第1話 初めての彼女
高校2年生の1学期。
俺に初めての彼女ができた。
それも、学校で高嶺の花と謳われる美少女だ。
(しかも、告白されるなんて)
突然、校舎の裏に呼び出された時は、夢にも思わなかった。
まさか、俺がずっと憧れていた彼女が、俺のことを好きでいてくれたなんて。
俺たちが両想いだったなんて……。
「よし、今日こそ手を繋ごう……!」
俺はぐっと拳を握り締め、今日のデートの目的を心の中で繰り返した。
もうすぐ夏休み。
2年生の1学期頭から付き合い始めたんだ、手を繋ぐくらいは挑戦してもいいはずだ。
(今日のためにアドバイスも貰ったしな)
いつも彼女の隣にいる幼馴染と一緒に、デートプランを練った。
その幼馴染は琴音の好みを完全に把握していると自負しているだけに、絶対に失敗しないと太鼓判を押してくれた。
もしかして、俺は彼女と釣り合わないんじゃないか……。
そうやって落ち込むたびに、俺の背中を押してくれたのが、その幼馴染だった。
(そろそろ来る頃だよな……)
腕時計を確認しながら、待ち合わせ場所である駅前に立っていた。
俺はいつも30分前には到着しているが、彼女が姿を現すのは決まって5分前だ。
たった一度だけ、電車が急に遅延してしまい、やむを得ず3分ほど遅刻したことがあった。
何度も頭を下げて謝ったが、彼女は怒りの籠もった瞳で俺を射抜いた。
――藤森くんがお願いしてきたから大切な時間を使って来てあげたのに、遅刻? 私、こういう基本的なことすらまともにできない男なんて大嫌い
それ以来、何が何でも彼女より先に待ち合わせ場所に到着するようにしている。
逆に、俺は彼女の遅刻に対して一切文句を言えない。
何の連絡もないまま、彼女に二時間以上待ちぼうけを食らわされたことさえあった。
(告白されたからって、調子に乗っちゃいけないからな)
きっと、彼女の気持ちよりも俺の気持ちの方がずっと大きいんだろう。
恋愛は先に惚れた方の負け、だったか。
その言葉の真意を身に染みて理解させられた。
「あ、琴音!」
誰かを探すように辺りを見渡す、黒髪ロングの少女を見つけた。
俺はすぐにその少女の元へ駆け寄り、笑みを浮かべた。
「今日もすごく可愛いね」
首を動かすたびに軽やかに揺れ、見る者の視線を奪う、腰まで届きそうな艶やかなストレートの黒髪。
鎖骨を大胆に見せた白い薄手のオフショルダーワンピースが、透き通るような白い肌をより一層引き立てている。
道行く男たちが、皆、彼女に視線を送っている。
そうだ、この美少女こそが俺の彼女――島崎琴音だ。
「……相変わらず語彙力がないわね。そんなありきたりな言葉で私が喜ぶとでも? 大きな勘違いよ」
「ご、ごめん。でも、本当に可愛くて似合ってると思ったから……」
琴音が溜息をつき、首を振った。
どうやら、既に彼女の中で減点されてしまったらしい。
続いて、彼女はスキャンするかのように俺に視線を固定すると、頭のてっぺんから足の先まで品定めするように眺めた。
今日、家を出る前に琴音の幼馴染にチェックして貰っただけに、身なりについては自信がある。
少なくともマイナス要素はないはずだ。
「今日も相変わらず地味ね。褒める要素が1ミリも見当たらないわ。藤森くんじゃなくて村人くんに改名したら?」
「は、はは……」
俺は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
どんな服を着ても、琴音の評価は芳しくない。
こうなると、服ではなく俺そのものが問題なのだろう。
泣き出したい気持ちを胸にしまい込み、デートを開始した。
「それで、今日はどこへ行くの? 私に事前に教えなかったくらいなんだから、それなりの場所なんでしょうね?」
「もちろん! 今日は植物園に――」
「はぁ?」
琴音が露骨に眉をひそめた。
「この暑さの中で植物園? それともエアコンの効いた室内なの?」
「あ、いや、屋外の植物園なんだけど……」
「正気? 何を考えてそんな場所選んだの? 嫌がらせのつもり? それとも、どうしても私に汗をかかせたい変態なわけ?」
「ち、違うよ! そんなんじゃ断じて! そ、その、俺は琴音が花とか好きだと思って……」
俺の声は尻すぼみになっていった。
どうしよう、このまま帰られてしまうのではないか。
不安がこみ上げてくる。
「ごめん、そこまで考えが及ばなかった……。今からでも別の場所にする?」
呆れたように、琴音が長い溜息を吐き出した。
デートのはずなのに、笑い声ではなく溜息ばかりが重なる。
自分という男はデート一つまともに成功させられないのかと、情けなさが込み上げてきた。
「……もういいわ。他もどうせ碌でもない場所でしょうし」
重苦しい空気の中、予定通り植物園へと向かった。
なんとか会話を繋ぎながら、彼女の機嫌を取ろうと努力した。
決して笑ってくれることはなかったが、怒りは引いたようだった。
「悪くないわね」
植物園に到着し、琴音が花々を眺める。
盛りを過ぎた紫陽花と、日差しを浴びて咲き誇るハイビスカスが園内を彩っていた。
本当に花が好きらしく、時折スマホで写真を撮っていた。
俺は植物園の奥を指差しながら言った。
「あっちにもあるみたいだよ」
返事も頷きもない。
けれど、俺の指し示した方向へ琴音が歩き始めた。
ここからは長い遊歩道が続いていた。
楽しそうに会話しながら歩くカップルたちの姿が目に入る。
その八割は手を繋いでいたり、腕を組んでいたりしていた。
(計画通り、ここで俺たちも手を……)
勇気を出せ、藤森大輝!
唾を飲み込み、空いている琴音の手に向かって、そっと腕を伸ばす。
手の甲と手の甲が触れ合った。
太陽よりも熱く感じられる。
(このまま、このまま……!)
期待に胸を膨らませながら、慎重に指を動かして琴音の手のひらに触れた。
あとは彼女も手に力を込めてくれれば、今日のデートの目的は達成される。
壊れたのではないかと思うほど、心臓が激しく鼓動している。
唇が乾ききっていくようだ。
琴音も同じ気持ちでいてくれているだろうか。
俺のことを好きでいてくれる彼女なら——
「っ……!!」
だが、俺の期待は無残にも打ち砕かれた。
琴音はまるで汚物に触れたかのように、素早く手を引いて胸元に隠した。
思わず足が止まった。
そして、彼女の顔を凝視した。
(どうして……?)
その表情に浮かんでいるのは――軽蔑と、蔑み。
整った顔が、深い不快感に歪んだ。
この場にいるどのカップルも見せないような表情を、琴音は浮かべている。
「……ごめん」
俺は溢れ出しそうな涙を、辛うじて堪えきった。




