第六十八話 要塞の町グレイモア
「うっわ~~!なにこれ?めっちゃ寒いやん!」
ワシ族の暮らすオルデ山の山頂は、標高が1500メートルあり、10月の中旬ともなれば、気温は10度を下回る事があります。
要塞の町グレイモアに着いたオリビアは、天使の姿に変身して町の様子を探る事にしました。
町の中では、すでに武装した、いかつい体格の戦士たちが、武器を片手に周辺の警備に当たっていました。
そうした殺伐とした空気の一方では、この秋に収穫した果物や農作物を山のように積んだ荷車が、ギシギシと音を立てて通り過ぎて行きます。
今年は豊作だったようで、荷車を押す人たちの顔は、とても穏やかに見えました。
「ふ~ん、特に険悪な雰囲気ではないような・・・」
今度は道端で商売をしているおじさんと、おばさんの言葉に耳を傾けてみました。
「はぁ~、この10年間は平和だったのになぁ・・・」
「別にタカ族の王子と姫様が仲良くしたって、いいじゃねえか!」
「しっ!兵隊さんに聞かれたら、大事になるよ!」
「いや、兵隊さんだって、今更戦争なんてしたくはないだろう?」
「そりゃ、そうだろうけどさぁ・・・」
「国には国の事情ってものがあるんでしょ?しらんけど!」
「そっか、町の人は戦争なんてしたくないんや・・・」
今度は町の警備をしている兵士の心を、少し覗き込んでみました。
(あぁ~、この10年間は平和で本当によかったな~)
(姫様も、何もわざわざ敵国の王子を好きにならなくても・・・)
(頼むから攻めて来るなよ、タカ族!)
「なんや、兵隊さんも戦争が嫌なんや!」
こんな感じでオリビアは町の中を歩き回り、たくさんの人の心を読んで回りました。
そして、ワシ族の人々は争いごとを嫌い、平和を求めている事が分かったのです。
「な~んや!結局はワシ族とタカ族の、王族同士の威厳とかメンツの問題かいな!」
「よっしゃ!これは何とかせなアカンわ!姫様を連れて帰るでぇ~!」
オリビアは、意気込んでワシ族の王の住む要塞へ乗り込みました。
巨大なドーム型の要塞の3階に姫様の部屋がありましたが、部屋の前には見張りの兵士が警備しています。
仕方なく外から侵入しようとしましたが、こちらも厳重に警護されており、近づく事も出来ません。
「ありゃま!」
「そっか!ヴァリオン族も空を飛べるから、3階でも部屋から外に出られへんようにしてるのか~」
「あぁ~!めんどくさ~!」
「しゃあない!こうなったら・・・」
要塞の王の間では、国王のダハリウスが厳めしい顔で玉座に腰かけていました。
その隣では妻の王妃が、困った顔をして腰かけています。
「まったくアニスのやつ、よりによってタカ族の王子と恋に落ちるとは!」
「やはりあの時、タカ族に加勢するべきでは無かったわ!」
「でも、そうしなければ、わたくし達の国も大変な事になっていましたわよ」
「あなたの判断は間違っていませんでしたわ!」
「ふん!それぐらい、分かっておるわ!」
娘に対する怒りを口にするダハリウスに、王妃様は何とか彼の気持ちをなだめようとしていました。
そんな時、衛兵が慌てて王の間へ駆けこんで来ました。
「た、た、た、大変ですダハリウス王!」
「何ごとじゃ!タカ族が攻めて来たとでも言うのか?!」
「い、いえ・・・タカ族ではなくて・・・」
「では、何をそんなに慌てふためいておるのだ!」
「我らは偉大なるワシ族ぞ!恐れるモノなど、何もないであろうが!」
狼狽えている衛兵を、ダハリウスは大声でしかり飛ばしました。
「まぁ、まぁ、そんなに怒鳴らなくても・・・」
「いったい何があったと言うのですか?落ち着いて話なさい」
王妃様の取り成しで落ち着いた衛兵は、改めて姿勢を正してダハリウス王へ報告しました。
「た、たったいま、神の使いの大天使様が、お越しになってございます!」
「はぁ?神の使いの大天使だと?!」
「はい!そして、えらい剣幕で、アニス様に会わせろと申しております!」
「な、なんじゃと?!」
ダハリウス王は隣の王妃と顔を見合わせて、そのまま固まってしまいました。
「あの・・・。それで、いかがいたしましょう?」
王様が驚いた顔で固まってしまったので、衛兵は恐る恐る尋ねました。
「ハッ!」
「バ、バカ者!すぐにお通しするのじゃ!」
「失礼があってはならんぞ!」
「はい~~!」
衛兵は慌てて出て行きました。
有翼人たち、中でもその種族の頂点に立つヴァリオン族は、粗野で暴力的な一面があります。
とくに翼を持たず、空を飛べない相手に対しては、見下して横柄な態度を取るのが常ですが、相手が神様の使いの大天使となると話は別です。
彼らの一族はとても信心深く、神を敬っていますので、その神の使いの大天使が来たと言うだけで恐れ多いのに、それがえらい剣幕で怒っているとなると、もうどうしてよいのか分からず、一時的に思考が止まってしまったのでした。
「き、后よ、本当に大天使様なのだろうか?」
「まさか、タカ族の送り込んだ刺客ではなかろうな?」
「そんなバカな!」
「たった一人であなたを倒せる者など、それこそ神様以外にいませんわ!」
「それに、本物の大天使様かどうかなど、一目見ればわかるはずですわ!」
「そ、そうじゃな!」
「もし、偽物であらば・・・」
「王よ!大天使様がお越しになりました!」
ビクッ!
