↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘告してきた名家の令嬢を振ったら後悔で壊れ果て、俺を狙っていた親友と共に二人揃って迫ってくる  作者: おなきく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/36

第32話 決別の新学期⑤

「説明してください。『二番目の彼女』って、どういう意味ですか?」


 昼休みの相談室。

 美咲(みさき)琴音ことねの問いに即答することができなかった。


(いつかこうなるとは思ってたけど……)


 自身の失言が引き金になったのは確かだ。

 だが、これは遅かれ早かれ露見するはずの事実でもあった。

 いつまでも隠し通せる話ではない。

 それに陽菜(ひな)は実の妹のような従妹だが、琴音もまた同じくらい大切に思っている。

 何より、二人とも教師として平等に接すべき生徒だ。


「一応言っておきますけど、美咲さんを恨むつもりはありません。これはあくまで私たち三人の問題ですから。美咲さんは……巻き込まれただけですよね」


 琴音が深く頭を下げて、言葉を継いだ。


「それでも、教えてください。私、当事者なのに何も知らないままなんて嫌なんです。お願いします」

「琴音ちゃん……」


 美咲は知っている。

 母親である麻美(あさみ)の影響もあるだろうが、琴音はそもそも高い矜持プライドを持って生まれた子だ。

 そんな彼女が、自分を曲げてまで必死にすがっている。


藤森(ふじもり)くんも大したもんだわ)


 今この学校で美少女を挙げろと言われれば――男女問わず、教師たちでさえ――琴音と陽菜の名を挙げるだろう。

 しかも琴音は、あの島崎(しまざき)家のご令嬢。

 教師をしていれば生徒たちの色恋沙汰は嫌でも耳に入ってくるが、こんなケースは美咲も一度だって見たことがない。


「一つだけ聞くわよ、琴音ちゃん」

「はい」

「藤森くんのこと、どれくらい好き?」

「どれくらい、って……」


 海より深く山より高く好き、なんて問いかけをするつもりはなかった。


「賢い琴音ちゃんなら分かると思うけど、選択には機会費用がつきものよ。琴音ちゃんは藤森くんを選ぶことで、他の何を、どこまで捨てられる?」


 陽菜という強力なライバルの登場。

 しかも大輝の心は、すでに陽菜へと大きく傾いている。

 そこから取り戻すには、どれほどの対価を払わねばならないか、想像もつかない。


「よく言うじゃない? 世の中には星の数ほど男がいるって。藤森くんと完全に同じ人はいなくても、琴音のことをもっと想ってくれる人はきっといる」

「……でも結局、藤森くんと完全に同じ人はいないじゃないですか」

「そうね。今この状況で藤森くんを選ぶことによって生じる機会費用を、琴音ちゃんはどこまで背負えるのかってこと」


 時間と努力、心労、プライド。

 そこに、人生で最も輝く青春という取り返しのつかない価値までも。


「よく考えてみて。今まで琴音ちゃんが注ぎ込んだ感情――いわゆる埋没費用サンクコストが、判断を曇らせているんじゃないかって」

「……つまり私は、今まで藤森くんを好きだったことが惜しくて、ただ執着してるだけだと言いたいんですか?」

「そういう可能性もあるってこと。ほら、たまにいるでしょ? 口もきかないほど仲が悪いのに、それまでの生活が惜しくて離婚しない夫婦とか」


 美咲が琴音の顔を見つめながら言葉を続けた。


「成功確率の低いギャンブルに、琴音ちゃんはオールインする気?」


 今から琴音が大輝に魅力をアピールしたところで、果たして一度離れてしまった心を取り戻せるだろうか?

