第八十七話 大魔女モルティナ(一)
寝室のベッドに腰かけると、号泣するモルティナを落ち着かせるため、カレンはやさしく彼女の背中をさすってあげました。
寝室まで案内したジャックは、ただオロオロするだけで何の役にも立ちませんが、自分の言ったことが原因となった事に、すごく責任を感じているようです。
「おい、トンボ!水を持って来てくれ!」
「は、はい!ただいま!!」
ジャックは急いで水を取に行きました。
それからしばらくして・・・。
モルティナがようやく落ち着きを見せたので、カレンはそっと声を掛けました。
「大魔女さん、なにか辛い事があるなら、オレに話してごらんよ」
「なんか、オレにも原因があるみたいだしさ・・・」
「すまないね、カレン嬢・・・」
「あんたに責任はないさ・・・」
「・・・・・・」
「あんたが、死んだ娘に・・・」
「いや、あたしが殺した娘に、あまりにも顔がそっくりだったので・・・」
「うっ、うっ・・・・」
「そうか、つらい過去を思い出してしまったんだね?」
「それなら話さなくていいよ」
「今夜はオレが一緒にいてあげるから、眠たくなったら寝ていいよ」
「ありがとう・・・」
「あんたは、優しい子だね」
「あたしの娘のオフィリアも、とっても優しい、いい子だったさ・・・」
「・・・・・・・」
「カレン嬢、あたしの自慢の娘の話を聞いてくれるかい?」
「あぁ、いいよ!大魔女が話したいのなら」
カレンはジャックに命じて、仲間に先に帰るように指示を出しました。
モルティナは遠い過去の記憶をたどりながら、ポツリ、ポツリと話し始めました。
彼女が生まれた国は、ヘーベル大陸の東にあるアストラディアという、小さな島国でした。
その島の外れにあるストーンミルという村に、母親と二人で暮らしていたのです。
早くに父親を亡くしたモルティナは、小さな畑と、わずかな家畜を育てて生計を立てていました。
とても貧しい暮らしでしたが、それでも母と娘は幸せに暮らしていたのです。
ところがモルティナが15歳の時、突然母親が病にかかり、床に伏してしまったのです。
モルティナは、母の病気を診てもらえる医者を捜して町へ出ましたが、貧しい自分を相手にしてくれる医者など、一人もいませんでした。
途方に暮れたモルティナが町をさまよっていた時、偶然薬草の効能が書かれた一冊の医学書に出会いました。
「医者に診てもらえないのなら、自分で何とかするしかないわ!」
モルティナは持っていた全財産と、それでも足りない分は家畜を売って医学書を買いました。
それからというもの、森で採取した薬草をお店に売って生計を立てながら、必死に勉強を続け、2年が経った頃には、彼女の調合した薬を買い求めに来る人も現れるようになりました。
ですが、母親の病状は一向に良くなりませんでした。
そして死期を悟った母親は、モルティナに最後の言葉を残しました。
「わたしの愛しいモルティナ・・・」
「今まで本当にありがとう・・・」
「何を言っているの、お母さん!」
「そんなこと言わないで!あたしが必ずお母さんの病気を治してみせるから!」
「いいえ、もう十分に尽くしてもらったわ」
「あなたの作ったお薬は、病で苦しむたくさんの人達を救って来ましたね」
「母は、その事が本当に嬉しいのです」
「あなたが自分の才能に目覚めるきっかけになったのなら、わたしの病も無駄ではなかったと・・・」
「いや!そんな事言わないで!」
「あたしはほかの誰でもない!お母さんのために薬を作っているのよ!」
「ありがとうモルティナ・・・」
「どうか、わたしの亡き後も、そのまま研究を続けてくださいね・・・」
「どうか・・・」
「・・・・・・・」
「お母さん!!」
「うわ~~~~~ん!」
「いかないで~~!!」
「あたしを一人にしないで~~!!」
独りになったモルティナは、しばらくは何も出来ずに、ぼんやりと過ごしていましたが、やがて母親の遺言を守ろうと、薬草の研究に没頭するようになります。
