第八十九話 魔女の復讐
焦土と化したグリムの町・・・。
モルティナは消えた夫と娘を捜して、王都アストラディアへ向かいました。
およそひと月の間、モルティナは飲まず食わずで、昼も夜もただひたすら歩き続けましたが、不死の力を得た彼女には、死神は元より魔物でさえも近づきません。
むかし華やかだった王都は、いまは暴力と貧困がはびこる、荒んだ街と化していました。
甲冑を身にまとった兵士が、町を我が物顔でねり歩き、見境なく町の人に暴力を振るっているからです。
ただ幸いな事に、死を待つだけの乞食のような姿になったモルティナには、誰も近づこうとはしませんでした。
そして街を徘徊してひと月が経った頃、モルティナは衝撃の事実を知りました。
グリムの町を消滅させたのは、モルティナの作ったニトロだった事を・・・。
外界から閉ざされた場所で、ひたすら研究に没頭していたモルティナには、知る由もありませんでした。
小さいけれども、豊かな国のアストラディアを、東国の新興勢力が我が物にしようと、侵略を目論んでいた事など・・・。
その者達は欲に忠実な邪教の信徒で、悪魔を崇拝するカルト軍団でした。
侵略を目論んでいたこの軍団は、モルティナの開発したニトロに目を付けたのです。
まだ火薬が無かったこの時代に、これほどの破壊力を持つ物は、魔法以外にありません。
しかも魔法でも、これほど強力な威力を出すには、数十名の術者が力を合わせなければ作り出せないのです。
つまり、このニトロを手に入れる事は、無敵の戦力を手に入れる事と同じなのでした。
教団は国を奪うために、何がなんでもこのニトロが欲しかったのです。
そして彼女が不死の力を求めている事を知った教団は、自分たちが崇拝するアンデッドの王、モルグデウスの力を借り、エルドウィンの秘薬を手に入れました。
モルティナからニトロを手に入れた軍団は、自分たちの力を示すため、見せしめにグリムの町を消滅させました。
誰にも気づかれないよう、真夜中に仕掛けたニトロを爆破させ、町を壊滅させたのです。
そしてその力で国王を脅し、ついに国を奪い取ってしまったのでした。
富と力を手に入れた軍団は、『ネグラディア教団』と名前を変え、国民から奪い取った富で、ニトロの大量生産と、軍艦の製造を開始しました。
このニトロがあれば、世界を征服する事も可能だと考えたからです。
この事実を知ったモルティナは、愛する家族を殺したのは自分であったと知り、狂ったように、何度も何度も自分の心臓をナイフで突き刺しました。
だけど、どうしても死ぬことが出来ません。
「あぁ・・・。あたしはもう、人では無くなったのだ・・・」
「人でないのなら、魔物か・・・」
「それとも悪魔か・・・」
「いいでしょう!それなら悪魔らしく生きてやるわ!」
「あたしから愛する家族を奪った者どもを、呪い殺してやる!」
「奴らにふさわしい、むごたらしい死を与えてやるわ!」
モルティナは、魔女として生きて行く事を心に決めました。
この世界には、魔法と言う不思議な力が存在します。
そして皮肉にも、悪魔を崇拝するネグラディア教団は、禁術と言われる黒魔法の秘術を多数隠匿していました。
物心のついた頃から、ひたすら研究に励んできたモルティナにとって、魔法は新たな研究材料となりました。
復讐を誓ったその日から、彼女はひたすら魔法の研究に励みます。
どうすれば、奴らを苦しめられるか・・・。
どうすれば、奴らにむごたらしい死を与える事が出来るのか・・・。
その事だけを考えて、これまで培った知識を基に、研究を続けました。
そして3年の歳月が流れ、モルティナの復讐の時が訪れます。
海洋進出を目論むネグラディア教団が、新たな国を奪うために、国中で生産したニトロを、完成した軍艦30隻へ運び始めたのです。
モルティナは、この時を待っていました。
薄暗い路地裏の建物に、辺りを警戒しながら三人の男が入って行きました。
香草を焚いた煙が立ち込める暗い部屋の中に、黒いローブを目深に被った女性がたたずんでいます。
男たちはその女性に深々と頭を下げると、そのうちの一人が口を開きました。
「モルティナ様、開戦の式典は3日後にお城で行われます」
「そして式典の後、全員にごちそうが振舞われ、翌日出陣する流れとなりました」
「そうかい!」
「では、手はず通りやるんだよ!」
そう言うと、男たちに大きな荷物を手渡しました。
この者達はお城に勤める小者で、家族を虫けらのように殺され、教団に恨みを持つ者です。
