第8話 上書きの夏休み④
「考えてみたんだけど、私、結構Mかも」
いつものように上書きデートの最後に寄ったラブホ。
陽菜が服を着ながら唐突に言った。
「それを今さら気づいたの?」
「えっ!? そうだったの!?」
「だって陽菜、メイドコスプレする時とか、主従プレイする時とか、ペットプレイする時あんなに楽しそうだったから。誰が見ても陽菜はMだなって思うよ?」
それも、ちょっと小悪魔っぽいことして、ムキになった俺に一瞬で逆転されるのを一番喜んでるし。
……まあ、俺も大満足してるから、思ったより俺もSっ気があるってことだろうけど。
「そういえば陽菜も案外過激なプレイ提案してくるよな。どこで覚えたの?」
「女の子だってそれなりにエッチなのは好きなの。少女漫画だって過激なの多いし」
「陽菜も少女漫画読むの?」
「失礼ね! もちろん本棚には少年漫画の方が多いけど、見ると言えば見るの!!」
ふん、と陽菜が顔をぷいっと背けた。
これは拗ねたふりだ。
まだ陽菜が本当に怒っている姿を見たことはないが、本気で怒ったら多分1年の1学期の時の姿に近いんだろう。
だから俺もふざけて後ろから抱きしめ、軽く頬にキスをした。
「ごめんごめん。なんとなく陽菜は汗臭いスポーツ漫画が好きそうなイメージで」
「私がバレー部だから!? 偏見ひどくない!? でも間違ってないから悔しい!! 一番好きな漫画もバレーボールのだし!!」
おっと、機嫌を取るつもりが、つい拗ねたふりを加速させてしまった。
「俺が悪かったよ。何してくれたら機嫌直してくれる?」
「う~ん、あ! 私、あれやってみたい」
「あれ?」
陽菜がにやっと笑いながら、くるりと180度振り返った。
さすが運動部、動作がきれいだ。
「朝帰り!」
「……え?」
今までは、暗くなりすぎる前に陽菜を家まで送るようにしていた。
外泊したことはない。
「でもここの宿泊費出すにはお金がちょっと足りなくて。だから大輝の家で一緒に寝たい!」
昼間のデート代は俺が全額負担する代わりに、ラブホ代は陽菜が出している。
ラブホ代も俺が払うと言ったが、そんな不公平なことはしたくないと陽菜が言い張ったのだ。
「単に俺の家で寝たくてお金を言い訳にしてるんじゃないの?」
「ええ? ち、違うし? 絶対に、大輝の匂いがついた布団を被って、大輝を抱き枕にして寝たいとか思ってないし?」
「この変態!」
「もっと罵って!」
「……今のはマジで変態っぽかったぞ」
俺と陽菜は同時に笑った。
恋人だからこそ許される冗談が、あまりにも心地よい。
比べるのも何だけど、琴音と付き合っていた時とは比べ物にならない幸福感だ。
「そう言わずにさ、旦那。あたしと取引しようや?」
「なんで急に西部劇トーン」
「朝、気持ちよく起こしてあげるから」
「……この変態!」
「嫌?」
「嬉しいに決まってるだろ」
取引成立だった。
◇
俺の家に入る前、陽菜があらかじめ自分の家に連絡を入れた。
当然と言えば当然だが、彼氏の家ではなく友達の家だと言い繕った。
「美咲姉は多分、私が誰の家にいるか分かってるだろうけど」
「美咲姉?」
「世界史の本城先生いるじゃん。従姉妹なの」
「あ~ バレー部の顧問もやってる、あの?」
「うん。大輝に告白しろって背中押してくれたのも美咲姉なんだ。今私たちの関係を正確に知ってるのは美咲姉だけだと思うよ?」
ということは、本城先生が陽菜に二番目の彼女を俺に提案しろと助言したのか。
……ただの平凡な先生だと思っていたが、かなりの危険人物なのかもしれない。
俺の中で本城先生を警戒すべき対象として再設定した。
「ちょっとコンビニにでも寄って夜食でも買っていく?」
マンションに着くと、すぐ向かいにあるコンビニを陽菜が指差した。
確かに俺も少し小腹が空いていた。
俺も陽菜もすぐ寝るつもりはなさそうだし、夜食は必要そうだった。
「それなら、俺が作るよ」
「え? 大輝、料理できるの?」
「いやまあ、そんな上手くはないよ。簡単なものだけできる程度?」
家に入り、簡単にパスタを作って陽菜に出した。
一人で食べるわけじゃないから、盛り付けにも気を使って。
陽菜がパスタの乗った皿を見て目をパチクリさせた。
「す、すごい……!」
「別に難しくないよ。市販のソースに俺の好みに合わせてアレンジを少し加えて、茹でた麺を入れただけだから」
「それもできない私は一体……。しかもめっちゃ美味しい!」
晩御飯も結構食べたのに、陽菜はあっという間にパスタの皿を空にした。
やっぱり運動部だから新陳代謝が普通の人より活発なのかな?
……ベッドの上でも体力半端ないし。
「うう~む! 女子力で負けてらんない! 私もちゃんと料理覚えるからね!!」
「いやまあ、今の世の中、料理に男も女もないだろ」
「そうだけど! 悔しい! 女として悔しいの!! 絶対に大輝に『いいお嫁さんになりそうだね~』って言わせてやるんだから!」
俺に何言わせようとしてるんだよ。
呆れてつい笑ってしまった。
まあ、それだけ陽菜もそれなりに、彼氏に手料理を食べさせて褒められるというロマンがあったのかもしれない。
「でも今でも十分、陽菜はいいお嫁さんになりそうだけど」
「え?」
「必ずしも奥さんの手料理を食べないと幸せな結婚生活にならないわけじゃないだろ? 可愛いし、優しいし、俺に合わせてくれるし……。すでに陽菜はお嫁さんとして最高だと思うけど」
特に他意はなく、思ったことをそのまま口にした。
すると陽菜は手をもじもじさせながら、顔全体を赤く染めた。
「だ、大輝! そんなにエッチに誘わないで!」
「俺がいつ!?」
「えいっ、これは全部大輝がエッチだからいけないんだから!!」
陽菜が俺にキスをしながら、俺の両手首を掴んだ。
さっき俺が作ったパスタソースの味が、舌を通じて伝わってきた。
「罰として明日も私とデートだからね!」
「バレー部の練習は?」
「明日は休み。だから明日も上書きデートしよう」
「ところで陽菜、夏休みの宿題はちょこちょこやってる?」
「……その口閉じて!」
言わせないと言わんばかりに、俺の口を陽菜が口で塞いだ。
まあ、どうにかして夏休みが終わる前に終わらせればいいか。
それより今は上書きデートに集中した方がいいだろう。
一緒に溜め込んだ夏休みの宿題をやるのも、ある意味高校生らしいデートと言える気もするし。
陽菜が唇を離して聞いた。
「明日はどこ行くの?」
「うーん……」
もうそろそろ琴音としたデートのネタも尽きかけていた。
——いや、あと一つだけ残っていた。
琴音とのデートの中で最も失敗した、あのデートが。
「東京、行く?」
「東京?」
「うん」
琴音にも俺についてもう少し知ってほしいという思いでしたデート。
そして二度としないと深く後悔したデート。
「俺が、見捨てられた街」




