
[イエッサー]
[承諾しかねる。あなたの命令は作戦コードDO1238の対象外。神聖レナトゥス執行部に問い合わせを提案する]
「…………」
一部の神聖衛士メシェディがシュニーにアサルトライフルの銃口を向ける。当の本人は想定内なのか涼しい顔で立っている。
「こ、これは仲間割れ!?」
「どういうことじゃ、まるで機械に自我があるかのようじゃな……」
私は同士討ち寸前の神聖レナトゥス軍を目の前にしながら、そっと後ろを確認する。怯えた表情のクローンたち。床中に転がった瓦礫に半分埋まっているドールだった存在。意識がないのか指一本動かさない。
「やれやれ、これだから知能アップグレードには反対だったんだ。これじゃ人間を創設しているのと大差ない。素直じゃない子は嫌いだ」
シュニーは指を鳴らす。すると、彼女の身体はふわりと空に浮かび上がり、そこで氷の球体に包まれていく。中が見えなくなっていく。アレはシールドの一種か……?
「――命令だ。私の指示に従えない破壊を破壊しろ」
[イエッサー]
[反対。異なる意見の一方的排除は組織に悪影響を――]
どこからか銃弾が飛び、1体の神聖衛士メシェディを撃ち壊す。それが引き金となり、一斉に神聖衛士メシェディたちはお互いを撃ち始める。同士討ちが始まった。
「お、お前っ――」
「…………?」
ネーヴェが氷の塊に向かって声を上げる。
「――その命令はヒライルーの下した命令じゃないのか!?」
「…………。否定しない」
「も、もうビリオン=レナトゥスは滅んだハズだ! ヒライルーだってもう生きてるかどうか分からない。それなのに、まだ命令を遂行しようだなんて――」
ネーヴェの言葉でようやく私は気づいた。そう、ドールを実験台にするように命令したのはビリオン=レナトゥスのヒライルーだ。神聖レナトゥスじゃない。そのビリオン=レナトゥスは、ローリングのクーデターによってすでに崩壊している。ヒライルーは死んだと聞いている。
「……私が死人の任務に囚われていると?」
「グレイシアさえいなくなれば、私たちは自由になれるんだ! 今は共にあの人斬りを倒すべきじゃないのか!?」
「…………。グレイシアはあのクーデターでローリングに加担した裏切者。殺処分するように命令を受けている」
…………!? 今、シュニーの言葉が頭に引っかかった。
「お前、どうしてそんなにヒライルーの味方するんだっ……! あの女は私たちを奴隷のごとく扱っていたヤツだぞ!」
「…………」
氷が砕ける。白い空気を纏ったシュニーが地面に降り立つ。ちょうど、ネーヴェと相対するする位置だ。彼女の手に握られていたハンドガンが地面に転がり、腰に装備していた剣を抜く。
「ネーヴェ、君を殺さなきゃいけないこと残念だ。裏切りは許されない」
「どうしてっ、そこまで……」
ネーヴェもハンドガンを手から離し、腰に装備していた剣を手に取る。その刃に赤い円状の魔方陣が纏われ、白い霧が立ち込める。
2人の間に何があったのかは分からない。ただいえることは、ネーヴェとシュニーは共にビリオン=レナトゥスのクローンだった。前者は組織のリーダーを嫌い、後者は好いている。それがこの戦いの原因なんだろう……。
<<幻想の果てに ――11章――>>
少年は絶望に打ちひしがれる。
奇しくも、少年の前には、かつてクリスタルの王国を侵略した女侵略者の片割れがいた。
もう1人の女侵略者に敗れ、姿を消していた女だった。
パートナーとなった女は実験で命を失い、すでに亡い。
歪なる商人は、実験の記録を受け取り、更なる力を求めて研究を進める。
舞い戻った女侵略者は、少年に憐れみを感じながら、彼の命に狙いを定める。




