第25話 波乱の夏祭り⑨
夏祭りの屋台を楽しんだ後、花火の打ち上げ時刻が迫ってきた。
「小さい頃、花火の穴場を見つけたんだ! 誰にも知られてない場所。そこ行こう!」
「ああ」
相変わらず左腕にぴったりと張り付いたままの陽菜に導かれ、階段を上り、茂みをかき分けて進んだ。
辿り着いたのは、蜘蛛の巣が張り巡らされた古いお堂だった。
うっかりすると蚊の餌食になりそうなほど、草木は伸び放題だった。
「本当に誰もいないね、ここ」
「でしょ?」
古びて手入れはされていないが、座る場所もある。
何より人気がない。
まさに穴場だった。
陽菜の言う通りなら、花火もよく見えるだろうし。
俺たちは縁側へと並んで座った。
陽菜は当然のように、太ももが触れ合う距離まで寄せて腰を下ろした。
「子供の頃はこんなこと考えもしなかったけど……。ここなら、誰にもバレずにできるんじゃない?」
「何ができるのか、さっぱり見当もつかないけどな」
「そう? じゃあ大輝が花火に集中してる間、私はこっちに集中してみようかな?」
すっとぼける俺をよそに、陽菜の手がそっと伸びてきた。
何をするつもりなのかは、嫌でも察せられる。
日に日に遠慮がなくなっている気がした。
これ以上彼女の好きにさせておくと、本当に花火に集中できなくなりそうだった。
だから彼女の手を掴んで、恋人つなぎにした。
「……今は花火を一緒に見て、続きは後でな」
「えー、なにそれ。やっぱり大輝もここでやりたかったんじゃん?」
例の小悪魔のような表情を浮かべ、からかうように笑う陽菜。
警察沙汰さえ避けられるなら、あれこれ試したくなるのが若い男の性だ。
それに、綺麗に着付けられた浴衣姿の陽菜を、めちゃくちゃにしてやりたい――そんな黒い欲望だって、胸の奥にいた。
「陽菜が挑発したんだから、後で嫌だって泣いても——」
仕返しをするように、今度は俺が陽菜の浴衣へ手を伸ばした。
すると彼女が体を大きく震わせた。
「俺の気が済むまでするからな」
「あっ、今のちょっとキュンとしちゃった……!」
……陽菜が何にときめくのか、時々よく分からない。
普段はほとんど彼女がリードしてるから、俺にリードされるのが新鮮だったのかもな。
「とにかく、今は大人しく花火を見ようよ」
「は~い」
陽菜が恋人繋ぎの手を解かずに、俺の肩へ体をそっと預けた。
◇◇
琴音と七海が、島崎本家の敷居を跨いだ。
ついてくる使用人は一人もいない。
その事実だけで、琴音は開放感を覚えた。
「本当にありがとうございます、小田先生」
琴音が小さく頭を下げた。
すると七海が照れくさそうに、後頭部をかいた。
「いやいや~ 娘の琴音ちゃんに面と向かって言うのもアレだけど、正直君のお母さんにはちょっとムカついてたし~」
「……十分に理解できます」
その後、琴音は七海と別れ、一人で夏祭りの会場へ向かった。
七海が車で送ると提案してくれたが、琴音は丁重に断った。
既に他人の力を借りまくってしまったとはいえ、せめて夏祭りだけは自分の力で成し遂げなければならないと思ったのだ。
(藤森くん……!)
家族連れ、恋人同士、友人同士――夏祭りの会場は人だかりができていた。
琴音は首を左右に巡らせ、彼氏だと信じる人の姿を探そうと、必死で目を走らせた。
彼女の脳裏に、走馬灯のように大輝との思い出が再生される。
そこへ、麻美と瓜二つな自分の姿まで重なった。
(お願い、私が謝るから……!!)
些細な物音に過敏に反応し、乾いた喉で何度も唾を飲み込む。
額には玉のような汗が滲み、呼吸は次第に荒くなっていく。
人生でこれほど焦燥し、切実になったことがあっただろうか。
失ったものを取り戻す過程がこれほど辛いとは、琴音は知らなかった。
琴音がふと立ち止まり、スマホを取り出した。
(ここまできてプライドなんて……!)
