第17話 波乱の夏祭り①
2年生に進級して間もなく、琴音は大輝への恋心を自覚した。
陽菜も大輝も同じクラスだった1年生の時とは違い、2年生では三人のクラスは離れ離れになってしまった。
(私は、一人の時間には慣れていると思っていた)
しかし、耐えがたいほどの孤独感に襲われた。
2年生になると、バレー部でさらに欠かせない存在となった陽菜は、部活に費やす時間がどんどん増えていった。
大輝も1年生の頃とは打って変わってすっかりクラスに馴染み、学校行事にも積極的に参加するようになり、クラスメイトたちと過ごす時間が増えた。
琴音にも友達がいないわけではなかったけれど、陽菜と大輝はやっぱり特別な存在だった。
(気づけば、無意識に大輝の姿を目で追うようになって……)
まだ陽菜の場合は家が近いうえに同性の友達ということもあり、週末や部活のない日には、互いの家を頻繁に行き来していた。
大輝は特に部活をしているわけではなかったが、男子の一人暮らしの家にむやみに行ったり、逆に男子を家に招いたりするのは気が引けた。
何より自分から会いに行くことは、彼女のプライドが許さなかった。
(プライド、か……)
無意識に大輝を恋しがっている琴音に、陽菜が助け船を出した。
陽菜が大輝を呼び出し、1年生の時のように三人で遊ぼうと提案したのだ。
快く応じた琴音は、三人で楽しい休日を過ごした。
だが、大輝は決まって最後に、琴音の楽しい気分に水を差す言葉を付け加えた。
――好きです! 付き合ってください!!
琴音は彼を良い友達だとは思っていた。
だが、ただそれだけ。
恋愛対象として意識することなど、一度としてなかった。
だからいつものように、琴音は冷たく断った。
いつものように、大輝は落胆した。
そして陽菜もいつものように、「やれやれ、まただよまた~」と茶化してくると思っていた。
大輝と別れ、琴音と陽菜だけになった時、陽菜がいつもとは違うことを口にしたのだ。
――本当に藤森くんのこと、好きじゃないの?
好きになるわけないじゃない。
私がどうして?
ただの友達よ。
そんな言葉を、琴音は並べ立てた。
だが、陽菜は執拗に食い下がってきた。
――じゃあ、ちょっと想像してみて。私に彼氏ができたの。祝ってくれる?
その彼氏がどんな人かにもよるけど、いい人ならそうするわ。
琴音はそう答えた。
すると、陽菜が続けて尋ねた。
――じゃあ、藤森くんに彼女ができても?
琴音はその言葉に即答できず、代わりに質問とは違うことを口走った。
藤森くんに彼女だなんて、天地がひっくり返ってもありえないわ。
藤森くんを好きになるような物好きな女が、この世にいるはずないじゃない。
デリカシーのかけらもないし、あんな無神経な告白ばかり繰り返して、ちょっと褒めたらすぐ調子に乗るし……。
琴音はその時も、答えながら感じていた。
自分が質問の意図とは違う、逃げの回答をしていることを。
本当に大輝を男として意識していないなら、彼女ができた事実を友人として純粋に祝福する、と言えば済む話だと。
――じゃあ私、藤森くんに告白してもいい?
陽菜のこの言葉に琴音の心臓が凍りついた。
そしてその時初めて、初恋を自覚してしまったのだ。
――だめ。
想いを伝えるのはその人の自由だ。
それを止める権利など、琴音にあるはずもない。
少し考えれば分かる、当然の事実。
だが琴音は、考えるより先に言葉が口をついて出ていた。
自分のきっぱりとした口調に、自分自身が驚くほどに。
――なんだ、やっぱり好きなんじゃん。
陽菜があえて告白するという強い言葉を選んだのは、単に自分の気持ちを自覚させるためなのだと、琴音は解釈していた。
本気で陽菜が大輝を好きだとは思っていなかった。
いや、そう信じようとした。
(考えてみれば、あの時の陽菜、すごく真剣な顔をしてた……)
一体いつから、陽菜は嘘をついていたのだろう?
いや、陽菜自身、大輝が好きではないとは一度も言っていない。
ただ自分と大輝を結びつけようと努力していたから、琴音が勝手にそう決めつけていただけだった。
「いつから、藤森くんのことを……?」
琴音は、目の前にいる陽菜に尋ねた。
真剣な表情をしながらも、どこか上気した――恋する乙女の顔をしている陽菜に。
「1年生の2学期から」
「そんなに早く……?」
「うん。藤森くんみたいに簡単に明かすこともできなくて、ずっと抱え込んで悩むだけの片想いを、あの頃からずっと続けてたの」
琴音が大輝を本格的に好きになったのは2年生になってから。
つまり陽菜の方が、半年以上も早く彼を好きになっていたということだ。
次々と押し寄せる新事実に、琴音の心は激しく揺さぶられた。
陽菜はただ口を閉ざしている琴音に対し、裁判長のように宣告した。
「私、今度の夏祭り、藤森くんを二人きりでって誘ってみるから」
「な、なんで……! 陽菜は私を応援してくれてたんじゃないの?」
「応援してたよ。だから何回も忠告したじゃん。私は琴音のことも好きだから、私の好きな人同士が幸せになることを心から願ってた」
「だったら……!」
「でも、そんな私の気持ちを裏切ったのは、琴音でしょ? 罰ゲームで告白なんてしないでって言ったのに、全然聞いてくれなかったじゃん」
琴音は、二の句が継げなかった。
昨日の大輝の態度を見て、彼が今も自分を好きだと、言い切れるだろうか?
ただ彼が変わってしまったと非難すれば気は楽だろうが、そうはいかなかった。
(罰ゲームとはいえ告白は告白なんだから、大輝ならあんな悪ふざけも許してくれるって思い込んでた……)
いや、結局これも言い訳に過ぎないと、琴音は自覚していた。
せっかくできた、陽菜と大輝以外の友達からの罰ゲームをどうにかこなしたいという思いと、かといって大輝以外の男子にはしたくないという思いが入り混じった結果だったのだ。
「あのね、琴音。もし琴音が本当に藤森くんを好きなら、今日ここに呼ぶべきなのは私じゃなくて、藤森くんだったのよ」
「そ、それは……」
風邪をうつしたくもないし、弱っている姿を見せたくもない。
だが何より、先に連絡するのが怖かったのだ。
昨日のようにまた拒絶されるのではないか。
同年代との付き合いでは経験したことのない、逆転してしまった二人の立場に、戸惑いを隠せなかった。
そうして、琴音の頭の中は言い訳だけで埋め尽くされていた。
「この際だからはっきり聞くけど、琴音。本当に藤森くんのことが好きなの? それとも、藤森くんに好かれている自分が好きなだけ?」
「ち、違う! 私はちゃんと藤森くんが好きだよ!!」
「ふーん……」
陽菜が鼻で笑った。
「あのね、琴音っておばさんとすごく似てるって知ってる?」
「顔が似てるってよく言われるけど……」
なぜ急にそんなことを?
琴音は陽菜の意図を掴めなかった。
「顔もそうだけど、性格がそっくりだよ」
陽菜が言葉のナイフを突き刺す。
「まさに、生き写し」