モルティナは、こういった教団に恨みを持つ者や、精神魔術や薬物を使って、教団内部の人間をも操り、着々と復讐の準備を進めていました。
お城に勤める内通者に渡した物は、一つはモルティナが作り出した『爆笑ダケ』という猛毒のキノコです。
見た目は普通の茶色いキノコなのですが、食べるとその名の通り、笑いが止まらなくなり、死ぬまで笑い続けると言う恐ろしい毒キノコです。
もちろん解毒剤などは、まるで効きません。
そしてもう一つは特別なワインで、モルティナが付けた名前は『急降下』です。
闇コウモリに宿る細菌を培養して作ったこのワインを飲むと、激しい腹痛と下痢を引き起こし、やがて脱水症状で死に至りますが、それまでの間、およそひと月は苦しみ続けるという、恐ろしいワインなのです。
モルティナは、この二品の毒の効果が12時間後に表れるように調整しています。
戦場へ出陣した日からひと月の間、地獄のような苦しみを笑いながら味わって死ぬと言う、魔女が考え出した恐ろしい復讐の方法なのでした。
「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ・・・」
「それでは、最後の仕込みをするとしようかね・・・」
そう言うとモルティナは、軍艦を泊めてある港に向かいました。
港には大量の荷物が積まれており、それを労働者たちが軍艦に運び込んでいました。
「おい!それは慎重に運ぶのだぞ!」
「もし衝撃を与えたら、ここにいる者たち全員、一巻の終わりだからな!」
労働者が運んでいたのは、箱詰めされたニトロでした。
ニトロは火を付けるだけではなく、強い衝撃を受けただけでも爆発するので、取り扱いには注意が必要なのです。
指示を出している兵士が、労働者たちを怒鳴りつけている所へ、モルティナがヒョコヒョコとやって来ました。
「うん?」
「おい貴様!ここをどこだと思っておるのだ!」
「ここは貴様のような乞食のくる所ではない!」
「痛い目を見たくなければ、さっさと失せろ!このバカ者が!!」
「おや、おや、ずいぶんな言い草だねぇ~」
「それが母親に対して言う言葉かえ?」
モルティナは持っていた小瓶の蓋を開けると、小さな風を起こして兵士の鼻先へ吹きかけました。
「あっ!あ、あれぇ~?」
「おふくろ、どうしてここへ?」
「お前がまじめに働いているのか、見に来たのさ」
「なんだ、そうか~」
「ここにはニトロって言う、大切な物が運ばれているのだろ?」
「ちゃんと管理しないと、大変な事になるそうじゃないか」
「そうだよ、良く知っているね?」
「そりゃ、そうさ!お前の母親だからね!」
「さぁ、息子よ、そこへ案内しておくれよ」
「お前がヘマをしていないか、あたしが見てあげるから」
「うん、わかった・・・」
モルティナは兵士に案内されて、軍艦内のニトロを管理している部屋へ行きました。
(おや、おや・・・)
(これだけの数のニトロを積み込むなんて、自殺行為もいいところだね・・・)
モルティナは懐から『雷草』を取り出すと、ニトロが入っている箱の中に、そっと忍ばせました。
雷草は、雷のような大きな音が轟くと、種を四方八方へ弾き飛ばす性質を持っ草ですが、モルティナはその雷草を、鉄のように硬い種が勢いよく飛び散るよう、品種改良しているのです。
(ひっ、ひっ、ひっ・・・)
(出航のドラが鳴り響いた瞬間、大変な事が起きるよ・・・)
積み込んでいるニトロの量を考えると、この一隻だけで他の船も爆発に巻き込むことが出来るのですが、万が一の事を考え、他の2隻の軍艦にも同じ仕掛けをしました。
「それじゃぁ、息子よ、しっかりおやり!」
そう言うとモルティナは、来た道をヒョコヒョコと帰って行きました。
そして4日後・・・。
軍艦の出航の合図をするドラの音が鳴り響き、モルティナの復讐は終わりました。
ニトロを積んだ軍艦は大爆発を起こし、兵士もろとも海の藻屑と消え去りました。
城に残った者達は、とても言葉にはできない、むごい最期を迎えたのです。
そして蜂起した民衆の手によって、ネグラディア教団の痕跡は、跡形もなく消されてしまいました。
再び国の平和を取り戻した民衆は、モルティナにこの国の統治を求めましたが、愛する夫と娘の想い出が残るこの地には、とどまる事は出来ませんでした。
モルティナは最後に、荒野と化したグリムの町が一望できる丘に立つと、魔法で広い荒野一面に、きれいな花を咲かせました。
そして長い祈りをささげた後、誰にも告げずにこの地を去って行ったのです。




