第3話 告白②
本城さんの柔らかい肌の感触が、腕を通して伝わってくる。
慌てる俺を見て、本城さんがいたずらっぽく微笑む。
「私、意外と大きいでしょ?」
「な、何が?」
「知ってるくせに」
あえて意識しないように努めたが、本城さんはそれを許さないとばかりに、さらに身体を寄せてきた。
俺だって一応、健康な男子高校生だ。
当然、異性のこんな接触は、俺の鼓動を激しくさせるのに十分だった。
「私ね、好きな人ができたの」
「へ、へえ……。そうなんだ」
それなら、こんなことはその好きな相手にするべきじゃないのか?
なぜ俺にするのか、理解が追いつかなかった。
「うん。その人と出会ったのは去年だったんだけど、最初は正直、印象が良くなかったんだ。だからひどいことも言っちゃって……。でも、その人に好きな人ができちゃったみたいで。その人が好きな人は私の親友でもあるけど、手強いライバルでもあったの」
本城さんは淡々と話を続けた。
「その人が好きな人は、何でも私より上手にできた。勉強も、運動も、見た目も、ゲームでさえ…… だからね、いつの間にか私は諦めてた。何をしてもそのライバルには一生勝てないんだって。でもね、その人は好きな人に近づきたいって一生懸命努力してた。だから聞いたの。負け続けてばかりの努力は、辛くないのかって」
話を聞けば聞くほど、俺の口はあんぐりと開いていった。
本城さんは、俺の腕をさらに強く抱きしめた。
「そしたらその人は答えたんだ。『努力の理由は、勝つためじゃないから』って」
ここまで言われて、俺だって気づかないわけにはいかない。
その答えを言ったのは、まさに俺だ。
そして、本城さんはその答えを言った相手を——
「藤森くん、好き。大好き」
女の子から人生で初めて聞いた告白。
見上げてくる本城さんの瞳が、その言葉に嘘がないことを物語っていた。
「そ、それ……いつから……?」
「自覚したのは、去年レギュラーに選ばれた時。私がバレー部で浮いて、先輩たちに嫌がらせをされてたのを助けてくれた時。藤森くんが私のために頑張ってくれたのを知った時、胸がドキドキしたんだ」
本城さんは監督の裁量で、一年生ながらバレー部のレギュラーに抜擢された。
しかし先輩たちはそれを快く思わず、おまけに彼女がチームのために行った大胆な提案も、かえって火に油を注ぐ形となった。
先輩たちだけでなく一年生の間でも誤解が重なり、バレー部で孤立してしまったのだ。
「俺、あの時そんなに大したことはしてないけど……」
「そんなことない! 面識のない先輩たちに会いに行って頭を下げてお願いして、誤解を全部解いてくれたじゃない。そんなこと、誰にでもできることじゃないよ。それに何より——」
本城さんは頬を赤らめた。
「琴音じゃなくて、私のために頑張ってくれたのが嬉しかったの」
本人は琴音より劣っていると言うけれど、俺の目には本城さんだって琴音に引けを取らない美少女だ。
実際に本城さんも学校で人気が高い。
むしろ、高嶺の花の琴音より比較的男子とも気さくに接するため、男子から告白される回数は本城さんの方が多いという噂も聞く。
(本当に嬉しいんだけど……)
俺には彼女がいる。
俺は琴音が好きだ。
他の男子なら飛び上がって喜ぶはずの本城さんの告白が、今の俺には鉛のように重かった。
「本城さん、その……本当に申し訳ないんだけど——」
慎重に本城さんの気持ちを断ろうとした時。
「待って!」
本城さんはそっと、手のひらで俺の口を覆った。
「私も分かってる、藤森くんが琴音を好きなこと。それに、藤森くんを困らせるつもりもないから」
返事は聞かない——ただ、自分の気持ちを伝えるだけで満足だということなのか。
それなら問題はない。
明日からはまた、普通の友達に戻ればいいのだから。
「私ね、本当は心から二人を応援するつもりだった。好きな人が幸せになれば、それで満足するつもりだったの」
「本城さん……」
「でも、もう我慢できない。藤森くんが幸せになるどころか、傷ついてばかりじゃない!そもそも最初から間違ってたのよ、そんなの!!」
本城さんは奥歯を噛み締めながら叫んだ。
俺以上に憤っているようだった。
「だから、私が幸せにしてあげる」
「……えっ?」
「私にチャンスをちょうだい。藤森くんが私のことを好きになってくれるように頑張るから。今は私のことを琴音の代わりにしてもいいよ。私、藤森くんのためなら何だってできる。だから——」
本城さんは俺の両手を恋人繋ぎにした。
そして、吐息がかかるほどの距離まで詰め寄る。
「お願い、私を……二番目の彼女にして」
俺は自分の耳を疑った。
普段あれだけ真面目な本城さんの口から、そんな言葉が出るなんて想像もしていなかった。
「二番目の彼女……?」
「うん。まだ藤森くんは琴音のことが好きでしょ? だから、琴音と付き合ったままでもいいの。私とも付き合って」
「いや、それは流石に……」
言葉が出てこなかった。
こんな発想、今まで考えたこともなかった。
どう反応すればいいのか、見当もつかない。
二番目とは言っているが、それって要するに二股じゃないのか?
