第百三十二話 動き出したアンデッドの王(一)
「私の名はザキュエル」
「あなたを開放した者だ!」
「アンデッドの王よ!」
「一千年ぶりに自由になった気分はいかがかな?」
ザキュエルがモルグデウスの前まで進み、声を掛けました。
ザキュエルは、ズカズカと玉座の前まで進む自分を、モルグデウスを守る両脇の魔物が何かを仕掛けてくるのではないかと警戒しましたが、その気配は全くありませんでした。
(ふん、それもそうだな・・・)
(元々死んでいるアンデッドなのだ、死に対しての恐怖などあるまいよ)
ザキュエルはそう解釈して納得しました。
そのザキュエルに対してモルグデウスは、怒っているとも、笑っているとも見当のつかない表情で、しばらく口を閉ざしていましたが、やがてゆっくりと口を開きます。
「予を封印したのは神であった・・・」
「そして、その予を開放したのが大天使・・・」
「いったい何をしたいのか、予には理解が出来ぬが?」
「いや、待て・・・」
「貴様は既に堕天使となっておるようだな?」
その言葉を聞いたザキュエルは、笑みを含んで言いました。
「ふっ、ふっ、ふっ・・・」
「そうですな、私はもう大天使などという、神の僕ではない」
「神をも滅ぼす存在となったのですから!」
その言葉を聞いたモルグデウスは、ザキュエルに自分を開放した理由を聞きました。
「その神をも滅ぼさんとする大罪人が、なぜ予を開放したのか理由を聞こう」
開放された事を喜んでいるのか、それとも怒っているのか、モルグデウスの表情からは読み取れないので、ザキュエルは正直に答えました。
「2年だ!」
ザキュエルはモルグデウスに、二本の指を立てて言いました。
「2年後にこの世界はカオスの闇に包まれ、神はおろか人もすべての生き物さえも終焉の時を迎える」
「それまでの間、天使や人間どもが私の邪魔をしないように、力を貸して欲しいのだ」
「ほ、ほう・・・」
「予に、貴様のために働けというのだな?」
「そうだ!」
「そのために開放したのだ!」
「ふむ・・・」
「それで、予への報酬は?」
「報酬か・・・」
「自由を与えただけでは、物足りないと言うのだな?」
「いったい、何が望みだ?」
「私に出来る事なら、何でも与えるが?」
その言葉を聞いたモルグデウスは、笑顔ともとれる不気味な表情で言いました。
「では、貴様の願いが成就した後、予の命を絶ってもらおう!」
「えっ?」
(不死のアンデッドの王を殺すだと?)
(無茶を言いやがる!神でさえも浄化出来なかった魔物だぞ!)
(それとも、これはあれか?無い物ねだりってやつなのか?)
ザキュエルはしばらく考えていましたが、不死のアンデッドの命を絶つ方法など思い浮かばないので、別の条件を尋ねる事にしました。
「いや、さすがにそれは無理だ!」
「他に何か別の望みはないのか?」
「・・・・・・・」
モルグデウスはしばらく考え込んでいましたが、「それならば・・・」と、ザキュエルにもかなえられそうな望みを言いました。
「では、予を封印した神に会わせてくれ」
「封印した神?」
「いや、あなたは、神々の力によって封印されたと聞いていたのだが・・・」
「バカを申すな!間抜けな神などに予の自由を奪ったり出来るものか!」
「予を封印出来る神は一人しかおらぬわ!」
ザキュエルは、おおよその見当はついていましたが、もしここで違った神の名を言うと、モルグデウスの機嫌を損ねそうなので、直球で尋ねました。
「では、あなたを封印した神というのは?」
「光の女神、メルディアである!」
(あっ!やはりそうであったか?!)
(だが、神々はなぜその事を隠していたのだ?)