王様と王妃様がヒソヒソと話をしていると、先ほどの衛兵が大天使を伴ってやって来ました。
大天使に顕現したオリビアは、まさにこの世のものとは思えぬ美しい顔立ちに、全身から淡い光のオーラ―を放ち、頭上にはキラキラと輝く天使のリングと、そして背中には大きく美しい純白の翼があります。
目の前の女性が、本物の大天使である事は疑う余地もありません。
「は、は~~っ!」
ダハリウス王と王妃は、慌てて玉座から降りてオリビアの前に跪きました。
その様子を見たオリビアは、ホッと一安心しています。
(信心深い種族でよかったわ!勢いでやって来たけど、ここでもめたら面倒やからな・・・)
「うちは恋を取り持つ神様、ラブリー様に仕える天使のオリビアや!」
「この度は、娘のアニスの事でここへやって来たんやで!」
「は、はい?!」
「あの、娘のアニスの事とは・・・」
「とぼけてもアカンで!うちは何でもお見通しなんやから!」
「そ、そんな!とぼけるなどと・・・」
「せやから、うちは恋を取り持つ神様の使いやねんで!」
「アニスの気持ちを聞いて、その恋を取り持つために来たんや!」
「い、いや、お言葉ですが大天使様!」
「相手はタカ族の男なのですぞ!我らワシ族とタカ族とは、お互い相容れぬ種族同士なのです!」
(なんか、この大天使様、言葉使いが変じゃな?)
「だから~!うちがアニスと話をして、それを解決するって言うてんねん!」
「そんな訳やから、しばらくアニスを借りていくで!」
「えっ!そ、そんな急に言われましても!」
(なんか、この大天使様グイグイ押して来るのじゃが・・・)
(わしの思っていた天使のイメージとだいぶ違うような・・・)
「なに?あんた、神様の意向に逆らうつもりなん?」
「言うとくけどな!ラブリー様は天界十二神のお一人、お茶目やけど、怒ったら怖い神様なんやで~」
見た目は美しい天使ですが、言っている事はかなり過激なオリビアです。
この天使を怒らせて、神様に睨まれると大変な事になると思った王妃様は、慌てて王様との間に割って入りました。
「そ、そんな、逆らうなどとんでもございませんわ!」
「衛兵!急いでアニスを連れて来なさい!」
そして王様の煮え切らない態度で神様を敵に回しては大変なので、王妃様はオリビアに機嫌をなおしてもらおうと考えました。
「あの、オリビア様、娘が来るまで、お茶でもいかがでしょうか?」
「うん!出来たら甘いお菓子も欲しいなぁ!」
「は、はい!すぐにご用意いたします!」
「どうぞ、こちらへ!」
(あら?意外と素直な御方じゃない!)
(良かったわ!お茶とお菓子で国が救えるなら、安いものです)
王妃様は、オリビアを伴って別室の来賓の間へ案内しました。
パク、パク、パク!
「うん!このお菓子、おいひいね!」
オリビアは上機嫌で、お菓子を口いっぱいに頬張っています。
「オホホホ・・・」
「天使様のお口に合って良かったですわ!」
(よし!これで一安心だわ!)
王妃様は、少し離れた場所にいるダハリウス王に向かって、小さくガッツポーズを取りました。
オリビアの機嫌が直ったのを確認したダハリウス王は、王妃様に口パクとジェスチャーで話しかけました。
(お、おい!大天使様はアニスをどこへ連れて行くつもりなのか、ちょっと聞いてみてくれ!)
(わしが声をかけて、また機嫌を損ねては困るのでな・・・)
(分かったわ!あなたはもう、しゃべらないでくださいよ!)
お王妃様は口に指をあてて、ダハリウス王に喋るなと合図を送りました。
「あ、あの~オリビア様」
「そ、それで、アニスを連れて行くって・・・」
「いったい、どちらへ連れて行かれるのでしょうか?」
「モグ、モグ、モグ・・・」
「ん~、ん~、ん?」
「ゴックン!」
「あ、それね!心配せんでもええよ!」
「ちょっと、アニスと話をするだけやから!」
「今日中には、ちゃんと送り届けるで!」
「は、はぁ、それでしたら・・・」
王妃様はダハリウス王に向けて、胸の前で小さくバツ印を作り、困ったように笑いました。
そうこうしていると、アニスが衛兵に連れられてやって来ました。
そしてオリビアの前まで来ると、そこで丁寧にあいさつをしました。
「大天使様、はじめまして」
「娘のアニスでございます」
「この度は・・・」
「あっ!堅苦しい挨拶はええから!」
「じゃぁ、うちと一緒に行くで!」
「えっ?」
オリビアはそう言うと、アニスの手を取って大きな翼をめいいっぱいに広げました。
すると目も開けていられないほどの神々しい光が、あたり一面にほとばしります。
そして、その場にいた誰もが言葉を失い、ただ飛び去る二人を黙って見守るしかありませんでした。




