第七十九話 ベルナックの町へ出発(一)
ヘーベル歴251年11月上旬
11月の朝の冷え込みは日ごとに増し、森のほうから流れてくる空気は、夜の名残を抱いたまま町はずれの石畳を撫でていきます。吐いた息は白くほどけ、家々の屋根にはうっすらと霜が光っていました。
「はぁ~。朝晩はめっきり寒くなってきたねぇ・・・」
寒そうに身をかがめながら、シラがポツリと言いました。
「そだね~・・・」
朝早くに起こされたフレディアは、眠たそうに目をこすりながら、シラのつぶやきに答えています。
「それにしてもカレンさん達、遅くない?」
「これ以上長引けば、作戦に支障をきたすんじゃないの?」
まだボ~ッとしているフレディアに、シラが心配そうに話しかけました。
「そだね~・・・」
「・・・・・・・」
「フレディア、ちゃんと聞いているの?」
「ふあぃ?」
「今日の朝食は、黒パンに野菜と豆を煮込んだポタージュスープって、カミラさんが・・・」
「はぁ?私が聞いているのは・・・」
シラが呆れて返事を返した時、一羽の中型の鳥が勢いよくこちらに向かって飛んできました。
ベルナックの町にいるギリガンが放った伝書鳥、タカに似た中型の鳥『スカイレット』が帰ってきたのです。
「あっ!見てフレディア!」
「ギリガンさんの鳥が帰って来たよ!」
「ふあぃ?」
「ピピィ~~~ッ!」
バタ、バタ、バタ・・・
「あわわ・・・・」
勢いよく飛んできた鳥は、フレディアの頭の上にとまりました。
「お、おかえり、ピピちゃん!」
「お願いだから、頭の上で爪を立てないでね~!」
フレディアの頭の上にとまったスカイレットの足から、シラが文を取って確認しました。
「フレディア、ギリガンさんから『作戦の日』が決まったって!」
「えっ、そうなの?」
「えっと、11月30日に決まったって書いてあるわ!」
「ありゃ!あまり余裕がないね!?」
「急がなきゃ!」
「そうね!すぐに作戦会議を開きましょう!」
ピピを頭に乗せたまま、フレディアとシラは急いでギリガンの家へ戻りました。
作戦の日と言うのは、バルモスの監獄へ侵入する日の事です。
バルモスの監獄に隣接する町ベルナックでは、毎年収穫祭の行われた後に、収穫した作物の3割を、バルモスの監獄に納める事が義務付けられていました。
この日は大量の荷物が監獄内に運ばれるので、その荷物に紛れて侵入する作戦が立てられていたのです。
とにかく侵入する事も、脱出する事も不可能と言われる、バルモスの監獄へ入るための唯一のチャンスなので、この日を逃す事は出来ません。
そのためギリガンをリーダーとしたアルガの町の仲間たちが、早くからベルナックの町に潜入して準備を進めていたのでした。
ギリガンと一緒に侵入している仲間の中には、息子のロックと、そして新しいもの好きのルナが、ウキウキと笑顔をこぼしながら付いて行っています。
家の食堂では、フレディア、カーナ、シラ、シルヴィー、ポンポンの5人が、朝食をとりながら、これからの事を話し合っていました。
「もう日が無いので、2~3日中には出発しないとダメだよね?」
フレディアがカーナに尋ねています。
「うん、もうオリビアたちを待っている暇はないね」
「だよね!」
「じゃぁ、わたしとシルヴィーとポンポンで出発するから、カナちゃんとシラはここに残ってオリビアたちを待っていてくれる?」
「うん、わかった!」
「潜入する日までには、あたしたちも到着できると思うけど・・・」
「もし、間に合わなかったとしても、絶対に無茶をしてはダメだからね!」
「キャハハ!大丈夫!」
「わたし潜入調査は得意だから!」
「なんじゃと!フレディアは潜入調査を経験したことがあるのかの?」
