第31話 決別の新学期④
「あ……いや、それは……」
美咲の視線が泳いだ。
ごくりと喉が鳴ったのが分かった。
「ね、ねえ……誤解しないでね?」
「……どんな誤解ですか?」
「そ、その……。正直に言うね。琴音ちゃんと藤森くんが、もう付き合ってるなんて……全然知らなかったの!」
「……本当に、全然?」
もちろん、陽菜をはじめとする何人かの女子以外には交際のことは話していない。
学校でも、できるだけ隠そうとしてきた。
分家の目を通して麻美に報告されるかもしれない。
――それに、琴音にとっては単純に恥ずかしかった。
それでも、家が近所でよく顔を合わせる美咲にさえ気づかれなかった。
自分たちが、そこまでカップルに見えていなかったなんて。
琴音はがくりと肩を落とした。
「わ、私って元々ちょっと鈍感でさ~ だから、琴音ちゃんのせいじゃない! ほんと!」
「……そうですか。では、美咲さんは陽菜に何と話したんですか? あの子のことです。きっと事前に相談したのでしょう?」
「うっ……」
陽菜は友達こそ多いが、本音を打ち明けられる相手は少ない。
その数少ない一人が美咲だ。
特に恋愛のことなら、自分より経験がありそうな美咲に助けを求めたに違いない。
「い、いやでも! 私だって二人が付き合ってるって知ってたら止めたよ! でも、本当に知らなかったんだって!! 陽菜に、事後報告みたいに『二番目の彼女』になったって聞かされた時は、心臓が止まるかと——」
「……『二番目の彼女』、ですか?」
「……あ」
美咲はとっさに口を押さえた。
明らかに「言ってはいけないことを口にした」という顔だった。
琴音は眉間に皺を寄せ、詰め寄った。
「説明してください。『二番目の彼女』って、どういう意味ですか?」
「……うう……」
美咲は頭を抱えたまま、苦しげにうめくばかりだった。
◇◇
一限が始まる前に島崎さんにラインしたが、昼休みを過ぎても返信は来ない。
所詮、罰ゲームで付き合っていた関係に過ぎなかったのだ。
陽菜と正式に付き合い始めた以上、彼女の言う通り、島崎さんとの関係は自然消滅したということなのだろうか。
島崎さんがそのつもりなら、俺にとっても都合がいい。
そう思いながら午後の授業を受けていると、返信が来た。
『分かった。じゃあ、駅前のファミレスで』
……なぜファミレス?
駅前って言う以上、サイゼ以外は考えられない。
俺は確かに、真面目な話があるって言ったはずなのに。
(俺と真面目な話なんてする気ないって、遠回しに言ってるのか?)
島崎さんの真意が読めない。
だが、場所がどこであれ俺がすべきことは一つだ。
どう切り出せばいいか。
頭の中で何度もシミュレーションを繰り返すうち、いつの間にか放課後になっていた。
島崎さんが指定した駅前のファミレスへ直行した。
「藤森くん」
サイゼの入り口で声がした。
振り向くと、今日も変わらず美しい黒髪をなびかせた島崎さんが、夏服姿で立っていた。
どこか目元のメイクが、いつもより浮いているように見えた。
「……本当にここで話すの?」
俺の問いに、島崎さんは無言で頷く。
そして迷うことなくドアを開け、中に入った。
「何名様ですか?」
「二名です」
「こちらへどうぞ」
彼女が俺の代わりに答え、そのまま先に歩き出した。
席に着くなり、彼女はスマホを取り出し、テーブルのQRコードを読み込んだ。
「藤森くんは何にする?」
「え? ああ……俺はまだそんなに腹減ってないから」
「そう? 私は今日お昼抜きだったから、すごくお腹空いてるの。私のを少し分けてあげるわ」
「あ、ああ……」
奇妙だ。
まるで別人だ。
今日に限って、なぜ島崎さんはこんなに積極的に話しかけてくるんだ?
しかも、率先して動いている。
俺に料理を分けるなんて、一度だって言ったことがなかったのに。
「ドリンクバーはつけるわよね?」
「あ、ああ」
彼女は手際よくスマホを操作し、注文を確定した。
ファミレスに来たとき、注文はいつも俺か陽菜の役目だったのに。
急に普段しないことをされると、戸惑ってしまう。
「それで、話ってのはさ、島崎さん」
「……琴音」
島崎さんは眉間に皺を寄せ、睨むように言葉を遮った。
夏休みの夕立の時もそうだったが、彼女は呼び方にこだわりがあるらしい。
最初に俺がそう呼んだ時は気に入らなさそうだったのに。
「呼び捨て、嫌いじゃなかったの?」
「……別に嫌だとは言ってないわ。そもそも私、自分の苗字そんなに好きじゃないし」
確かに、面と向かって嫌だとは言われていない。
でも、当時の俺には好意的には見えなかった。
どういう心境の変化なのか、分からない。
「それでも、これからは島崎さんって呼ぶことにするよ」
「嫌」
「え?」
予想外にきっぱりとした拒絶。
つい間抜けな声が漏れた。
「いや、ただ一年の時みたいに呼ぼうってだけだよ。他の人もみんなそう呼んでるし」
「それでも、嫌なものは嫌」
「その……ここは学校の連中もよく来る場所だろ? 変な誤解が生まれたらどうするんだ」
「誤解って? 私と藤森くんは恋人同士じゃない」
彼女の言葉に、俺は思わず目を丸くした。
恋人関係だという事実を口にするのさえ嫌がっていた彼女だ。
学校に知られるのが嫌で、こういう場所ではなおさら「恋人」なんて言葉を口にすることすら許さなかったのに。
「島崎さん、その恋人関係のことなんだけど。今日話したいことっていうのも、それについてで——」
ガタッ!
彼女が勢いよく席を立って、俺の言葉を遮った。
椅子が床を擦る音が響いて、周囲の客が何事かとこちらを見た。
「飲み物、持ってくるわ。藤森くんはジンジャーエールでしょ?」
「あ、ああ……」
ドリンクバーへ向かう背中を、呆然と見つめた。
いつもは俺か陽菜が持ってきていたのに。
俺がサイゼでよく飲むものまで知っていたことに驚いた。
コップを二つテーブルに置き、彼女が言った。
「琴音って呼んでくれるまで、話聞かないから」
どういう心理で、そんな駄々をこねるんだ。
子供のわがままのような主張に、呆れすら感じた。
「それから、私も変える」
「変えるって?」
島崎さんは、ふう、ふうと深呼吸を繰り返した。
そうして意を決したように、山ぶどうジュースを一気に煽った。
とてもじゃないが、彼女のペースについていけない。
「大輝くん」
「……っ!?」




