第六十九話 アルノルトとアニス
翼渡峠の麓に広がる草原の昼下がり、色あせ始めた草の匂いの中を、乾いた心地よい風がカレンの髪をなびかせて通り抜けて行きました。
「秋の風って、心地いいよな・・・」
先ほどから腕を組み、西に広がる山々を見つめていたカレンが、何かを見つけたようで、そばにいたメアリーに声をかけました。
「あっ、あれってオリビアだよな!?」
「ええ!間違いありません、オリビア様と王女様です!」
カレンに聞かれた目の良いメアリーが、ハッキリと答えました。
見るとオルデ山の方角から、二つの影がこちらへ向かって飛んで来ています。
上空からオリビアと一緒に飛んできたアニスは、峠の麓に広がる草原に、たくさんの兵士たちがいるのを見て驚いています。
「オリビア様、これって・・・」
ギクッ!
「あっ!あ、あそこにいるのはドラゴンではありませんか?!」
アニスは怯える声でオリビアに尋ねました。
「あぁ、心配せんでもええよ!」
「あのドラゴンは、聖獣イレーネや!」
「神様の使いのドラゴンやから、噛みついたりはせえへんで!」
(あっ!そんな事もないか・・・)
(ま、まぁ、カレンさんにちょっかいをかけんかったら、だいじょうぶやな)
「そ、そ、そうなのですか?」
「大丈夫!うちらは、あんたの味方になりたくて、ここへ連れて来てるんやから!」
「は、は、はい!」
スタッ!
「やぁ!オリビアお疲れ様!」
「そして、ようこそ王女様!」
二人に駆け寄ったカレンが、アニスの手を取って挨拶をしました。
「は、初めまして、アニスです」
(はぁ~・・・。背が高くて、なんて美しい御方なの?)
体が大きくて精悍な人を好むワシ族のアニスは、カレンを見た瞬間から心を奪われてしまいました。
「おい!アニス様とオリビアにお茶の用意を!」
カレンは周りの者に命令すると、アニスを天幕の中に案内しました。
幕内には、アニス、カレン、オリビアの他に、マウロ、ライズが同席しています。
そして軍隊がここに駐屯している理由を、ライズが説明しました。
「我々は翼渡峠を越えて、その先にあるグリーンホロウの町へ行きたいのですが、峠を通る許可をいただけなくて、困っているのです」
「まぁ、そうでしたか・・・」
「申し訳ありません、種族間のもめごとのせいですね」
「それは、すべてわたくしに責任があります」
「ほんとうに、ごめんなさい!」
アニスは、申し訳なさそうに謝りました。
「いや、いや!あなたに謝罪してもらうために、ここへお連れしたのではありませんよ!」
「そうだろ、オリビア?」
「もちろんやで、カレンさん!」
「実は、この種族間のもめごとは、姫様とタカ族の王子との恋仲が原因やと聞いたんやけど?」
「それって、ほんまなん?」
「だって、昔からお互い敵国どうしで、いがみ合って来たんやろ?」
「そんな間柄やのに、どないしてタカ族の王子様と恋仲になるのん?」
オリビアは、直球でアニスに尋ねました。
「はい!タカ族とワシ族は、昔から空の覇権をめぐって争って来ました」
「ですが、10年前のある出来事が、わたくし達の国同士に変化を起こしたのです・・・」
そう言うとアニスは、その時に起こった出来事と、アニスとアルノルトの関係について話をしてくれました。
アルノルトはタカ族の王ザハールの長男で、茶色の長い髪に金色の瞳をもつ、優しい顔立ちの20歳の男性です。
そしてアニスはワシ族の王ダハリウスの娘で、金色の長い髪に金色の瞳を持つ、美しい22歳の娘です。
二人が出会うきっかけは、10年前に起きた北方のブリザリア山脈に住む、獣人族との戦いでした。
北方のブリザリア山脈の雪に閉ざされた痩せた土地に住む獣人族は、肥沃な土地のある南の山地への侵略を目論んでいました。
そして、そのチャンスをうかがっていたのですが、上手い具合にタカ族とワシ族のヴァリオン族同士の激しい戦争が起こりました。
もちろん獣人族が、ヴァリオン族の力の弱ったこのチャンスを見逃すはずがありません。
獣人族は、戦争で弱体化したタカ族の住むヴァルク山を狙って襲って来ました。
個々の戦闘能力は、ヴァリオン族がはるかに優れているのですが、数では圧倒的に獣人族が勝っており、戦争で疲弊したタカ族に勝ち目はありません。
こうして獣人族の7万の軍隊が、一方的にタカ族の聖地へなだれ込んで来たのです。
絶体絶命のピンチに陥ったタカ族の王ザハールは、長年のライバルであるワシ族の王ダハリウスに助けを求めました。
「ダハリウス王!タカ族から和平の特使が参っております!」
「何だと!タカ族から和平の使者が参っただと?」
「ふん!何が和平だ!わしに助けを求めて来たのであろう?!」
「ザハールのヤツ、獣人族との戦いで苦戦しているとみえる」
「情けないヤツよ!」
ダハリウス王は、タカ族の苦戦を鼻で笑いましたが、実は内心不安でもありました。