「それって結局、琴音っていう彼女がいながら浮気するってことだろ……?」
俺に嫌いな言葉があるとするなら、それは不倫、浮気、愛人だ。
両親が離婚した理由も、母親の不倫だった。
父が仕事ばかりで母を顧みなかったのも、政略結婚で最初から愛がなかったのも事実だ。
それでも、配偶者を裏切る行為を俺は納得できない。
「俺は琴音を裏切ることはできない」
「やっぱり誠実だね、藤森くんは。そういうところが好きなんだけど」
へへっ、と本城さんは笑い、俺の体に正面から腕を回してきた。
「でも、ちゃんと琴音に愛されてると思う? 違うよね? ねえ、藤森くん。ちょっと考えてみて。藤森くんに他の女の影がちらついても、琴音が嫉妬すると思う?」
「……」
俺は即答できなかった。
琴音が俺に対して独占欲を見せる姿なんて、想像すら難しい。
「大丈夫、私を信じて。全部私のせいにしてもいいよ。私が無理やり迫ったんだって」
甘い言葉が耳元で響く。
やがて本城さんの綺麗な顔が、ゆっくりと、しかし確実に視界へ近づいてくる。
俺は重なる唇を拒まなかった。
「これ、私のファーストキス」
唇を離した本城さんが、自分の唇にそっと人差し指を当てた。
俺にとっても初めてのキスだ。
本来なら琴音と交わすはずだったファーストキスを、本城さんに捧げてしまった。
「全部私が悪いんだからね、わかった?」
本城さんは再び唇を重ねてくる。
俺の首を強く両腕で抱き寄せながら。
今度の口づけは、さっきよりも長く続いた。
俺と本城さんしかいない家で交わす、深い口づけ。
背徳感さえ甘い高揚へと変わっていく。
「あ、ちゃんと私を意識してくれてる。よかった」
俺の動揺を見て取った本城さんは、嬉しそうな表情を浮かべた。
そして、着ていたクロップ丈の半袖ニットの裾に手をかけた。
(だめだ、いくらなんでもこれ以上は……!)
その仕草に、理性が少しだけ戻ってきた。
すでに一線は越えてしまった。
それでも、最後の一線だけは越えてはいけない。
本当に取り返しのつかないことになる。
そう思い、本城さんの両手首をギュッと掴んだ。
「俺、浮気だけはしたくないんだ。本当に……。別に本城さんに魅力がないとかそういうことじゃない。自分自身を許せなくなるんだ」
「ふーん……。本当はこんなの見せたくなかったんだけど、藤森くんがなかなか決心してくれないから……」
本城さんは持ってきたハンドバッグからスマホを取り出した。
そして、俺に一つの動画を見せた。
「実はね、藤森くんが傷つくと思って、ずっと黙ってたんだけど……」
動画の場所は校舎の裏だった。
映っているのは、俺と琴音。
そう。
琴音が俺に告白する場面が、撮られていた。
「琴音は、罰ゲームで藤森くんに告白したのよ」




