第6話 上書きの夏休み②
陽菜と映画館でハリウッドのアクション映画を観た。
それだけじゃない。
本当にラブホで、エッチなお姉さんが出てくる映画まで観た。
エッチなお姉さんの真似をして――そんな少し無謀なチャレンジを、陽菜がしてくれた。
……まあ、最高に気持ちよかったけど。
(なんだか、どんどん堕ちていくような感じが……)
陽菜には好きな漫画や映画、推しキャラだけでなく、あっち系の動画の趣味まで全部知られてしまった。
気持ち悪いなんて言わず、むしろ俺のことを少しでも詳しく知れて嬉しいと言ってくれたのだが――自分の情報がすべて筒抜けだと思うと、少しゾッとする。
(まあ、本当に大事なことはバレていないみたいだけど……)
今日も陽菜との上書きデートの日。
いつも通り駅前で待ち合わせた。
俺の姿を見つけるなり、子犬のように駆け寄ってきて、思い切り抱きついた。
これも今では日常になっている。
「今日もカッコいいね、大輝!」
「陽菜も可愛いよ」
「へへっ」
周りの視線など意に介さず、陽菜は抱きついたまま離れようとしない。
ヘアセットやファッションだけでなく、メイクの腕もどんどん上がって、彼女はさらに綺麗になっていく。
それに比例するかのように、通りすがりの男たちからのナンパも増えた。
「私、ちょっとお金が足りなくなっちゃったから、今日はラブホじゃなくて大輝の家でしてもいい?」
「おい、ちょっと。そんな話をこんな真昼間から……」
「いいじゃん、別に!」
陽菜が再び爪先立ちになって、耳元で囁いた。
「代わりに今夜は大輝専用のメイドさんとして、たっぷりご奉仕してあげる。それとも、今からしちゃう?ご主人様?」
「……だから、そういう話、人前でするなってば」
クスクスと、顔を赤くする俺を見て陽菜が笑った。
案外、陽菜には小悪魔的な一面もあるようだ。
いざベッドの上ではMに近いんだけど。
(それにしても、メイド服か……)
目の前の陽菜に、想像の中で着せてみる。
あまりの破壊力に、すぐにも反応してしまいそうで――慌てて脳内から消し去った。
今夜のお楽しみにとっておこう。
抱擁を解いた陽菜が俺の腕に絡みつき、尋ねてきた。
「今日はスポーツ観戦だっけ?」
「まあ、スポーツと言えばそうなんだけど……。同じクラスに佐々木っていうサッカー部の奴がいるんだ。確か、あいつが主将だったかな」
「あ、名前は聞いたことあるかも」
「あいつにサッカー部の試合を見に来いって誘われて、琴音と一緒に行ったんだ。陽菜はその時、バレー部の練習があるからって来られなかったけど」
「あ、そうだったね」
琴音があのサッカー観戦をデートだと思っていたかは分からない。
けれど、少なくとも俺にとってはデートだった。
だからこそ、陽菜との上書きデートの対象に選んだ。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
陽菜が絡めた腕をぐっと引き寄せ、ぴったりと身を寄せてきた。
……絶対にこれ、わざとだよな。
◇
地元のサッカースタジアムに到着し、陽菜と並んで席に座った。
何かの試合が行われているが、正直何の大会かはよく分からない。
高校の試合だということは分かるが、どちらも俺たちの学校ではない。
「琴音とここでイチャイチャしたの?」
「……全然。日差しが暑いって文句言ってたよ。だから俺も、琴音が余計に暑く感じないように、今みたいに隣に座らず、あえて一席空けて座ってたんだ」
「ふーん……」
佐々木の誘いに乗らなければよかった――その時はそう思った。
別に、佐々木が悪いわけじゃないんだけどな。
「でも、それだけじゃないんでしょ? それだけなら、大輝がそんなに暗い顔するはずないもん」