タカ族の地が奪われれば、次は間違いなく自分の地が狙われるのが分かっていたからです。
しかし、だからと言って、素直に同盟を結ぶのも癪に障るので、判断を躊躇しているのでした。
「王よ、敵の獣人族の戦力は7万、対してタカ族の戦力は、我らとの戦いで疲弊した兵が1万ほどだと聞いております」
仕えている将軍が、ダハリウス王に進言しました。
「ふむ、このままでは勝ち目はないか・・・」
「よし!使者をここへ呼べ!」
「は、はっ!」
「偉大なるヴァリオン族の王よ、この度は・・・」
「口上はよい!」
参上した使者が口上を述べようとしたのを、ダハリウス王は止めました。
「単刀直入に聞く!」
「この度の戦に我らを巻き込むにあたり、タカ族はいったい何を差し出すのだ!」
「差し出す?」
「王よ、それはどういう意味ですかな?」
使者の中の一人が、険しい顔をして王に尋ねました。
「我らは、これまで敵対していた国同士なのだぞ?」
「何をもってお前たちを信用しろと言うのだ!」
「もしタカ族と獣人族が結託し、我らを貶めようと企んでいたとしたら・・・」
「いえ、いえ、滅相も無い!」
「現に我らは、獣人族と戦っておるのですぞ!」
憤慨して答えた使者を、もう一人の使者が止めました。
「待て!そう興奮するでない!」
「ダハリウス王の言い分は、もっともな話である」
「失礼いたしました」
「わたくしは、タカ族の軍師を務める、ゼファルと申します」
「王よ!王の我らの信頼に値するものとは、いかなるものでございましょうや?」
「うむ、では答えよう!」
「ザハール王の息子を、人質として我らに差し出すのだ!」
「「「「な、なんですと~!!!」」」
使者の者達は、ダハリウス王の言葉を聞いて騒ぎ立てましたが、軍師のゼファルはそれを叱ってなだめました。
「分かりました!」
「ですが、我らではその返事に即答できませんので、一旦持ち帰らせていただきます」
そう言って使者たちは帰って行きました。
そしてその7日後に、ザハール王の息子であるアルノルトを伴って、再びやって来たのでした。
これで約束通り同盟が結ばれ、ワシ族はタカ族と協力して、獣人族と戦う事になりました。
この戦いはおよそ1年間続きますが、そのあいだ人質としてやって来たアルノルトにとっては、とても肩身の狭い辛い日々を送る事になりました。
ワシ族の中には、先のタカ族との戦いで親を亡くした者も多くいたので、アルノルトに対する風当たりはとてもきついものでした。
心無い言葉を浴びせられたり、中には石を投げつける者もいました。そんな中で唯一やさしく接してくれたのが、ダハリウス王の娘アニスだったのです。
アニスは聡明な娘だったので、今回の事象が自分たちに置き代わっていても、何らおかしくなかったと理解していました。獣人族の矛先がタカ族ではなく、ワシ族であっても不思議ではなかったのです。
それにアニスはこの時は12歳、10歳のアルノルトを弟のように思えたのでしょう。とても献身的に支えました。またアルノルトにとってアニスは、唯一の心の支えだったに違いありません。そんな二人は、やがて静に恋情を育んでいきました。
やがて戦争が終結して同盟が解消された後も、お互い惹かれ合う仲となった二人は、人目を忍んで逢っていたのです。
「へぇ~!なんかいい話だな!」
「カレンさん、もし好きな人が出来たら、うちが成就させてあげるでぇ~!」
「あっ、はっ、はっ、はっ・・・。その時はぜひ頼むよ!」
「まかしといて~」
「で、これからどないしたらええと思う?」
オリビアの質問に、カレンは即答しました。
「そんなの、簡単じゃん!」
「タカ族とワシ族は、お互い空の覇権をめぐって争っているのだろ?」
「だったら、国王同士が一騎打ちで覇者を決めたらいいんじゃないの?」
「勝った方が国を統一すれば、問題は解決するじゃん!」
ドテッ!
「ちょっとカレンさん、それ極論過ぎやわ!」
オリビアがズッコケてしまいました。
「そっかな~?」
「いや、案外それはいい考えかもしれないぜ!」
「「「「ええ~~~っ!」」」」
全員一斉に、言い出しっぺのマウロの方を見ました。
「いや、殺し合うって話ではなくて、何かの競技で勝敗を決めればいいのかと・・・」
「なるほどな~!」
「せやけど、それでどちらが勝ったとしても、アニスとアルノルトの恋とは関係ないやん!」
「どちらの王様も反対してるねんから!」
「あっ、そうですね!」
オリビアに言われてマウロが納得していると、カレンが何か思いついたようで、俄然やる気になって言いました。
「いや!それナイスな考えだぜ!」
「なぁ、姫様!ヴァリオン族の中で、そういったお互いの力を競うような競技はないの?」
カレンが目をキラキラさせながら、アニスに尋ねました。




