第四十話 ポンポンとフレディア(二)
妖精の里の西にある吊り橋を渡ってまる一日歩くと、緑の豊かな森が現れました。
以前フレディアが来た時は、木々もまばらな鬱蒼とした寂しい風景が広がっていたのですが、いまは深緑が光を跳ね返し、まるで呼吸するかのように風に揺れています。
とても以前と同じ道とは思えませんでした。
やがて森を抜けてしばらく歩くと、目の前の岩壁に大きな口を開けた洞窟が現れました。
前に来た時は魔物の棲みかになっていたので、フレディアは念のためフラッシュの魔法で洞窟の中を照らすと、驚いたコウモリが数匹パタパタと飛び出して来ました。
「ありや、もう以前みたいに魔物は棲んでいないみたいね」
洞窟を抜けると、目の前にはこの世のものとは思えぬ、夢の様な美しい景色が広がっていました。
色とりどりの花が咲き乱れ、足元を流れる小川には、沢山の魚が泳いでいます。
美しく生い茂った木からは小鳥のさえずりが聞こえ、辺りからは妖精の囁く声も聞こえてきます。
「すご~い!こんなに奇麗になっているなんて、ビックリだわ!」
「前はどんな感じだったのじゃ?」
フレディアの驚き方が大げさだったので、ポンポンは気になって尋ねました。
「それはもう、大変な所だったんだから!」
「この花園も全部沼地で、膝上ぐらいまで冷たい水に浸かって進むんだけど、水草が絡んで思うように進めなかったのよ」
「おまけに大きな吸血ヒルがまとわりついてくるし・・・」
「それに周りにはヨシやイグサなどの背の高い草が生い茂り、道が全然見えないところへ、妖魔の集団がひっきりなしに襲って来るんだから!」
「それと・・・」
「あわわ、もうよいぞ!」
「聞いているこっちが恐ろしいわ~」
ポンポンはブルブルっと身震いし、フレディアの話を遮りました。
周りの美しい景色を眺めながら進んで行くと、少し高い所に小さな祠が見えました。
「あった!セーラムの祠」
中に入ると、全身が青く透き通った、美しい妖精が椅子に座っていました。
「まぁ、フレディアではありませんか!」
「セーラム、お久しぶり~!」
「いやぁ~、あまりにも変わっていたので、ビックリしちゃった!」
「うふふ、そうでしょ?!」
「これもあなた達が、ヨルムンガンドを退治してくれたおかげですわ」
「キャハハ!」
「わたしたちは、どうしても妖精の杖が必要だったからね!」
「それに、セーラムがルナに水の精霊の加護を与えてくれたお陰だからだよ!」
「ルナはここへは来ていないけど、お礼を言って欲しいって頼まれたの!」
「ありがとう、セーラム!」
「いいえ、お礼を言うのはわたくしの方ですわ」
「ところでフレディア、そちらのエルフのお嬢さんは?」
「あ、ごめん!紹介が遅れたね」
「わたしの仲間で、召喚魔法師のポンポンよ」
「は、はじめましてなのじゃ」
「あなたがサーラ様のおっしゃっていた、精霊と契約を結びたいという娘さんですね」
「ありゃ、もう知っていたの?」
フレディアがビックリしています。
「うふふ・・・」
「エルフの娘ポンポンよ、精霊と契約を結ぶのは並大抵のことではありませんよ」
「妖精や精霊は自我がとても強くてね、そして驚くほどわがままなの」
「うん、じゃがルナには水の精霊の加護をあげたのじゃろ?」
「ええ、それはルナからヨルムンガンドを倒すという、強い意志を感じたからです」
「あなたに、そう言った意思や使命はあるのですか?」
「わしは、一族が代々お守りしてきたマラード様の敵を討って、神から預かった大切な物を取り返さなくてはならぬのじゃ!」
「そのためには、わしが強くならねばダメなのじゃ!」
ポンポンは顔を赤くしてセーラムに訴えました。
「うふふ・・・」
「サーラ様から妖精の指輪を授かった理由が分かりました」
そう言ってほほ笑むと、ポンポンにある場所を教えてくれました。
「ポンポンよ、ここから北に行けば、『白霊の丘』という場所があります」
「その丘には、いずれ世界樹になるかも知れない、聖光樹と呼ばれる美しい木が立っています」
