第八十一話 樹海の魔女(一)
周りを深い森に囲まれた、グリーンホロウの町の主な産業は、森林資源を利用する林業です。
そして、その豊富な木材を使って、森との境界を区別するために、城壁のような立派な壁が作られています。
その壁のおかげで、強大な敵の侵入から町を守れていると言っても、過言ではありません。
グリーンホロウの町へ潜入したメアリーは、辺りの様子を窺いながら、町を統治している領主の元を訪れました。
領主のハインズ氏は、町の中心にある立派な教会に身を寄せていました。
自分の屋敷は樹海の魔女に乗っ取られてしまったので、彼の寄付で建てられたこの教会でお世話になっているのでした。
ハインズ氏は、60歳を過ぎた背の高い男性で、短く刈った白髪に、白い髭を蓄えた立派な紳士です。
ハインズ氏に面会したメアリーは、町の人からの救援要請を受けてここまでやって来た事を告げると、ハインズ氏から、こうなった経緯などを詳しく説明してもらいました。
事の発端は、この町を制圧に来たデプロスの軍隊が、行軍の邪魔になる森の木を勝手に伐採したことです。
森の守護者であるノームとドリアード達が、この事に腹を立てて小競り合いが始まりました。そして林業を営む町の人々も、昔から深いつながりのある森の守護者に協力したのですが、デプロス軍の圧倒的な軍事力によって苦境に立たされてしまったのです。
困った守護者と町の人たちは、革命軍に助けを求める一方で、禁断の森に住む『樹海の魔女』にも助けを求める事にしました。
樹海の魔女は滅多に町へやって来ませんが、生計を立てるために、調合した薬を下僕の妖精に命じて町へ売りに来ていたので、それなりの関わりを持っているのでした。
深い森の中に住む魔女を、ハインズ氏は森の妖精と共に訪れました。
妖精たちから聞いた話では、魔女の名はモルティナと言い、古くからこの森に住み、魔法の研究を続けている大魔女だそうです。
そして妖精たちの噂では、一国を滅ぼそうとした恐ろしい魔女だとも言われています。
彼女はとてもプライドが高くて気難しい性格なので、言葉使いには気を付けるように言われたハインズ氏は、恐る恐る魔女の住む家のドアをノックしました。
コン!コン!
「モルティナ様は御在宅でしょうか?」
「わたくしは、グリーンホロウの領主ハインズと申します」
「この度はお願いがあって、尋ねてきました」
「おや?外で男の声が聞こえるねぇ?」
「ジャック、ちょっと様子を見てきな!」
「いい男なら会ってもいいが、ぶさいくな男なら追い返すんだよ!」
魔女は使い魔のジャックフロストに命じました。
ジャックフロストは氷の精霊で、白くて長い髪に氷のような青い目をした、小さくてかわいらしい男の子です。
雪の結晶の模様が描かれた青い三角帽子を目深に被ると、背中から二対の羽を顕現させ、扉の方へ飛んで行きました。
プ~~~~ン・・・・・
(いや、オイラに人間の男がいい男かどうかって、判断が出来る訳ないよな?)
(本当に、ちょっとまが抜けているよ、あの婆さん!)
ブツブツと文句を言いながら、ジャックは扉ののぞき窓から、尋ねて来た男を確認しました。
(おや?この男、髪の色がオイラと同じ色だな・・・)
(という事は、いい男って事なのか?)
ジャックはキョロキョロと、男の周りにも目を配りました。すると男の膝のあたりに、一緒について来たノームの姿が見えます。
(あれ?このジジイは、口うるさいノームの爺さんじゃねえか!)
(へ、へっ!しもぶくれた、ブッサイクな顔をしてやがるぜ!)