ポンポンが驚いてフレディアに尋ねました。
「あるよ!テグニスの町で邪教の秘密結社へ潜入したの!」
「ね!カナちゃん!」
「あっ!」
「あぁ、あれね・・・」
(フレディアが罠にハマって、眠ってしまったやつね・・・)
「すご~い!フレディア様って、なんでも経験しているのね!」
シルヴィーは目を輝かせ、尊敬のまなざしでフレディアを見ています。
「キャハハ!まあね!」
「あのね、フレディア!」
「前の時とは規模が違うから、慎重に行動してよね!」
「わかった?」
カーナが心配そうにフレディアに忠告しますが、フレディアはマイペースです。
「キャハハ!ラジャー!」
会議から3日後、フレディア達は馬車2台に、町で収穫した穀物や野菜、果物をどっさり積んで、アルガの町を出発しました。
今回はフロイドでの移動ではなく、荷物の護衛も兼ねた馬車の旅です。
目的地のべルナックの町は、アルガの町から東に450キロメートル先にあり、およそ12日間の旅となります。
先頭の馬車は、副ギルドマスターのガシュエルが御者を務め、シルヴィーとポンポンが護衛役で乗り込んでいます。
後ろの馬車は、ブランシェ村の代表のラグナートと、息子のルシアンが御者を務め、フレディアが護衛役です。
長い道中には、幾度となく魔物の襲撃がありましたが、ほとんどシルヴィーが一人で撃退してしまいました。
セレノス様の加護をもらったシルヴィーの魔法は、カーナの指導を受けて、驚くほど威力が上がっていたのです。
それまでは、風の刃を放ち、敵単体にダメージを与えるエアロカッターが、今では複数の敵を切り刻む強力な魔法になり、剣の斬撃に風の力を付与して相手を切り裂くスラッシュアタックは、Bランクの灰色熊の魔物エルドベアでさえ、一撃で倒せるまでになっています。
「シルヴィーがおれば、楽で良いのぉ~」
魔物と戦っているシルヴィーの姿を見て、馬車の荷台でリンゴをかじりながら、ポンポンがリーファに呟きました。
「ポンポン、怠け者!」
Cランクの人食い草の群れを、エアロカッターで切り刻んだシルヴィーが、「ふぅ」と一息ついてポンポンに言いました。
「もう少し簡単に倒せる、広範囲の魔法を覚えたいのだけど・・・」
「たとえば、カーナ様の使う大旋風みたいな?」
「いや、いや、あれは別格じゃろ!?」
「それは、そうなんだけど・・・」
シルヴィーとポンポンの会話を聞いていたフレディアが、横から参入して来ました。
「他の魔法と合成すれば、すごい魔法が生まれるかもしれないよ!」
「えっ?それってどういう事ですか?」
シルヴィーが不思議そうな顔でフレディアに尋ねました。
「これは偶然なんだけどね~」
「カナちゃんの大旋風と、カレンの雷撃が合わさって、サンダーストームっていうすごい魔法が生まれたのよ~」
「だからシルヴィーの風魔法に、何か別の魔法が合わさったら、すごい魔法が生まれるかも知れないよ?」
「へぇ~っ、合成魔法かぁ~!」
シルヴィーは、興味津々の顔でつぶやいています。
「ねえ、ポンポン!」
「私の風魔法に、何か付け加えてよ!」
「な、なんじゃと?」
「無茶を言うでない!」
「わしはリーファだけが頼りなのじゃから!」
「おぬしのエアロカッターに、リーファのリーフカットを付け加えても、意味はないじゃろ?」
「そっか~・・・それもそうね~」
「リーファちゃんが、一人でやった方が簡単でいいものね~」
シルヴィーが残念そうに言いました。
「キャハハ!」
「今度シラの炎の魔法と合わせてみたら?」
「あっ!そうね!」
「こんどシラさんに、お願いしてみようかしら?」
そんな会話をしながら、一行は12日間旅を続け、11月15日に目的のベルナックの町に到着しました。




