第百三十一話 モルグデウス(二)
その夜、モルグデウスはエレノアからすべてを話すと言われ、二人だけで会いました。
そして彼女はモルグデウスに、お酒の入ったグラスを差し出します。
「それをお飲みになって、どうか落ち着いてわたくしの話を聞いてください」
「うむ、わかった!」
モルグデウスは妻から差し出されたお酒を飲み干すと、改めて姿勢を正して問いました。
「さあ、何があったのか俺に聞かせてくれ!」
「はい、実は・・・」
「父より、あなた様を亡き者にするように言われました」
「何だと!!」
モルグデウスは激高し、テーブルを叩いて立ち上がろうとしましたが、足元がふらついて立ち上がれませんでした。
「でなければ、わたくしの一族を処刑すると脅されたのです」
「ぐっ!なんと卑劣な手を・・・」
「ですので、先ほどのお酒に毒を盛りました」
「な、なに!?」
ガタン!
モルグデウスは急にめまいがして、椅子に座っているのさえ、辛くなってきました。
「モルグデウス様、わたくしはあなた様の事を、心より愛しております」
「ですから、決してあなた様をお一人で旅立たせはいたしません・・・」
「どうかわたくしも、死出の旅へご一緒させてくださいませ」
そう言うとエレノアは、自分のグラスに注いだお酒を、一気に飲み干しました。
「エ、エレノア、お前・・・」
「お許しください、モルグデウス様」
「こうでもしなければ、わたくしの大切な人を守れないのです・・・」
「ま、まて・・・」
「早まってはならぬ・・・くっ・・・」
「さようなら、わたくしの愛するモルグデウス様・・・」
「あなた様と過ごした日々は・・・」
「まるで、夢の・・・よう・・・」
カタン・・・
「・・・・・・・・・・・・・」
意識が遠のく中で、モルグデウスは愛する妻の最後の言葉を聞きました。
そしてその後、意識を無くしてしまったのです。
「王よ!!」
「モルグデウス王よ!!」
誰かの呼び掛ける声で、モルグデウスは目を覚ましました。
「!!!」
「こ、これは一体?!」
驚いて飛び起きたモルグデウスは、慌てて周りを見渡します。
そして自分の横で静かに眠る、妻の姿を見つけました。
「エレノア?!」
「おい、エレノア!」
モルグデウスはエレノアを揺さぶりますが、目を覚ます事はありませんでした。
「王よ、お后様はもう、目を覚ます事はございません・・・」
側近の無情な言葉に、モルグデウスは狼狽えます。
「どういう事だ!!」
「いったいこれはどういう事なのだ?!」
「王よ、落ち着いて聞いてください」
「わたくし共は、王とお后様のグラスに入った薬物を調べました」
「その結果・・・」
「お后様のグラスには猛毒が・・・」
「そして王様のグラスには、眠り薬が混入していたのです」
「何だと!!」
モルグデウスは、昨夜の妻の言葉を思い出し、そしてすべてを察しました。
父であるオルニクス王は、母が危篤だと偽ってエレノアを呼び寄せると、モルグデウスを暗殺するように命じました。
そして従わなければ、母のみならず一族を処刑すると脅したのです。
エレノアの周りには、見張り役として国元から連れてこられた侍女がたくさんいるため、下手な小細工をすればすぐに知られてしまいます。
苦しんだ末にエレノアは、モルグデウスの暗殺に失敗したように見せかけ、その代償として自分の命を絶つことを選んだのでした。
そうすれば、母たちには危害が及ばないと考えたのです。
そしてエレノアに仕えていた侍女がいなくなっていた事から、この事はすぐにオルニクス王の耳に入り、モルグデウスの暗殺に成功したと知らされるはずです。
「おのれ、オルニクス!!!」
「よくも!よくも!!」
握り締めた拳に爪が食い込み、ポタポタと血が流れ出ています。
モルグデウスの怒りは、まるで天を貫く炎のように、抑えきれぬ勢いで燃え上がりました。
「皆殺しだ!!」
「オルニクスの一族は、この俺が根絶やしにしてくれる!!」
鬼の形相で叫んだモルグデウスは、すぐに報復の準備に取り掛かりました。
表向きには、王の死を悼んで喪に服しているように見せかけ、着々と軍備を調えました。
そして5日後にはアルケディア帝国の全兵士が、怒涛の勢いでヴェイルノア王国へ攻め込んだのです。
元よりヴェイルノア王国は、マリスティア王国との長い戦いで疲弊していました。
そして何より、恐れていたモルグデウスが死んだと思い込み、油断していたのです。
そこへ小国から武力によって大国を築いたアルケディア帝国が、怒りに任せて攻め込んだのです。
中央大陸の支配者と言われたヴェイルノア王国も、ひとたまりもありません。
敗走に敗走を重ね、開戦からわずか7日で城を奪われたオルニクス王は、最後の時を迎えました。
救い出そうと思っていたエレノアの母親も、娘の死を知り自ら命を絶っていたため、もはやモルグデウスにためらうものなどありません。
オルニクス王に仕える一族郎党、およそ一千人が処刑され、その首は国中にさらされました。
そして最後に、オルニクス王は激しい拷問の末、観衆の面前で4頭の牛に四肢を縛られ、八つ裂きの計で命を落としたのでした。
ヴェイルノア王国の陥落と、オルニクス王と一族の処刑の話は、すぐに大陸中に広まりました。
長年の敵対国であったヴェイルノア王国が、たったの7日間で落とされた事を知ったマリスティア国王は、その事実に驚愕しました。
そして彼を恐怖に震え上がらせたのは、オルニクス王とその一族の最後でした。
この残忍な行為を恐れた南の覇者マリスティア王国は、自らモルグデウスの軍門に下り、ここにラグネシア大陸の統一が果たされたのでした。
ヴェイルノア王国が滅んでから20日ほど経ったある日、モルグデウスは最愛の妻エレノアの眠る墓の前にいました。
「エレノア、俺はお前の仇を討ったぞ」
「お前はきっと、そんな事は望んではいなかっただろうけどな・・・」
「だが、俺はどうしても許せなかったのだ!」
「けどそのために、また、たくさんの人を殺めてしまった・・・」
「だから俺は、間違いなく地獄へ落ちるだろう」
「だからエレノア、地獄へ落ちるまでの間、俺と一緒に旅をしてくれないか?」
「俺はもう、お前のいないこの世界に居たくはないのだよ・・・」
そう言うとモルグデウスは、懐から短刀を取り出すと、ためらいもなく首に刃をあてて自害しました。
エレノアのいる死後の世界で、再び彼女に会えることを願って自ら命を絶ったのです。
ところが、それを許さぬ者達がいました。
彼の残忍な行いを見て来た悪魔たちが、このまま死ぬ事を許さなかったのです。
『モルグデウスよ、多くの人間の命を奪ったお前が、このまま楽に死ねると思うな』
『我らがお前にふさわしい身体を与えてやろう』
『決して死ぬことの無い、永遠の命を授けてやるのだ』
『さぁ、行くがよい!』
『そして人々の苦痛と恐怖におののく姿を、再び我らに与えるのだ』
死の世界から蘇ったモルグデウスは、アンデッドの王として君臨する事になりました。
そしてラグネシア大陸を、滅亡へと導くのでした。