(それに比べると、この人間の男の顔は、シュッとした顔だな・・・)
「おい!ちょっと待ってろよ!」
ジャックはハインズ氏にそう言うと、魔女の元へ飛んで行きました。
「見て来たよ!」
「で、どうだった?いい男だったかい?」
「ぶさいくな男なら、ヒキガエルにして、追い返してやろうかい!?」
「いひ、いひ、いひ・・・・」
魔女は意地の悪い声で笑いながら、ジャックに尋ねました。
「いい男だったぞ!」
「たぶんな・・・」
語尾を小さな声で答えたジャックに、魔女は驚きの表情を見せました。
ビクッ!
「何だって?!」
「いい男だって?!」
「そりゃぁ、大変さね!」
パタ、パタ、パタ・・・・。
魔女は大慌てでお化粧を始めました。
(あ~~っ・・・化粧を始めやがったぞ・・・)
(長いんだよな~、これが始まると・・・)
パタ、パタ、パタ・・・・。
(こてこてに顔を塗りたくって、まったく別の顔を描くんだから・・・)
(魔女なんだから、魔法で顔を変えられないのかなぁ?)
パタ、パタ、パタ・・・・。
(・・・って、この婆さん、変に自分の顔に自信を持っているよな?)
(あっ!だから変身の魔法を覚えないのか!?)
(一度それとなく、忠告して・・・)
(いや、いや、いや!もし怒らせたら、それこそオイラがカエルにされてしまうわ!)
お化粧を始めて、1時間が経ちました。
色んな角度で鏡に映る自分の顔を見ながら、目元に濃いアイラインと、最後に眉毛にシュシュッと薄いラインを書き込むと、ようやく準備が整ったようです。
魔女のモルティナは、紫がかった黒いつややかなロングヘアーに、翡翠のような紫の瞳を持つ美魔女なのですが、なにしろ歳を隠すために、顔をこてこてに塗りたくっているため、かえって美しい顔を台無しにしているように感じます。
「よし!ジャック、お客を案内してきな!」
「へ~~い!」
モルティナは気持ちを落ち着かせるため、乾かした香草に火をつけて、細長い管状のパイプをくわえて煙を吸い始めました。
プカ~~~ッ・・・・
(ひ、ひ、ひ・・・)
(久しぶりの男だね~!)
(もし、あたしの好みの男なら・・・)
「失礼いたします」
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ・・・」
しかしモルティナは、案内されて来たハインズ氏を見るなり、ゲホゲホとむせてしまいました。
「これ、ジャック!」
「これはどういう事じゃ!」
「ジジイではないか!」
モルティナは連れて来たジャックに文句を言いますが、ジャックも言い返します。
「だって、歳の事はいわなかったよな?!」
「それに、この人はモルティナ様より、ずっと若いと思うぞ!」
「な、何じゃと~!!」
「あたしを年寄り扱いするとは!」
「しばらくカエルになって反省するがよいぞ!」
怒ったモルティナは杖を振りかざし、ジャックに魔法をかけました。
「バトラキア・モルフォ!」
ギュルルルル・・・・
光りの渦がジャックを包むと、何と、中から巨大な闘牛が出現しました。
『モォ~~ッ!やったな~~!!』
牛になったジャックは前足で地面を掻いて威嚇すると、モルティナに突進する構えを見せます。
「あわわわ・・・・失敗してしもうた~!」
『いっくぞ~!!』
「あっ!あっ!あっ!」
「ちょ、ちょっと、待った!」
「あたしが悪かった!」
「元に戻すから、体当たりはやめておくれよ!」
そう言うとモルティナは、慌ててジャックの魔法を解きました。
ギュルルルル・・・・ポン!
元の姿に戻ったジャックは、腕を組んでプンプンと怒っています。
「ま、まぁ、まぁ、ジャックよ、そう怒るでない!」
「あたしも久しぶりの男なので、ちょっと期待し過ぎておったのよ~」
「歳は取っておるが、顔立ちは良いな!」
「若い頃はさぞかし男前だったであろう・・・と、言う事で・・・」
モルティナはジャックをなだめると、改めてハインズ氏に向き直りました。
「で、いったい何しに来たのじゃ?」
「は、はい、実は・・・」
ハインズ氏は、事の経緯を魔女に説明し、町のために力を貸して欲しいと頼みました。