「そこに『エルデリーナ』という木の精霊が住んでいるので、そこを訪ねてみなさい」
「ただし、とても気難しい精霊なので、期待はしてはいけませんよ」
「わ、分かったのじゃ!」
「がんばってくるのじゃ!」
「キャハハ!」
「ありがとうセーラム!」
こうしてフレディアとポンポンは、北へ向かいました。
1時間ほど歩くと、小高い丘の上に、真っ白な美しい大樹が見えてきました。
「あっ、これね!セーラムの言っていた聖光樹は!」
「ここからは、わたしは何も出来ないから」
「ポンポン、がんばってね!」
「う、うむ、がんばるのじゃ!」
一人で白霊の丘へ行ったポンポンは、白い大樹に向かって声をかけました。
「わしはポンポンという召喚魔法師じゃが、エルデリーナに会いに来たのじゃ」
「姿を見せてくれんかの?」
「・・・・・・・・・」
「留守なのか?」
「エルデリーナはおらんのか?」
「・・・・・・・・・」
「お~~~い!エルデリーナ!!」
「・・・・・・・・・」
「これ!無視するでない!」
「わしはセーラムから聞いて来たのじゃぞ!」
「ここに、おる事はわかっているのじゃ!」
癇癪を起してポンポンが怒鳴ると、大樹の葉がザワザワと音を立てて揺れました。
そしてしばらくすると、眩い光に包まれた金色に輝く半透明の、とても美しい女性の精霊が、ポンポンの前に姿を見せました。
「あ、あの・・・」
「わたくしに何か用ですか?幼いエルフの子よ」
あまりの神々しい美しさに、緊張して言葉が出なくなったポンポンに、エルデリーナが声をかけてきました。
「わ、わしは召喚魔法師じゃが・・・」
「そ、その・・・」
ポンポンは少し怖かったのですが、エルデリーナの女神のようなやさしいまなざしを見て、勇気を出して言いました。
「わしと契約を結んではくれんかの?」
「まぁ!」
「うふふ・・・」
エルデリーナは笑うだけで、なかなか返事をくれません。
「わ、わしは真剣なのじゃぞ?」
「わしに力を貸してくれんかの?」
「うふふ・・・」
「わしは、強くなって、どうしてもやらねばならん事があるのじゃ!」
「だから・・・」
「あなたがわたくしと契約を結ぶのは、100年早いですわ」
ガ~~~ン!
キッパリと言われて、ポンポンはしょんぼりと下を向いてしまいました。
確かに、いまの無力な自分とは、あまりにもかけ離れた存在である事は、ポンポンもよく分かっていたのです。
ポンポンがあきらめて帰ろうとした時でした。
「ですが・・・」
「このまま帰らせては、妖精女王とセーラムに申し訳が立ちませんね・・・」
「えっ!」
「そ、それでは?!」
ドキ、ドキ、ドキ・・・・
ポンポンは期待してエルデリーナの返事を待ちました。
「聖光樹の産んだ種のいくつかが、鳥によって運ばれたのですが・・・」
「は?タネ?」
「その内の一つの苗が、いま枯れそうになっているのです」
「もし、その苗を無事に育てる事が出来れば、少しは考えてあげてもいいですわ」
「あの・・・」
「それは、育つのにどれだけかかるのじゃ?」
「それは、あなたの育て方次第でしょう」
「ひょっとすれば、100年かかっても無理かもしれませんね・・・」
「うふふ・・・」
「あわわ・・・」
「さぁ、どうします?」
エルデリーナの問いかけにポンポンは頭を抱えて悩みましたが、ここで何もせずに帰ってしまえば、本当に名ばかりの召喚魔法師になってしまうと悟り、意を決して返事をしました。
「や、やるのじゃ!」
「たとえ育っても、契約をしてあげるとは言っていませんよ?」
「少しだけ考えてあげる・・・と、言っただけですから」
「それでも、やると言うのですか?」
「しっかり育ててみせるのじゃ!」
「わかりました!」
「では、がんばりなさい」
そう言うと、エルデリーナはポンポンに、小さな柄杓を渡しました。
「なに、これ?ひしゃく?!」
「はい、それで一日3回、朝、昼、晩に、水をあげてくださいね」
そう言うと、エルデリーナはポンポンに水のやり方を説明すると、聖光樹の中に姿を消しました。




