第4話 告白の行方
罰ゲームで告白……?
手が小刻みに震えた。
じゃあ、琴音は俺のことを本気で好きだったわけじゃないのか?
「だから、付き合ってる間もずっとあんな態度だったんだな……」
涙が溢れていた。
怒る気にはなれなかった。
ただ、すべてが腑に落ちた。
「俺が空気を読めずに、嘘告を真に受けただけだったんだな……」
好きでもない男と恋人のフリをするなんて、ただ苦痛でしかなかったんだろう。
だからこそ、今日、琴音の手を軽く握ろうとしただけで拒絶された。
デートの雰囲気なんて、当然彼女にはどうでもよかったのだ。
「俺、もう振られてたんだ」
嘘告の相手にわざわざ俺を選んだのは、単に俺という存在が鬱陶しかったからだろう。
俺は自分を救ってくれた琴音に惚れた1年生の1学期から、ほぼ毎月一度は琴音に告白していた。
だから琴音は、これ以上告白を聞きたくなくて、嘘告をしてから俺を振ることにしたのだ。
「ごめんね」
本城さんは何度も謝りながら、頬を伝う涙をキスで拭ってくれた。
それでも涙は止まらなかった。
「琴音に腹が立つでしょ? 私に当たってもいいから。ううん、私に当たってよ。琴音にしたかったこと、全部私にして」
本城さんはもう一度、長く唇を重ねた。
衣擦れの音がしても、今度は止めなかった。
「俺、本当にめちゃくちゃにしてやるからな。 一度始めたら、もう絶対に止まれないぞ……」
頭がおかしくなりそうだった。
悲しみと興奮が入り混じった渦が、俺の体を飲み込んでいく。
「うん、私に全部ぶつけて」
琴音にしたかったこと。
これまで抑え込んできた、琴音の理不尽に対する怒り。
俺をただの玩具としてしか見ていなかったという、裏切られた思い。
悲恋に終わった初恋への代償を求めるように、俺は理性を捨て、そのまま一線を越えた。
◇◇
鋭いホイッスルの音が高い天井に反響し、体育館の熱気を切り裂いた。
コートのあちこちで床を蹴るスニーカーの摩擦音が、悲鳴のように響き渡っている。
「よし、休憩にしよう」
「「「はーい!」」」
部活のバレー部の練習をしていた本城陽菜が、タオルで汗を拭った。
顧問の本城美咲が陽菜に歩み寄った。
「今日、調子いいわね。もしかして悩んでたこと、うまくいったの?」
二人は従姉妹同士だ。
家も近く、陽菜が幼い頃から実の姉のように慕っている人である。
それゆえ学校でも、依怙贔屓に見えないよう気をつけてはいるが、時折陽菜の相談に美咲が乗ることもあった。
陽菜が笑いながら美咲に答えた。
「うん。詳しいことは、あっちで話してもいい?」
「いいわよ。うまくいったんだから、後でアイス奢ってね?」
「生徒に奢らせるの? この不良教師」
「都合のいい時だけ先生扱いするの、やめてくれない?」
体育館の裏手にある、人通りの少ない場所へと二人は移動した。
周囲を見回して誰もいないことを確認すると、美咲は何食わぬ顔でポケットからタバコとライターを取り出した。
「それで、藤森くんに告白したの?」
「うん。藤森くんの家でね」
「はあ〜、青春だねえ、青春」
「ありがとう、美咲姉。この前、当たって砕けろって背中を押してくれたおかげで、うまくいったよ」
美咲は陽菜が藤森大輝を好きだということに、とうの昔に気づいていた。
その上、大輝も陽菜のことを決して嫌っている様子ではなかった。
だから陽菜が相談してきた時、美咲はその後押しをしたのだ。
美咲がいたずらっぽく尋ねる。
「キスはしたの?」
「うん。告白した日に」
「えっ? そんなに早く?」
美咲は目を丸くした。
「えっ、ま、まだだよぉ!」なんて初々しい反応を期待していたのだが、全く違った。
「そ、そうなんだ……。で、どこまでいったの?」
「最後まで全部したよ。その日に」
「へえ、最後までねえ……。え、えええええーーっ!?」
火のついたタバコが、美咲の指先から力なくポトリと地面に落ちた。
今時の子はそんなに早いの?と思ったが、これはスピード違反を通り越してもはや大事故である。
「ふ、藤森くん、あんな感じなのに……肉食系だったの?」
「ううん、違うよ。私が押し切ったの。二番目の彼女になるには、これしかないと思ったから」
オムツ姿まで知っている妹分が、まさか肉食系だったとは――驚愕したのも束の間。
到底聞き捨てならない言葉が美咲の耳に突き刺さった。
「二番目の彼女……?」
「うん。藤森くん、琴音と付き合ってるから」
「え、えええええーーっ!?」
陽菜が具体的な状況を美咲に説明した。
美咲はその説明を聞けば聞くほど、体が硬直していった。
「何よ、その泥沼は……っ!!」
陽菜の背中を押した結果が、こんな惨状に繋がるなんて。
美咲は、自分が軽率に相談に乗ってしまったことを今更ながら後悔した。
◇◇
夏休みが始まってから、二週間が過ぎた。
俺はその間、琴音とは会いもせず、連絡も取らなかった。
案の定、琴音からは一度たりとも連絡がなかった。
(やっぱり恋人同士だと思い込んでいたのは、俺一人だけだったんだな……)
どうして俺はこうも鈍感なんだろう。
自分自身が恥ずかしい。
琴音だけでなく、陽菜の気持ちにも全く気づけていなかった。
(そろそろ時間だな)
クローゼットから琴音とのデート用に買っておいた夏服を取り出して着た。
おかしなところがないか何度も鏡で確認して、家を出た。
駅前に着くと、染めたばかりのような金髪を肩口まで伸ばした美少女が立っていた。
セーラーカラーのワンピースが、熱い夏風に揺れている。
「大輝!」
その美少女は俺と目が合うなり、勢いよく駆け寄ってきた。
この歩き方、この声、そして——
紛れもなく陽菜だった。
「え、髪型変えたのか?」
「うん。似合ってる?」
「ああ、すごく似合ってる」
「前よりも?」
「あ、ああ……そうだな」
前のショートポニーも悪くなかったが、こちらの方が俺の好みだ。
「よかった。大輝の推しキャラの私服と髪型を真似してみたんだ」
「え? わざわざ俺のために?」
以前、家でデートをした時のことだ。
陽菜がしつこく俺の好きな漫画やキャラを聞いてきたことがあった。
その漫画は少しエッチな内容だったので答えづらかったが、結局、陽菜の押しに負けて白状してしまった。
「うん。だって私、もっと大輝の好みの女になりたいもん。まだ髪の長さが足りないけど、時間が経てば大輝の推しキャラにそっくりになれるから楽しみにしててね!」
服も新調したばかりのようだし、髪も美容室でセットしてきたばかりに見えた。
炎天下で俺を待っていたことも、おくびにも出さない。
胸が、熱くなった。
「本城さん……じゃなくて、陽菜。ありがとう」
「そっかぁ。それじゃあ——」
陽菜が俺の胸に背中を預け、少し首をかしげるようにして頭を差し出してきた。
撫でてほしい、という合図だ。
「えへへ、大輝の手、大きくて好き」
「男にしては、そんなに大きい方じゃないと思うけどな」
「そうかなぁ? 好きな人の手だから大きく感じるのかもね」
陽菜はいつだって素直だ。
俺への好意を全く隠そうとしない。
聞いているこちらが恥ずかしくなるほど「好き」を連発する。
「さあ、行こう。上書きしに」