そして研究に専念するため、人里離れた森に小さな小屋を建てて、来る日も来る日も研究に明け暮れました。
そして彼女の作る薬は驚くほどの人気を博したのですが、その反面これ程の薬を作れるのは、きっとあの娘は魔女だからに違いないと、心無い噂も広がって行きました。
それから7年の歳月が経ち、モルティナが24歳になった時のことです。
森で薬草を採取していた時、大怪我をして動けなくなった若い青年に出会いました。
白い髪に褐色の肌をした青い瞳の青年は、モルティナが初めて見るエルフでした。
彼の名はフリートと言い、錬金術の研究のために鉱物の採取をしていた時、足を滑らせて滑落してしまったのです。
モルティナは、重い傷を負った彼を自分の小屋へ連れて帰ると、献身的に看病しました。
そしてモルティナの作った薬の効果と、彼女の手厚い介護のお陰で、フリートは一命をとりとめました。
フリートの研究する錬金術とは、鉱物を金や銀などの貴金属に変えるだけではなく、万能薬や長寿の薬を作るなど、広い分野の研究でもありました。
それはモルティナの研究する薬学とも通ずるものがあり、お互いを理解し合うのに時間はかかりませんでした。
やがて二人は結婚し、一緒にこの小屋で暮らすようになりました。
そして翌年の春に、二人は子供を授かりました。
父親に似た愛らしい女の子で、名前をオフィリアと名付け、大切に育てました。
二人の愛情を一身に受けたオフィリアは、すくすくと元気に育って行きました。
とても優しく美しい娘に育ったオフィリアは、二人にとってかけがえのない存在でした。
そしてこの幸せな暮らしが10年ほど続いた時、モルティナは、ある不安にさいなまれるようになって行きます。
それは種族の壁でした。
父親のフリートは長命のエルフです。
そして父親の血を色濃く受け継いだ娘のオフィリアも、間違いなく長命なのです。
ところが人間のモルティナは、二人に比べてあまりにも短命でした。
モルティナは自分だけが年老いて、やがて二人を残してこの世を去る事が、耐えられなくなってしまったのです。
「あぁ、愛する夫と娘と共に、あたしも長く生き続けたい・・・」
モルティナは自分の培った薬学の知識と、夫の研究していた錬金術を合わせた知識で、不老不死の薬の研究に没頭して行くようになりました。
そんな時、夫のフリートからある相談を受けます。
娘のオフィリアも10歳になったので、ここを離れて町に住むことを提案されたのです。
「ねえモルティナ!」
「オフィリアも10歳になっただろ?」
「そろそろ学校に通わせようと思うんだけど・・・」
「えぇ、そうね・・・」
「それで、わたし達もここを出て、町で暮らさないか?」
「えっ!」
「でも、そうすればあたし達の研究が・・・」
「後もう少しで完成しそうなのよ!」
「お願い、それまで待ってもらえないかしら?」
「いや、町でも研究は続けられるだろ?」
「それよりも、オフィリアの将来の事を考えなければ・・・」
「・・・・・・・・」
結局話は平行線をたどり、モルティナだけがここに残る事になりました。
「いいかい、2年間だけだよ!」
「えぇ、必ず2年が経てば、二人の元へ帰るわ!」
(不老不死の薬さえ完成すれば、あたしたちは永遠ともいえる長い時間を、一緒に暮らせるようになるの!)
(お願い!あたしのわがままを許して!)
「ママ、早く帰って来てね!」
「絶対だからね!」
「えぇ、オフィリア、約束するわ!」
「だから、ママのわがままを許してね!」
こうしてフリートとオフィリアは、住み慣れた森の小屋を離れ、町へと越して行きました。
再び独りになったモルティナは、家族の未来のために、寝る間も惜しんで研究に没頭していきました。
そしてある日、モルティナの運命を変える、とんでもない物質を生み出す事になったのです。