(しかも、その名を口にする事を固く禁じてまで・・・)
天界では、光の女神であるメルディアについて、何故かその存在を隠そうとする力が働いていました。
そのため、その名前を口にする事さえも、きつく禁じられていたのです。
しかもモルグデウスが封印された一千年前は、ザキュエルは戒律を破った罪状持ちの天使であり、メルディアに近づく事すら出来ないちっぽけな存在でしたので、その意図は全く分かりませんでした。
そのため、ザキュエルは直感で口を開きます。
「そうか!仕返しがしたいのだな?」
「それならば・・・」
「バカを申すでない!!」
「えっ?」
モルグデウスは一喝して、ザキュエルを黙らせました。
「予は純粋に、あの女神に会いたいのだ!」
「そして、もう一度あの御方の尊顔を拝したいのだよ・・・」
「えっ?」
「い、いや、メルディアは、あなたを封印した女神なのでは?」
モルグデウスの真意が分らず戸惑うザキュエルに、棺桶を担いだ墓守のゲゲロムが声を掛けました。
「王は、あの女神を崇拝しておるのだ!」
「永い間ここに閉じこめられて、頭がおかしくなってしまわれたのだよ!」
青白い顔に薄気味悪い笑みを含めて、ゲゲロムが言い放ちました。
「いや、崇拝って・・・」
益々言っている意味が分からず混乱するザキュエルに、モルグデウスは言いました。
「貴様はあの御方を見た事がないのか?」
「金色に輝く長い髪に、同じ瞳の色をした美しい御方・・・」
「予はあれほど美しく気高い!しかも慈愛に満ちた御方を見た事がない・・・」
「見た事が無い?!」
「いや、待て!」
「予がまだ人であった頃に、どこかでお会いしたような気が・・・」
モルグデウスは、人であった頃の記憶を思い起こそうとしますが、それは霧の中に存在する幻の如く、掴もうとすれば消えて無くなる儚いものなのでした。
しばらく自問自答していたモルグデウスは、いつものように答えなど出ないと分かり、考えるのを諦めました。
「とにかくあの御方なら、予を縛る不死の鎖から解き放ってくれる気がするのだ」
「いや、たとえそれが無理であっても、予はもう一度あの御方の手で、永久に封印してもらいたいのだよ」
(なにを言っているんだ、こいつは?)
(また封印されたいだと?)
ザキュエルの困惑している様子を見て、もう一度ゲゲロムが言いました。
「ぐふふふ・・・」
「分からぬのか?愛だよ、愛!!」
「はぁ?愛だと?!」
ザキュエルの驚く顔を見て、死神のネグロスが、不気味な声で笑いました。
「シャ、シャ、シャ、シャ、シャ・・・」
(何なんだ、こいつらは!)
(まぁ、よい!今はこの者達を味方につけるのが先決だ)
「私には理解できぬが、光りの女神を捜す事なら私にも出来るであろう」
「その願いに沿える様、全力を尽くすとしよう!」
ザキュエルの返答にモルグデウスは満足した様子で頷くと、玉座から立ち上がりました。
「では、貴様と共に行くとしよう!」
「予が以前のように振舞えば、女神が再び余の前に現れるやも知れぬ!」
やっとやる気になったモルグデウスに、ザキュエルは指示を出しました。
「それでは、まずはこの国の王に会っていただこう!」
「早く帰れとうるさくてかなわんからな」
「ほう、貴様はその王に仕えておるのか?」
「ふっ、ふっ、ふっ・・・」
「表向きはな!」
「バカな王だが、結構使えるので利用しているだけだ」
「まぁ、会って気に入らなければ、殺してもらっても構わんよ!」
ザキュエルの言葉を聞いた死神は、持っていた大鎌を鈍く輝かせました。
「ネグロスよ、予の命令を待たずに殺してはならぬぞ!」
「ゲゲロムもよいな!」
モルグデウスの命令に、二人の魔物は少し不満そうにしていますが、顔の表情が全くつかめないので、ザキュエルはモルグデウスの好きにさせる事にしました。
こうしてモルグデウスを仲間に引き入れたザキュエルは、オッサムのいる城へと向かいます。