「えっ? 顔に出てた?」
「うん。琴音と何かあったの?」
人によっては、大したことじゃないと言うかもしれない。
いや、むしろ俺の器が小さいだけなのだろう。
だけど俺は、あの時、平気なふりをするので精一杯だった。
「まあ、なんていうか……。琴音が他校の選手を見て、カッコいいとか上手いとか褒めてたんだよ」
彼女である琴音から、お世辞でもカッコいいとか運動ができるなんて言われたこともないのに。
琴音にだって、俺を貶める意図はなかったはずだ。
ただ器の小さい俺が、面識もない他校の男子に勝手に嫉妬しただけだった。
「その他校の選手って、どんな感じの人だったの?」
「うーん……。こんな感じの奴」
言葉で表現しづらかったので、スマホを取り出してある俳優の名前を検索した。
その俳優にそっくりだった。
当時、会場にいた大勢の女子たちが歓声を上げていたくらいだ。
俺の見間違いではない。
「確かに、琴音が好きそうなタイプだね」
「……そうなの?」
「うん。琴音、男のルックスに関してはすごく目が肥えてるから。滅多にカッコいいなんて言わないよ。そんな琴音が、この俳優のことだけは映画やドラマで見かけるたびにカッコいいって言ってたし」
ただ俺を嫉妬させる目的で褒めたわけじゃなく、琴音は本心からその他校の男子を気に入っていたんだな。
正直、分かってはいたことだ。
だがこうして裏付けられると、言いようのない感情が渦巻く。
それと同時に、そんな自分がひどく惨めに思えた。
ちゅっ。
陽菜が俺の頬に軽くキスをした。
「大丈夫だよ。私はこの俳優さんよりも大輝の方がずっとカッコいいって思ってるもん」
「いや、流石にそれは無理があるだろ」
「ええっ!? そこでそんな反応するの!?」
思わず同時に笑みがこぼれた。
周りの人たちに奇妙な目で見られたが、俺たちは気にしなかった。
ひとしきり笑い転げると、負の感情がすべて洗い流された気がした。
「やっぱり、琴音とはちゃんと別れるよ」
「あの……私が言うことじゃないかもしれないけど、いいの?まだ琴音のことが好きでしょ?」
「そうだけど、いつまでもズルズル引きずりたくないし……。何より、陽菜に失礼だろ。一番目だの二番目だの、そういうのはやっぱり変だよ」
まだ琴音に未練がある俺のことを、陽菜は受け入れてくれている。
なら、そんな陽菜のためにも一刻も早く琴音を忘れるべきなんだ。
たとえ初恋は実らなかったとしても――
「俺、ちゃんと陽菜のことが好きだから」
陽菜が目を見開いた。
「ほ、本当に?」
「うん。この数日、真剣に考えたんだ。もし陽菜が他の男のところに行っちゃったら、って。そう思ったら、絶対に他の男に渡したくないって思った」
「大輝……!」
目に涙を浮かべながら、陽菜が満面の笑みを浮かべた。
それから俺の肩に、そっと寄り添ってきた。
「私も、大好きだよ」
「うん」
もし今、琴音が他の男と付き合うことになっても、俺はそれほどショックを受けないだろう――そう確信した。
少しは胸が痛むかもしれないが、そもそも彼女は俺を好きじゃないんだから、納得はできる。
おかしな例えだが、憧れの芸能人の熱愛報道を見た時の感覚に近いのかもしれない。
「陽菜。俺、一つ考えがあるんだ」
「どんなこと?」
「琴音を、気に入った男とくっつけてあげようと思って」
「えっ?」
琴音がフリーのまま幼馴染の陽菜と頻繁に遊ぶとなれば、俺としては立場が悪いし、感情的にも面白くない。
いっそのこと、琴音に本当の彼氏を作ってやるんだ。
「あの俳優似の他校の男子が、琴音のタイプなんだろ? その男子と琴音を引き合わせてあげようと思ってさ」