 美咲が見る限り、極めて難しいように思えた。


 全てを賭けても得るものはなく、ただ失うだけになるかもしれない。

 そんな未来を教師としても、近所のお姉さんとして親しく接してきた身としても、勧めるわけにはいかなかった。


 だが琴音はかえってかすかな笑みを浮かべた。


「私ですね、美咲さん。ずっと自分は人より賢いと思っていました」

「まあ、実際に学年トップだしね」


 この学校は地域で最も偏差値が高い。

 琴音はそんな学校に首席で入学し、以来一度たりとも首位を譲ったことがない。

 定期テストの出題ミスもことごとく指摘するため、教師たちでさえ緊張する存在だ。


「単純にそういう理屈じゃなくて……。私、島崎家の娘としてではなく、ただの琴音として見てくれた初めての異性を……忘れられそうにないんです」

「さっきも言ったけど、藤森くん以外にもそういう男はいるかもしれないわよ?」

「それが今どこにいるんですか? 私の目には見えません。だったら私にとってはいないも同然です。藤森くんを除けば」


 琴音が覚悟を決めた表情で断言した。


「私は藤森くん――いえ、大輝くんのためなら、大輝くんの家に嫁ぐことだって構いません」

「……!」


 女性が島崎家の当主になるためには、夫となる人が入り婿にならなければならない。

 つまり琴音が藤森家に嫁ぐ形になるなら、それはすなわち次期当主の座を放棄するという意味になる。


 琴音は小さく微笑んだ。


「私、本当は賢くないんです。家柄とか、何も分かりません。家の専属シェフが作った料理より、大輝くんと食べたご飯のほうが美味しい――それしか、分からないんです」

「……そう」


 子供じみた選択かもしれない。

 その選択を後で後悔するかもしれない。


 だが結局、その感情もまた、未来の彼女自身が背負うべきものだ。

 美咲が今何か言ったところで、単なる呪いの言葉にしかならない。

 何より美咲自身もよく分からない。


(大人っていうのは、結局あれこれ言い訳の数だけ増えた人間のことなのかもね)


 美咲は琴音が聞きたがっていた、陽菜の『二番目の彼女』について慎重に話し始めた。



 ◇◇



 島崎さんの顔が、真っ赤に染まった。

 俺は、今夢でも見ているんじゃないかと思って、こっそり太ももをつねった。

 まるで、初めて彼氏を下の名前で呼んだみたいに恥じらっている。

 そんな初々しさだった。


「お待たせしました!」


 その時、店員がやって来て、注文した料理をテーブルに置いた。

 サラダからドリア、パスタ、ピザまで一通り揃っていた。


 島崎さんがカトラリーボックスからフォークとナイフ、スプーンを二組ずつ取り出した。

 そして、一組を俺の前に置いた。


「大輝くんも食べたいの食べて。私が全部奢るから」


 今の彼女があまりに不自然で、どう反応すべきか見当がつかない。

 皮肉なものだ。

 別れを告げに来た今になって、彼女が『彼女』らしくなるなんて。


「あのさ、島崎さん」

「琴音だってば」

「……分かった。琴音さん」

「さん付けもいらない」


 ここで島崎さんを『琴音』と呼び、それが陽菜の耳に入ったら、きっと不安になるだろう。

 陽菜からすれば、島崎さんと俺が二人きりでいるだけでも、快くはないはずだ。


 どうすべきか悩んでいると、島崎さんがサラダからミニトマトを一つフォークで刺し、口へ運んだ。


「やっぱり、お昼のお弁当よりここで食べるほうが美味しい」

「……そうか? 普通は、島崎家の専属シェフが作った弁当のほうが好きだと思うけど」

「ここは、大輝くんが初めて私を連れてきてくれた場所だから」


 そう言われると、胸の奥で記憶が蘇る。

 イジメられそうだった俺を助けてくれて、それからなんとなく話すようになった一年の頃だ。


 きっかけはファミレスの新メニューの話題だった。

 いくら島崎家のお嬢様とはいえ、一度も行ったことがないなんて信じられなかった。

 俺を含め、セレブ校に通っていた頃の金持ち連中も、いわゆる庶民の味を好んで食べていた。

 俺の目には、島崎さんがおとぎ話に出てくるお姫様そのものに映った。


「私って本当に、狭い鳥籠の中で生きていたんだって気づいたの」

「いや、そんな大げさな……」

「ここだけじゃないわ。大輝くんが連れて行ってくれた場所、全部。世界が広がった感じがするというか」


 サラダを三分の一ほど食べた彼女は、今度はパスタへフォークを移した。

 麺をくるくると巻き、口へ運ぶ。

 いつも思うが、テーブルマナーを学んでいるせいか、その仕草は実に優雅だ。


「ねぇ、大輝くん。私、さっき見たの」

「何を?」


 島崎さんがスプーンでドリアを大きく一口すくう。

 それを俺の口元へ、おずおずと差し出した。


「あ、あーん」

「……は?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。