藤森くんという名前の横にある、受話器のアイコンを強く押した。
初めて琴音から大輝へかける、能動的な連絡だった。
「っ……!」
しかし、呼び出し音が長く続くだけ。
電話が繋がる気配は全くない。
一体今どこで何をしてるのよ。
琴音がスマホを握りしめていると、すれ違いざまの会話が彼女の耳に突き刺さった。
「マジ? 藤森くんと本城さんが付き合ってるって?」
「マジマジ。これ見てよ、完全にカップルじゃん」
同じ高校の生徒たちだった。
琴音は考えるより先に、彼らの肩をガシッと掴んだ。
「「し、島崎さん?」」
予想もしなかった人物の登場に、彼らは驚いた表情を浮かべた。
だが普段と違い、琴音にはそんなことを気にしている余裕などない。
「藤森くんと陽菜が付き合ってるって、どういうこと」
「え? いや、それは……」
生徒の一人が、スマホの画面を恐る恐る琴音に見せた。
ラインのグループチャット画面だった。
グループチャットには大量の写真がアップされていた。
全て大輝と陽菜の写真だった。
大輝がりんご飴を陽菜に買ってあげていたり、二人で焼きそばを分け合っていたり、大輝が射的の景品を取って陽菜に渡していたり、陽菜が金魚すくいのお手本を見せていたり。
まるで恋人同士のように夏祭りを楽しむ場面しか映っていなかった。
「し、島崎さん? な、泣いてるの? 大丈夫……?」
いつの間にか琴音の両頬を、涙が力なく伝い落ちていた。
琴音は品位もかなぐり捨てて、なりふり構わず袖で涙を拭い、子どもみたいに声を荒らげた。
「泣いてない!」
「いや、でも……」
「泣いてないって言ってるでしょ!!」
琴音の胸に様々な感情が吹き荒れる。
怒り、悲しみ、憎しみ、惨めさ、孤独感、自己嫌悪、情けなさ……
渦巻く感情の刃が、最後には自分自身の胸を突き刺した。
(自業自得……)
分かっている。
けれど、心臓の奥で焼けるような痛みが叫んでいた。
「まだ……終わらせない」
「島崎さん……?」
ここでじっと突っ立っていても何の意味もないことを、琴音は悟った。
大輝も、単に友達として陽菜と遊んでいるだけかもしれない。
彼女がいるのに他の女とデートしていることそのものが気に食わなかったが。
「一番最後に撮られた写真、どこで撮られたの?」
「え? えーっと……。多分あっちの辺りじゃないかな?」
生徒の一人が指で奥の方を指し示した。
琴音は礼も言わず、その方向へ駆け出した。
「この二人、ここに来ましたよね!? どっちへ行ったか知ってますか!?」
「え、ええ……。多分あっちの方に行ったと思うけど……?」
大輝と陽菜が立ち寄った屋台の店主にも、通りすがりの通行人にも二人の写真を見せて聞き込みをした。
彼らが教えてくれた方向には、階段があった。
ふと琴音は、幼い頃に家族と夏祭りへ行った陽菜から聞いた言葉を思い出した。
――私、見つけたの! 人には知られてない、花火を見るのに最高な場所!! ちょっと行くのが大変だけどね!
もうすぐ花火が始まる時刻。
琴音は記憶を辿りながら、早足で進んでいった。
茂みをかき分けた先にある、管理もろくにされていない小さなお堂。
鋭い木の枝が頬をかすめたが、構わず進んだ。
「……!」
古びたお堂の縁側。
切り取られたような静けさの中、二人の人影があった。
ラベンダー色の浴衣が夜の闇に溶け、金髪が月光を弾いている。
その傍らで、彼女の手を優しく、けれど離さないと言わんばかりに握りしめ、穏やかに笑う彼の姿があった。
琴音は、吸い寄せられるように二人の前へと歩み寄った。
「……何、してるの?」




