第2話 告白①
その後、デートがどう進んだのかは覚えていない。
計画通り食事をし、雰囲気の良いカフェにも行ったが、心ここにあらずだった。
琴音を送り届けた後、家へと戻った。
何もする気が起きず、ベッドに倒れ込んだ。
(やっぱり俺なんかじゃ無理なのかな……)
琴音が学力のない男は嫌いだと言えば、学年10位以内に入った。
琴音がスポーツのできない男は嫌いだと言えば、陸上部からスカウトされるまでになった。
琴音が楽器一つ弾けない男は嫌いだと言えば、小さなピアノコンクールで入賞した。
琴音がオシャレに無頓着な男は嫌いだと言えば、プロのデザイナーに褒められるほど勉強した。
けれど、そのどれもが彼女の心に届くことはなかった。
(俺、やっぱり嫌われちゃったんだろうな)
琴音を好きになったのは、1年生の1学期。
そして2年生の1学期、付き合えることになった時、ようやく努力が報われたと思った。
だが、現実は想像以上に残酷だ。
プルルル、とベッドの上で悶々としている時にスマホの着信音が鳴った。
涙で霞む視界の中、着信画面に目を向ける。
――本城陽菜。
琴音の幼馴染だ。
今日のデートのために、俺と一緒に知恵を絞ってくれた。
(本城さんにも謝らないとな……)
電話に出ると、明るい声が飛び込んできた。
「今、家でしょ? どうだった、デート!?」
幼馴染の恋路が気になって仕方ないといった様子だ。
だが、俺には景気のいい報告なんてできそうにない。
「あんなに考えてくれたのに、ごめん……」
俺に言えるのは謝罪の言葉だけだった。
突然の謝罪に本城さんは困惑したように「え?」と問い返した。
「どうしたの? 手を繋ぐの、失敗しちゃった……?」
「……それもあるけど、手を繋ぐ以前の問題だったんだ」
具体的に今日あった出来事を説明した。
会って早々、説教を食らったこと。
そして決定的なのは、手を繋ごうとした時に琴音が見せた態度と表情。
「琴音は本当に俺のことが好きなんだろうか……?」
付き合う前と何も変わっていない。
いや、むしろもっと高圧的になった気さえする。
本当に俺たちは付き合っているのかと、疑ってしまうほどだった。
「それとも俺、付き合ってから何か悪いことでもしたのかな……」
いつの間にか、熱い涙が頬を伝っていた。
電話越しに悟られないよう袖で拭ったが、鼻をすする音が漏れてしまう。
「……ない」
本城さんの声が小さく聞こえた。
「え、何?」と聞き返すと、本城さんは即座に答えた。
「そんなことない――!!」
一瞬、鼓膜が震えるほどの大きな声だった。
これほど強く否定されるとは思わず、俺は目を丸くした。
「私、決めた」
「え? 何を?」
「今、家に一人でしょ?」
「まあ、俺はいつも一人だけど」
質問の意図が読めなかった。
本城さんの声には、怒りが混じっているようにも感じられた。
「私、今から藤森くんの家に行くから」
◇
俺の彼女——島崎琴音の幼馴染、本城さんが訪ねてきたのは、電話を終えてから一時間後のことだった。
「相変わらず藤森くんの家、すごく広いねー」
本城さんが家の中を見回そうと首を動かすたび、短く結い上げたポニーテールが子犬の尻尾みたいに元気に揺れて、うなじを涼しげに覗かせる。
体にぴったりフィットした爽やかなクロップ丈の半袖ニットとハイウエストのミニスカートが、本城さんの健康的な肢体を生き生きと引き立てている。
(琴音に負けないくらいの美少女だよな、本城さんも)
本城さんの好みに合わせて、少しぬるめのコーヒーと、割るための牛乳をテーブルの上に置いた。
そして、俺も本城さんの向かい側に座った。
「それで、急にどうしたんだ?」
電話で俺の愚痴と謝罪を聞いたかと思えば、いきなり家まで来た真意が掴めない。
いや、正確には——俺一人しかいない家に、女の子が訪ねてくる無防備さが、だ。
(……俺のこと、これっぽっちも男として意識していないということか)
まあ、そうだとしても不思議ではない。
今でこそ俺と琴音の仲を応援してくれる本城さんだが、初めて会った頃は琴音以上に冷たかった。
今でも本城さんの、一年生の一学期の時の言葉は覚えている。
——どうしてこんな負け犬を、琴音が気にかけてるの?
俺は中学まで、東京で名門と呼ばれる、正確には小中高一貫のセレブ校に通っていた。
中三の時に両親が離婚して一人暮らしをすることになり、東京から離れたこの場所の、普通の高校に入学した。
以前のお金持ち学校の雰囲気しか知らなかった俺は、今の一般的な高校の空気をうまく読むことができず、今思えばおかしな言動を繰り返していた。
だから新しい友達ができるどころか、いじめの寸前までいっていた。
そんな俺を救ってくれたのが琴音。
そして、なぜ俺を救おうとするのか理解できなかったのが本城さんだった。
「そこにいないで、こっちに来て」
本城さんは自分の隣をポンポンと叩きながら、微笑みを浮かべた。
一年生の一学期の頃とは百八十度違う、柔らかな表情。
なぜわざわざ隣に座れと言うのか分からなかったが、とりあえず言われるがままにした。
すると、本城さんはコーヒーカップを持ち上げ、一口飲んだ。
「今日は牛乳入れないのか? ブラックは苦手じゃなかったっけ?」
「今日はブラックを飲みたい気分なの! ……でも、苦〜い」
「なんだよその気分。変なところで意地を張らないで牛乳入れろよ」
俺の言葉にもかかわらず、本城さんは首を横に振り、そのままブラックでコーヒーを飲み続けた。
「ううん、今は……ちょっと意地を張らなきゃいけない時だと思うから」
「なんだよ、それ」
いつもの冗談かと思ったが、表情を見ると限りなく真剣だ。
本城さんは一年生の頃からレギュラーに選ばれるほどバレー部の圧倒的な存在だったが、今の表情は、まるで大事な試合を控えた時のようだった。
「あのね、藤森くん」
「うん?」
「……ごめんね」
本城さんはうつむいた。
今日のデートに失敗したことに、責任を感じているのだろうか。
「いや、むしろ俺が謝らなきゃ。本城さんは一生懸命デートの計画を立ててくれたのに、俺が台無しにしちゃったんだから」
本城さんは俺と琴音がうまくいくように努力してくれた。
本城さんには、何一つ落ち度はなかった。
けれど、本城さんは首を横に振った。
「デートのことだけじゃなくて……私、一年生の時にひどいことをたくさん言ったよね? ずっとタイミングが掴めなくて——ううん、これも言い訳だね。私に勇気がなかったから。ごめんね」
本城さんの目元が、いつの間にか潤んでいる。
あの時、本城さんが言った言葉は今でも時々頭をよぎって胸を刺すが、時間が解決してくれると信じていた。
表現こそ過激だったけど、間違ったことは言っていなかったし。
(正直、もう過ぎたことだと思ってたんだけど……)
本城さんが今さら、それを持ち出すとは思わなかった。
根はかなり繊細な方だから、ずっと気に病んでいたんだろう。
俺は少し笑って言った。
「大丈夫だよ、もう全然気にしてないから。むしろあの時厳しく言ってくれたおかげで、目が覚めたところもあるし」
本城さんが顔を上げて、俺の顔を見つめた。
「……やっぱり藤森くんは優しいね」
「別にそんなことは—— ほ、本城さん?」
俺が言い終わる前に、本城さんが突然俺の腕を自分の胸に抱き寄せた。




